魔王さま、部下が増える
次の日、オレと部下のアビスは、砦の中にある荷物を外に運び出していた。
新しくイシロ村の仲間となるソラヤのために、部屋を作っているのだ。
「流石に、女性に野宿をさせるわけにはいかないですからね」
とアビスが言うので、
「んっ? ソラヤは男だぞ」
と勘違いを正した。
するとアビスは、手に持った荷物を地面に置きながら言った。
「そうなのですか? 南の大陸ではソラヤ、というのは女性名だったかと記憶していますが」
「へえ、そうなのか。だがアイツが男なのは間違いないよ」
アビスの知識の広さに感心しながらも、オレは断言した。
ソラヤは童顔ではあったが、女と間違えるような顔でもない。
「でしたら、この作業はソラヤさんにやってもらえばよかったですね。完了するまでは、北の森で野宿でもしてもらえばいいんですよ」
アビスが急にやる気を無くして、そんなことを言い出すので、オレは呆れて言った。
「おいおい、急に悪辣になったな」
「ええ、ですが、ここまで運び出してしまえば、ほぼ終わったも同然ですねぇ……代わりにソラヤさんには、新しい砦でも建ててもらいましょうかね」
その素晴らしい提案に、オレは思わす笑顔になる。
「ハハッ、それは名案だな! 今の砦は狭すぎるからな。魔王の居城なら今の10倍は広くないと」
ベッドルームはどれくらいの広さだとか、ダイニング、キッチンはこういう形がいいとか、新しい住居について、熱っぽく語り合うオレとアビス。
ソラヤがその場にいたならば、顔を青くして黙り込んだかもしれない。
だが、これは冗談などではない。
イノシシのカタがついたらやってもらいたいことの、最優先項目だ。
もともと彼のほうから、バツを与えてほしいと言ってきたのだから、しっかりこき使って……働いてもらおう。
それから作業を再開したが、ソラヤの部屋を作るのには難儀した。
なんせ、これほど狭い小屋なのだ。
通路も考えなければいけないので、よほどうまく空間を仕切らなければ、三人分の部屋はできない。
単純に三等分するわけにもいかない。
それだとアビスは、オレやソラヤよりも背が高いため、足を伸ばして眠れない。
いや、それほど狭い小屋なんだって……
結局、アビスの部屋を長くするかわりに、その分狭くさせてもらった。
あまりモノを持っていないので大丈夫だと、アビスが言ったからだ。
確かに、アビスの持ち物といえば、彼が愛用している魔剣くらいだ。
対してオレは、結構な量のモノが部屋にあふれている。
多いのが本、次に魔石、そして魔術具等だ。
収納魔術具なんていう物もあるが、とても高価なのだ。
村一つの領地しか持っていないオレでは、とても手が届く代物ではない。
やはり、砦を建て直して大きくするのが現実的だ。
作業を終えて、外でアビスの淹れたお茶を飲んでいると、南の方から何かが飛んでくるのが見えた。
飛竜だ。
その背にはソラヤらしき人物も見える。
「ん、もう来たのか」
「そのようですね」
飛竜は村から離れた場所で旋回を始めた。
飛竜を見て村人が怯えるといけないので、村から離れた場所で降りるようにと、あらかじめソラヤに言っておいた。
彼がそのことを覚えていてくれたことに、オレは安心し、満足する。
飛竜の高度が下がっていくのを見て、アビスが言った。
「私が出迎えに行きましょう」
「ああ、頼んだ」
アビスは立ち上がって、飛竜のいる方へ歩いていった。
飛竜は翼を羽ばたかせながら降りてきた。
そのせいで巻き起こる風はこの砦にも届くほどだ。
砦はその風を受けて、ガタガタと不安になる音をたてるのだ。
やはり、この砦の再築は急務だな。
オレは砦が倒壊しないかドキドキしながら、風がおさまるのを待った。
なんせ、これしかオレたちの寝るところはない。
これが倒壊したら、村の中、もしくは北の森の中で野宿だ。
そんなことは魔王として、領主として、絶対に避けたい。
飛竜が地面に降り立つと、その上に乗っていたソラヤが、飛竜の上から飛び降りた。
アビスに向かってなにか言うと、アビスは頷きを返す。
そして二人は砦へと向かってくる。
やがてアビスが、緊張した面持ちのソラヤを従えて、オレのもとに戻ってきた。
「魔王ジン様に報告いたします! ソラヤ・ミスト! 飛竜テンペスト! 本日付けでイシロ村防衛業務に着任いたします!」
ソラヤはビュンと腰を曲げた。
ミシャの街でオレに見せた、見事としか言いようのないお辞儀である。
「よく来てくれた、ソラヤ・ミスト。お前の活躍に期待しているぞ」
「はっ!」
ソラヤはビシリと敬礼を決めた。
そんなソラヤに早速同僚を紹介する。
「さて、もうコイツとは話したかもしれんが、一応紹介しておこう。コイツは部下のアビスという。オレの師でもあり、この村の最高戦力でもある」
するとアビスはニッコリとしてソラヤに挨拶するのだ。
「アビスです。よろしくお願いいたします、ソラヤさん」
「こちらこそよろしくお願いします」
ソラヤもそれに挨拶を返す。
アビスは外ヅラがいいのだ。
こんな笑顔をオレに向けたことは、ただの一度だってない。
確かに気心が知れた仲とはいえ、もっと気を使ってもいいだろうが。
オレは上司だぞ!
オレに対するあの冷ややかな目、毎日聞かされる辛辣な言葉、上司に対する態度ではない!
断固、改善を要求する!
と言っても、どうせ冷たい目で暴言を吐かれるだけだ、黙っていよう。
オレはソラヤにイスに座るよう勧める。
「まあ、掛けてくれ。茶でも飲んで一息入れろ。アビス、悪いが村長を呼んできてもらえないか?」
「承りました」
アビスは砦から出ていった。
ソラヤはイスに座っても、まだ緊張したままだった。
オレはソラヤの緊張を解すために、彼が茶に口をつけるタイミングで雑談を始める。
「ここまでの道中、テンペストの様子はどうだ? お前との相性は悪くなさそうだったが」
「はい、私の指示通りに飛んでくれました。平均より身体が大きい飛竜ですが、おとなしくて聞き分けもいいです。快適な空の旅でした」
「そうか。ところで今更なんだが、いきなりイシロ村へ来ることになって問題は起きなかったのか? 身内にはなんて言ってきたんだ?」
「問題はありませんでしたね。身内と言っても育ての親と妹がいるだけですので。それもヘルウーヴェンの国外ですから。『テラリス』の端にある村で育ったんですよ」
テラリスとはヘルウーヴェンに面している魔族領だ。
魔族同士であるので、両国の仲は悪くない。
テラリスは、魔石の産出量が魔族の国の中ではトップクラスだ。
魔術具をたくさん生産している我が国とは交易も盛んだ。
そしてテラリスには謎が多い。
遺跡も多く、過去には巨大な文明があったと聞く。
「『テラリス』。東の魔境だな」
と言うとソラヤは笑う。
「ヘルウーヴェンでは魔境と呼ばれてますが、ただの山の中にある小さな国ですよ」
「だが珍しい魔物が出るんだろ? 古代文明の遺跡もあるという噂だし、一度は行ってみたいな」
「あくまで噂ですよ。ジン様のご期待に添える物があるとは保証できないです」
アビスと村長が戻ってくるまで、オレはソラヤと雑談をした。
イシロ村や北の森のこと、アビスや村長、アマレットのことなど。
そのうちに、だんだんとソラヤに笑顔が増えていく。
どうやら彼の緊張もほぐれてきたようだ。
オレの雑談スキルが上がったのは、アマレットとの雑談のおかげかもしれないな。
ソラヤが笑いながら話すのを見ながら、オレはそんなことを思った。




