魔王さま、ボスを討伐する
「ソラヤ! 借りるぞ!」
オレはそう言うや否や、ソラヤの持っていた槍をひったくり、アマレットに突進していくイノシシへ投擲した。
強化した魔力で打ち出したそれは、イノシシの体へ突き刺さると、その体を森の方へ吹き飛ばした。
「アマレット! 怪我はないか!?」
オレが叫ぶと、アマレットは驚いた表情のまま、コクコクと頷いた。
よし、アマレットは無事だ。
だがホッとしたのも束の間、今度は別のイノシシが村長へと突進していく。
「村長!」
オレは叫んだが、村長は向かってくるイノシシに向かって仁王立ちになったままだ。
まさか、立ち向かうつもりか!?
あまりにも無謀な村長の行動に焦るオレ。
だが――
「ぬうううん!」
村長は魔術で身体強化を行って、突進してくるイノシシを正面から受け止めた。
「だあっ!」
村長はそのままイノシシを高く放り投げる。
ズウンと音を立ててイノシシは地面に叩きつけられ、動かなくなった。
すでに村長は強化魔術を習得していたのだ。
オレが驚いているとアビスが言った。
「魔王さま、村の防衛は私と村長、テンペストにおまかせください。この襲撃は、昨日魔王さまが遭遇したというボスイノシシが関係しているのでしょう。魔王さまとソラヤさんでボスイノシシを狩ってきてください」
アビスの言うとおり、ボスイノシシが何らかの指示を出しているに違いない。
ヤツを倒せばイノシシ達の襲撃も止むかもしれない。
オレはアビスに頷き、ソラヤに声をかけた。
「ソラヤ! 行くぞ!」
「はい!」
***
森には魔獣となったイノシシがひしめいていた。
そしてソイツらは、オレとソラヤを見つけると片っ端から突っ込んできた。
オレはそれをかいくぐり、すれ違いざまに剣で切りつけていく。
ソラヤは素早く槍を突き出し、周りにいた魔獣を葬っていく。
絶え間なく、イノシシ共はオレたちに向かって突進してくる。
これではボスイノシシを探す暇もない。
「ソラヤ! できるだけ村の方へ魔獣を近づけるな!」
「わかっています!」
村の方へ向かわないようになるべく多くの魔獣を葬ろうとするのだが、オレたちが目の前の魔獣を相手している間に、森の奥から現れた魔獣どもがイシロ村へと突進していく。アイツらはアビスたちに任せるしかない。
魔術を使えれば魔獣を一掃できるかもしれないのだが、向かってくる魔獣の数が多すぎて魔術陣を描く暇すらない。
オレは向かってくるイノシシを切り払い、舌打ちをする。
ソラヤの方を見れば、彼も苦戦中である。
これは持久戦を覚悟しなければいけないかもしれない。
無数のイノシシを捌きながら、オレは時々ソラヤの様子を確認する。
「くそっ、キリがないな! ソラヤ! まだやれるか!?」
「まだまだ、やれます!」
オレが聞くたびにソラヤはそう返事をするのだが、彼の顔からは段々と疲れが見え始めた。
自分の何倍もの重さのイノシシと戦い続けなければいけないのだから、それも当然だろう。
だが、村人たちの命がかかっているのだ、ここで倒れてもらうわけにはいかない。
***
そうして、いつ終わるとも分からないイノシシの大群を捌いていると、だんだんとその数も減っていき、そしてついにはイノシシたちは現れなくなった。
だが、まだあのボスイノシシは確認していない。
何処かで様子をうかがっているのだろう。
さっきはアマレットがイノシシにはねられそうになってヒヤリとした。
もし間に合ってなかったら、と考えるだけで背中に冷たい汗を感じる。
テンペストが警告してくれたおかげでなんとか間に合ったが……。
オレは自分の不甲斐なさに怒りを感じていた。
結局、オレの結界はほとんど役に立たなかったのだから。
それと同時にボスイノシシのことが許せなかった。
魔獣には魔獣の事情があるのだろう、だが、村を襲ったのは絶対に許せることじゃない!
今度はこちらが攻める番だ。
イシロ村に被害を与えようとする害獣は必ず駆除してやるぞ!
オレは探知魔術でボスイノシシの位置を探した。
するとボスイノシシらしき反応と、その周りに数百匹の魔獣が固まっているような反応がある。
「ボスの周りに結構な数の魔獣が固まって集まっているようだ」
オレが呟くと、槍の穂先をチェックしていたソラヤがこちらを向いた。
「ジン様、何か作戦はありますか?」
「ヤツに気づかれないギリギリまで近づいて、そこからちょっと大きい魔術で攻撃する。周りの雑魚はそれで大体仕留めることができるだろう。お前は魔術から逃れた魔獣を始末してくれ」
「おまかせください。ボスイノシシはどうしますか?」
「追跡魔術弾で仕留める」
追跡魔術弾は、オレの次兄であるリーグ兄のオリジナル魔術だ。
対象が逃げようが隠れようが、いつまでもどこまでも追いかけていく。
これはオレの奥の手の一つだ。
この魔術から逃げられると思うな!
オレとソラヤはボスに気づかれないように、距離を縮めていく。
先日の追いかけっこのお陰で、どのくらいまで近づいてもバレないかはよく分かっている。
時々探知魔術で確認しながら、魔獣たちの近くまで歩いていった。
「このあたりまでだな。これ以上近づいたらヤツは気づいてしまうだろう」
オレは小声でソラヤに言って、歩みを止めた。
今日は魔術具を持ってきていないが、そんなものは必要ない。
あの獣に魔王の実力というものを知らしめてやる!
そして、イシロ村に手を出したことを後悔させてやる!
オレはまず追跡魔術弾の準備をした。
弾の数は20発もあれば十分だろう。
オレは魔術陣を描き、魔術弾が追跡する標的をボスイノシシへと設定した。
もう一つの魔術は、範囲をボスイノシシの周りにいる魔獣に設定する。
これもリーグ兄の考案した魔術だ。
特に森のなかで威力が上がる魔術で、その名も『 剣山』という。
地面から鋭い草が突き出され、その上にいる者を串刺しにするのだ。
草はそのうち枯れてしまうので、森への影響も少なくてすむ。
魔術の準備ができたオレは、ソラヤに指示を出す。
「よし、オレが魔術を放ったら突撃してくれ。ボスイノシシには近づくなよ。追跡魔術弾に巻き込まれるかもしれない」
ソラヤが頷いたのを確認して、オレは魔術を放った。
片方の魔術陣からは草が素早く伸びていき、イノシシたちへと向かっていく。
もう片方の魔術陣からは20発の光球が空に向かって飛び出した。
それを合図に、ソラヤも駆け出していく。
上空に飛んでいった魔力弾が、遠くにいるボスイノシシに向かって急降下していく。
そして、ドドドという音とともに森の遠くで土煙が上がった。
オレは探知魔術でボスイノシシ達を探るが、奴らの反応はない。
上手く仕留められたのだろうか?
***
オレがイノシシたちの集団がいた場所に駆けつけると、ソラヤが呆然と立ち尽くしていた。
「どうした?」
オレが尋ねるとソラヤはこちらを向く。
「……私の出番はありませんでした」
ふむ、『剣山』から逃げ切れた魔獣はいなかったか。
「ボスイノシシはどこだ?」
するとソラヤは黙って指差した。
その先には、底の見えない大きな穴が出来上がっていた。
「……」
「……」
自分でもこんな威力になるとは思っていなかった。
いやあ、兄上の考えた追跡魔術弾は恐ろしいな。
ソラヤは森の中に空いた穴をジッと見つめている。
オレはわざとらしく咳払いした。
「ゴ、ゴホン、威力が強すぎたかな?」
「オーバーキルですね。森の地形が変わってしまいました。魔力弾一発でも十分だったのではないでしょうか?」
「……だな。あれはあまり使わないほうがいいのかもしれん」
「あれ程大きな生き物が一瞬で消滅するところは初めて見ました」
ソラヤは笑顔を見せるが、その口元は引きつっていた。
魔族のソラヤでさえこれだ。
人族にこの魔術を見せたらどうなるかなど分かりきったことだ。
また恐れられるに決まっている。
この魔術は封印しよう。オレは心に誓った。
その後、アビスや村長にボスイノシシを倒したことを知らせに戻った。
まだ魔獣は森のあちこちにいるようだったが、もう村に向かってくるヤツはいなかった。
やはりあのボスイノシシが何らかの指示を出していたのだろう。
村と森は静けさを取り戻した。
なので、テンペストを見張りにしておいて、その日は解散となった。
***
ボスイノシシを倒したオレたちは、また普段通りの魔獣狩りを再開した。
前日の戦いでほとんどの魔獣を葬ったので、今日は残党狩りだ。
オレとソラヤ、テンペストのチームで協力しながらイノシシ共を追い詰めていく。
そしてついに……
「よっしゃあ! 最後の一匹を仕留めたぞ! ようやくイノシシ狩りから解放される!」
最後の魔獣を仕留めたオレは、思わずガッツポーズをとって叫んでいた。
ソラヤとテンペストが駆け寄ってくる。
「やりましたね! ジン様!」
「ああ、ソラヤもテンペストもよくやってくれた」
ソラヤとテンペストは嬉しそうに頷いた。
「ここ最近は夢の中でもイノシシを追いかけていたのですが、それも終わりですね」
ソラヤは感慨深そうにつぶやいた。
彼はこちらに来てから毎日、日が暮れるまでイノシシ狩りをやっていたのだ。
彼の言葉通り夢中で。
夢に出るというのも当然のことだろう。
ソラヤとテンペストには感謝している。
彼らのどちらか片方がいなかったら、イシロ村に被害が出ていた。
だが彼らのおかげもあってイシロ村は無事だ。
ミシャでは、ソラヤの勘違いで決闘するハメになったが……
その縁もあってソラヤはイシロ村へと来た。
何がきっかけでどうなるかなんて分からないモノだなとオレは思った。
全ての魔獣を退治し、ようやく村の森に平和が訪れた。
これでアマレットや村人が森へ入っても安全だ。
オレは魔王としての仕事を一区切りできたのだ。
途中、自分の不甲斐なさを感じることもあったが、仲間たちの協力のお陰で村に被害が出ることもなかった。
終わりよければすべてよし。
オレは満足して、ひとり頷くのだった。




