魔王さま、恋バナをする
オレたちは兄上に別れを告げて自分の部屋に戻る。
その途中、アマレットが心配そうに言った。
「もしかして、アガリアさんはあまり楽しくなかったんでしょうか? やっぱり、私が誘ったから無理していたんじゃ……」
アマレットのせいで、アガリアはヴィリ兄とともに滑り台を滑ることになったのだ。
大人の女性が滑り台など恥ずかしかっただろう。
滑り終りてきたアガリアは、茫然自失としていた。
「心配しすぎだよ。これは一応内緒だがな、アガリアは兄上に懸想しているんだ。あの狭い空間で兄上と一緒になって、恥ずかしかったんだろう」
「それってオフィスラブですか? はぁ〜、素敵ですね!」
アマレットは頬をほんのり染めて興奮気味に言った。
やはりお年頃らしく、こういう話題にも興味があるのだろう。
彼女が腕白なだけな少女でないことに、オレは少し安堵した。
「まあ、兄上の方はどう思っているのか分からないが……そういえば、兄上の浮ついた噂は聞いたことがないな」
「心に決めた方がいらっしゃるんでしょうか?」
「どうかな、オレが知る限りではそんな人はいないと思う。兄上と親しい女性といえば……うーん、やっぱりアガリアぐらいしか思いつかないな」
「そうなんですか」
アマレットは首を傾げて何か考えているふうだったが、不意にオレの方を向いて言った。
「魔王さまはどうなんですか? 魔族のお姫様とそういったお付き合いはされたことはありますか?」
アマレットはわくわくしてオレの返事を待っている。
が、大魔王城でむさ苦しい男共に囲まれて育ったオレに、恋バナを期待されても困る。
オレが会話したことのある女性といえば、幼い頃から目をかけてくれた義母、行方をくらましているが数年に一度顔を見せる姉、それから兄上の部下であるアガリアくらいだ。
つまりは、ほとんど身内としか話したことがなかった。
もちろん大魔王城にも侍女たちはいる。
が、オレがいたフロアを担当していた侍女は、本当に必要なことしか話さないヤツだった。
連絡事項しか話さないヤツは数に入らないだろう。
「残念ながらそんなヤツはいなかったな。話したことのある女性も身内と侍女くらいなものだよ。侍女もオレより結構年上だったし、そういうふうには見れなかったな」
「え、そうなんですか!? じゃあお姫様との恋は!?」
「魔族の姫か……そういえば、ヘルウーヴェンより奥地に、別の魔族領があるんだが、そこの王女との結婚の話はあったな……」
「わぁ、やっぱりあるんじゃないですか! 婚約者ですね!」
「いや、違う。すぐに断った」
「え〜! どうしてですか!?」
「ソイツは最初、ヴィリ兄に婚約を申し込んだんだ。兄上はすぐに断った。すると次は次兄のリーグ兄にアプローチをかけた。リーグ兄は歯牙にもかけない。間髪入れずに三兄のグラッジ兄に会って話をしたいと連絡がいく。その兄上は豪胆な性格で、『これだけ節操なしだと逆に笑える。面白いヤツに違いない』と言ってソイツに会いに行った。だが帰ってくるなりげんなりした顔でオレに言ったんだ。『ジン、次はお前がターゲットにされるだろうがアレはやめとけ。アレは性格がアレだ』。それでオレは兄上の忠告通り、ソイツに会うこともなく断ったというわけだよ」
グラッジ兄の話では顔は良かったらしい。
だが、あのグラッジ兄をあそこまで呆れさせる女など願い下げだ。
だいたい、兄弟全員、上から順に総当り式に婚約を迫る、というのはどういう神経なのだろうか?
図太いとかそういう領域を飛び越えている。
かかわらないのが賢い。
オレがひとりで頷いていると、アマレットの不満そうな視線が突き刺さる。
「お前の期待にそえない話で悪かったな」
「魔王さまはステキな方だから、ステキなエピソードをお持ちだと思ってたのに……」
彼女は頬をぷくっと膨らませて、不満そうに言った。
そんなことを言われても困る。
理不尽なことを言われた仕返しに、オレは彼女をからかってやることにした。
「オレとそういう関係になる女性を探すのはまだ先の話だな。そうだ、そんなに言うならお前が立候補してみるか?」
こう言ってやればアマレットもちょっとぐらいは焦ったり、赤面したりするかと思ったのだ。
だが、コイツはただポカンとするだけだった。
言っている意味が分かりません、といった表情だ。
このからかい方は結構自信があったのに、それがまったく通じなかったので、コチラのほうが段々と恥ずかしくなってきた。
何か取り繕うために口を開こうとした時、彼女は何かに気づいたように両手をパンと叩いた。
「分かりました! 魔王さまは魔族と人族の禁断の恋がしてみたいんですね! なるほど〜、それもステキです!」
いや、別に禁断じゃないし。
「それなら聖都にいらっしゃる天使さまがオススメですよ! 誰にでも優しくてとっても美人さんだって聞きました!」
いや、ムリだろ。
「どうしたんですか? 天使さま、ダメですか?」
「あのな、聖都のど真ん中にいる帝国の重要人物に、魔族が会えるわけないだろ」
「だからこそ二人の恋は燃え上がるんですよ!」
アマレットは拳を握りしめて力強く語りだした。
「二人は敵同士。けど相瀬を重ねるたび、二人は深い仲になってゆきます。そしてついにお互いの気持ちを伝え恋人になるんです!……ですが、そんな二人に試練が待ち構えていました。そう、戦争が始まったんです。離れ離れになる二人。大事な人を遠くに想いながら、二人がとった行動は……」
「どこの古典だよ、それは」
いきなりアマレットの妄想話が始まったので、呆れながらツッコミを入れるオレ。
アマレットは頭をかきながら言った。
「エヘヘ、エンリおばあちゃんがよく話してくれた物語です。古代エル帝国で本当にあったお話なんですよ!」
「ああ、『若獅子物語』か。皇帝になる男の若い頃の話らしいな」
「そうです! 流石、よくご存知ですね! ステキなお話だと思いませんか?」
「確かに情熱的な物語だが、あれは悲恋だろう。報われない話はちょっとな……」
「えっ、違いますよ。あのお話はハッピーエンドですよ」
「んっ? そうだったかな」
自分の記憶では違ったと思うが、地域によって結末が違う話が伝わっているのかもしれない。
あるいはエンリが結末を変えて話したか。
わざわざ訂正する必要もないと思い、曖昧にとぼけておいた。
その後も部屋に戻るまで、アマレットと他愛のない話をした。
大魔王城ではこのような雑談をすることがあまりなかったので、彼女と話すのは新鮮なのだ。
自分たちの部屋に着き、彼女と会話を終えなければならないことを、少し残念に思った。
「アマレット、明日は昼前までにはイシロ村に戻るから朝は早いぞ。今日は早めに休めよ」
「はい、今日は色々なところを歩き回ったのでぐっすり眠れそうです」
「そうか、ならいいな」
「はい、おやすみなさい」
彼女はペコリと頭を下げると自分にあてがわれた部屋へと入っていった。
オレはそれを見届けてから自分の部屋に入る。
部屋に明かりはついていなかったが、窓からは夜の光が射していた。
窓に近づいて外を見ると、南に向かって街灯の光が続いている。
夜も更ける頃だというのに、通りには楽しそうな人々の顔が見えた。
魔族と人族が肩を組んで、二軒目だか三軒目だかの酒場に入っていく。
「そういえば明日は休日だったな」
オレは呟き、通りを眺めた。
魔族の占領下にありながらこれほど平和に見えるのは、兄上の手腕がいいからだろう、流石だ。
オレは窓の縁に腰掛けて、街の様子を眺め続けていたが、眠気が襲ってきたのでベッドに入った。
今日も色々なことがあった。
幽霊騒ぎ、ソラヤとの決闘、ミシャの観光、そして兄上との夕食。
それらを思い出しながら目を閉じる。
うん、今日も楽しかった。




