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魔王さま、何故か感謝される

 朝早くに目が覚めたオレは、部屋の中で素振りすることにした。

 ここ数年間、毎日欠かさずやっている訓練だ。

 体を動かさないとどうにも気持ちが悪かったのだ。


 オレは愛剣へ魔術をかけた。重量増加魔術だ。

 本来は攻撃の威力を上げるために使う。

 自分の体を魔力で強化すれば、軽々と振り回すことはできるが、それ無しならいいトレーニングになる。


 ちなみに『重量増加』の魔力回路が組み込まれたものなら、魔力を込めるだけで重くなる。

 逆に『重量軽減』の魔力回路が組み込まれたものなら軽くなる。

 魔力回路にも様々な種類があり、自作もできるのでなかなか奥深かったりする。

 このあたりのことは後々語ることもあるだろう。


「ハッ! ハッ! ヤッ!」


 オレは重くなった愛剣で素振りを始めた。

 イシロ村の外に出れば、戦いの機会も増えるはずだ。

 もっと強くならなければ。せめてアビスから一本取れるくらいには。


 素振りを続けて自分の汗が床に落ち始めた頃、部屋のドアがノックされ、女性の声が聞こえた。


「ジン様、お目覚めでしょうか? アガリアです」


 そろそろ止めどきだと思っていたので丁度よかった。

 オレは素振りを止めて、ドアに向かって言った。


「ああ、起きているよ。どうぞ」

「失礼します」


 アガリアは汗だくて剣を握っているオレを見て、一瞬驚いたようだが、すぐに状況を理解したようで頭を下げた。


「申し訳ありません。お邪魔したようですね」


「いや、そろそろ止めようと思っていたところだよ」


「そうですか、そう言っていただけるとありがたいです。あの、昨夜はお見苦しいところをお見せして申し訳ありませんでした」


 彼女は頭を下げて言う。

 オレは剣を納めて、昨夜のことを思い出そうとした。


「なんのことだ……? ああ! 『滑り台』のあとのことか」


 オレがポンと手を打つと、彼女は恥ずかしそうに頬を染めた。

 簡単に言うと、アガリアはアマレットのせいで滑り台を滑ることになったのだ。


「まあ、あれは台風みたいなもんだろ、自然災害なら仕方ないさ。かくいうオレもアマレットに出会って数日だが、アイツには振り回されっぱなしだよ」


 オレが肩をすくめると彼女は微笑んで言った。


「そうですか。ですが……私は昨夜のことがあってから、ようやく決心が付きました。あれほど恥ずかしい思いをしたのです。もう怖いものなどありません」


「んっ? なんの決心だ?」


「ヴィリ様に想いを伝える決心です。今までの行動や態度でヴィリ様には当然、私の気持ちは伝わっているはずですが……近いうちに、直接想いを伝える所存です。ジン様とアマレット様には、臆病者の私が変わるキッカケを与えていただき、感謝いたします」


 アガリアは深々と頭を下げた。


 が、オレはそんな大層なことをした覚えはない。

 むしろ昨日は悪ノリをしたので、アガリアには申し訳ないことをしたと思っていたのだが……。

 礼を言われてちょっと焦りつつも、オレは彼女を励ました。


「お、おお、そうか! 応援するよ。実は昨晩、思ったところだったんだよ、兄上の相手が務まるのはアガリアぐらいしかいないんじゃないかってな」


 彼女はそれを聞いて嬉しそうに言った。


「そうですか! ありがとうございます。結果は一番にお二人にご報告させていただきますね」


 オレが顔の汗を拭いていると、アガリアが言う。

「アマレット様は素晴らしい方です。ジン様、彼女を大事にされますよう」


 唐突にアガリアがそんな風に言ったので、オレは釘を差しておく。


「オレたちがそういう仲だと思っているのなら勘違いだぞ」

「そうですか、失礼いたしました」


「いや、もちろん領民としては大切に扱うが、それ以上の贔屓をするつもりもない」

「平等の精神は素晴らしいですが、アマレット様を前にして果たしてそれを貫けるでしょうか?」


……確かに難しいかもしれない。

 そもそもミシャに連れてきた時点で贔屓しているようなものだ。

 森の魔獣のことを知られてくれた功績があるとはいえ……。


 ウッとつまったオレだったが、なんとか返事をした。


「もちろんだ。女神でもない限り完全な平等など不可能だが、ルールを決めてしまえばそれなりに平等に扱えるさ。そういったことは魔族の得意分野じゃないか」


「仰るように魔族は規律を重んじます。私も自分で決めたルールがあり、自分を律するには有効です。ですが、それに囚われすぎて、ヴィリ様に対しても中途半端なアプローチしかできなかったのも事実です。アマレット様の純粋さは、自分自身に締め付けられていた私の心を開放してくれたのです」

 などと、アガリアは言う。


「まあ、根が単純だ、という意味なら分かる。こっちが心配になるほどだけどな。けどアガリアの表現はちょっと大げさだぞ」


 オレが呆れ気味に言うと、彼女は今までに見たことがないほどの優しい笑みを浮かべる。


「ジン様が心配されるほどなのですから、やはり他の方よりも気をかける必要がありませんか?」


「まあ……そうなるな」


「ならば是非そうなさってください」

「分かった。覚えておくよ」


 アガリアはオレの答えに満足したようだった。

 頷くと、笑みを消して普段の真面目なアガリアに戻った。


「ところでジン様、本日はどのようにされる予定ですか?」


「アマレットが起きたら朝食をもらいたい。その後は転移魔術でイシロ村へ戻るつもりだ。ソラヤには飛竜に乗ってイシロ村まで来てもらおう。アイツは魔族だし飛竜を操れるよな?」


「はい、問題ありません。ソラヤ・ミストを向かわせるのはいつに致しますか?」


「そうだな、村人にも魔族が増えることを説明しておきたいし、明日の昼以降がいい。ソラヤと飛竜の住処をどうするかも相談したいしな」


「承知しました。そのように致します。では朝食をとられたあとは飛竜をお選びください。竜舎までご案内します」


「オレが選んでもいいのか? そちらで見繕ってくれればいいのに」


「いえ、ジン様に直接お選び頂くようにと、ヴィリ様から言付かっておりますので。それに、飛竜が乗り手を選ぶこともありますから」


「そういうことならお言葉に甘えるとするか」


「では朝食の用意をさせておきましょう」


「ああ、あと悪いんだが、ついでにアマレットが起きているか見てきてもらえないか? それで寝ているようだったら起こしてほしい」


「承りました。では失礼します」


 アガリアが出ていったあと、オレはシャワー室へ向かった。

 さっぱりして戻ってみると、部屋にはアマレットがいた。


「魔王さま、おはようございます」


「おはよう。アマレット、よく眠れたか?」


「はいっ、ベッドは柔らかいし、お布団もふかふかでアガリアさんに起こされるまでぐっすりでした!」


「そうか、よかった。ところでなんでここにいるんだ? オレに何か用か?」


「はい、ご飯を部屋に運んでくださるそうなので、せっかくだから魔王さまと一緒に食べようと思って。それをアガリアさんに言ったらこっちで待つように言われました」


「なるほどね」


 その後、侍女が朝食を運んでくるまでアマレットと雑談をして過ごした。

 内容は主にアマレットが泊まった部屋のことだった。

 なんと彼女の部屋には、風呂やトイレまでついていたらしい。

 机の上にはベルがあって、寝る前にアマレットが何気なしに鳴らしたらしいが、すぐに侍女がやってきて、それでようやく呼び鈴だと気づいたと言う。


 なんとも破格の待遇だ。

 過去にどのような人物が泊まった部屋なのかは知らないが、少なくとも領主クラスが宿泊する部屋なのは間違いない。


 朝食を食べはじめても、彼女の話は尽きることはなかった。

 オレもそれに相槌を打ちながら食事をした。


 彼女が顔を動かすたびに前髪が跳ねる。

 今日は前髪が元気だな……。

 よく観察すれば普段より髪の毛がつややかに見えた。

 髪でも洗ったのだろうか?


「あっ、魔王さま。分かっちゃいましたか?」


「何がだ?」


「もう、今見ていたでしょう。髪の毛ですよ! 実は昨日、侍女のサラさんに洗ってもらった後、櫛で梳いてもらったんですよ。これでヴィリ様のようなサラサラヘアーへ、一歩近づきました!」


 なるほど、それでツヤがあるのか。

 普段より弾力もありそうだ。

 頭が動くたびにぴょんぴょんと跳ねるものだから、どうしても動きを目で追ってしまう。


「どうですか? 魔王さま」

「ツヤがあってキレイだな」

「エヘヘ、ありがとうございます!」


 アマレットは嬉しそうに礼を言った。

 その後は侍女のサラの話になる。


「それでサラさんとはお友達になったんです。色々なお話をしました!」


 アマレットの話では、サラは近くの村から奉公に来ているらしい。

 サラはアマレットと同い年で話が合ったようだ。


 サラには同い年の幼なじみがいて、ソイツは兵士見習いとして訓練を受けているらしい。


「サラさんはその幼なじみの方と恋人なのだそうです! そういうのもステキですよね!」


 オレよりも年下で恋人持ちか……


 いや、別に羨ましいとかいう含みはなく、恋人がいるというのはどのような感じなのか興味があるだけだ。

 前にも言ったと思うが、オレはこの年まで同年代のヤツに会ったことがなかったので、恋という感情を知らない。

 もちろん美人(大魔王城にいたのは結構年上だが)と話すとドキドキしたりもするのだが、それは憧れのようなもので、恋とはまた違うものだろう。

 いつかはオレにもそういった存在ができるのだろうか?

 オレはまだ見ぬ恋人に思いを馳せた。


「魔王さま?」


 突然トリップしたオレを見て、アマレットが首を傾げた。


……イカンな。コイツが恋バナをはじめたせいか、オレの頭の中もお花畑になっているようだ。

 オレは妄想を振り払って心を引き締めた。

 オレにはそんなことよりも、成さなければならないことがたくさんあるんだ!


 オレは咳払いを一つして、アマレットに言った。


「なんでもないよ。さあ、おしゃべりもいいが食事のほうが進んでないぞ。このあとは飛竜を選ばなければならないんだ。もう少し食べる方にも口を使ってくれ」


「あっ、ごめんなさい。すぐに食べちゃいます!」


 彼女は慌てて食べ始めたが、すぐに喉をつまらせてむせてしまった。

 オレはそれに苦笑して水を勧めるのだった。

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