村娘、魔王さまにお礼を言う
イシロ村の魔獣騒ぎを解決してから更に数日……
ソラヤに任せていた砦の建築が終わった。
念願の新しい住居がついに完成したのだ!
ソラヤと村の大工にすべて任せるつもりだったのだが、砦の完成が待ちきれなかったオレとアビスは、建築を手伝うことににした。
オレたちがそれに全力を注いだ結果、たった数日で砦が完成してしまったのだ。
「何度見ても素晴らしい出来だ」
オレは完成したばかりの新たな住居を見て、悦に浸っていた。
これまで寝泊まりしていた見張り小屋とは比べ物にならないほど立派な砦だ。
以前とは違い、住む者のためのスペースがしっかりと確保されている。
ベッドを置いたらスペースが無くなるということもない。
ダイニングは十数名入ってもまだ余裕がある。
ここなら、村人を招いて簡単なパーティーなんかも開くことができる。
そして客間にはふかふかのソファーを置き、テーブルの横にエンリのところでもらったお香を置いてある。
客人が来たときはこの香を焚くことでリラックスしてもらえるはずだ。
***
オレは新しい砦の中に入って、まだ何も置かれていない自分の部屋で佇んでいた。
すると外からアマレットの声が聞こえる。
どうやらオレを探しているようだ。
そういえば、砦の建築にかかりきりだったので、ここ数日はアマレットに会っていないな。
オレが外に出ると、すぐにアマレットが駆け寄ってきた。
「魔王さま! ありがとうございました!」
唐突に礼を言うアマレット。
なんに対しての礼だったのか分からなかったオレは戸惑ってしまう。
「なにがだ?」
頭を下げたアマレットに聞くと、
「色々です! 森のこととか、エンリおばあちゃんのこととか、ミシャに連れて行ってくださったこととか!」
彼女は顔を上げて言った。
「なんだ、そのことか。それについては今までにも礼を言われた気がするけど」
と言うと彼女はズイッと近づいてきた。
「あと、魔獣が村にやってきた時、私を守ってくださったこととか! とにかく全部ですよ! ありがとうございました!」
アマレットがすごい勢いでまくし立てるので、礼を言われているはずなのに責められているような気分になる。
「前にも言ったがオレだけのおかげじゃないぞ。それに魔獣からお前を守れたのもテンペストの警告のおかげ――」
「でも危なかったところを助けてくださったのは魔王さまじゃないですか!」
オレの謙遜をさえぎって迫るアマレット。
彼女は口をとがらせてそう言うので、やはり責められている気分だ。
ムッとしたような顔なので、もしかして機嫌が悪いのかなと思ったが、やがて彼女はその表情をニコニコしたものへ変えた。
「突進してきた魔獣から助けてくださった時、ちょっとドキドキしちゃいました」
エヘヘ、と笑うアマレット。
「まあ、あんな目にあったんだから心拍数が上がるのも当然だろう」
「そういう意味じゃないんですけど……。とにかく魔王さまのおかげなんです! だから、これを受け取ってください!」
アマレットは手のひらくらいの丸い何かを差し出した。
「エンリおばあちゃん直伝のお守りです! イシロ村の伝統工芸品ですよ! 魔王さまの安全と健康を祈って作りました。部屋のドアなどに掛けて使ってください」
オレはそのお守りを受け取ってそれを眺めた。
お守りは、恵みの木の葉と枝、そして金細工で構成されていた。
乱暴に扱ったら壊れてしまいそうなそれは、細かい金具で留められて、かろうじて形を保っているだけにすぎない。
それはオレの手の中に、奇跡のようなバランスで存在していた。
わざわざオレのためにお守りを作ってくれたことへの喜びと、アマレットがこれほど器用な仕事もできるという驚き。
そのお守りを眺めていたオレの顔からは両方の感情が読み取れたはずだが、そのときのオレの顔はどんなだっただろう?
アマレットから見たら、どんなふうに見えていたのだろう?
変な顔だと思われていなければいいのだが。
「お前が作ってくれたのか?」
オレが尋ねると、アマレットは元気に返事をする。
「はいっ」
「ありがとう、早速部屋に飾るよ」
そう言うと、いつもと同じ笑顔を見せるアマレット。
そんな彼女につられて、オレも笑顔になってしまうのだった。
***
アマレットはお守りをオレに渡せたので満足したのだろう、ニコニコしながら家へ帰っていった。
オレは砦に戻ると、お守りを持って部屋に入った。
まだ引っ越しも住んでいないため、何もない部屋。
その部屋の真っ白な壁にアマレットのお守りを慎重に取り付けた。
すると突然、そこが自分の部屋になった気がした。
壁に飾られたお守りを見ていると不思議な幸福感があった。
村人たちに恐れられていた頃には決して感じることのなかった前向きな気持だ。
もし、ずっとこんな気持ちでいられるなら、オレは何だってやれるような気がする。
魔族と人族をまとめ上げることだって夢ではない。
そんな思いを持って外を見ると、のどかで美しいイシロ村の様子が見える。
以前と変わらない風景のはずだが、以前より美しく感じるのはきっとオレの中の何かが変わったのだ。
そしてオレの中の何かが変わったのなら、それはアマレットのおかげだと思った。
「こんなことを考えるのは柄じゃないかな?」
独りごちたオレは昇ったばかりの太陽を見て、その眩しさに目を細めた。
朝日は部屋の中へ光を放っている。
オレはその光を追って壁へと振り向く。
その壁の中心には――
ずっとそこに飾られ続けることになるはずのアマレットのお守りが、朝の光を受けて、まるで勲章のように輝いているのだった。




