ゴジラの背中
その人と出会って、初めて気づくことがある。
その人と同じ立場になって、初めて気づくことがある。
そして─── その人がいなくなって、初めて気づくことがある。
人混みの中で、大泣きしている僕を、父が無言で抱きしめている。
火葬も終わり、親戚たちも皆帰った後、久々に実家の屋根に寝そべりながら空を眺めていた僕の頭に、ふとそんな情景が浮かんだ。
その時の父の温もりや、ゴツゴツした身体の感触は、今でもはっきりと覚えている。でも、何がどうなってそういう状況になったのかが思い出せない。
何かの帰りだった事は間違いない。何の帰りだったんだろう……
父は最期まで寡黙な人だった。痛みがあるのに医者に行かず、倒れた時にはステージ4の末期癌だった。延命治療を頑なに拒み、在宅での死を選んだ。母が言うには、発作時にも呻き声一つ上げなかったそうだ。
僕はと言えば、身体にちょっとした違和感があるだけですぐに医者に行くような小心者だ。しかも寡黙どころか、今や喋る事を生業にしている。講演やらシンポジウムやらで全国各地を飛び回っている為、一年の半分くらいは家にいない。一応世間では、〝教育評論家"などと呼ばれている。
『子供という生き物はマグロと一緒で、動いていなければ死んでしまいます。皆さんもご自分のお子さんで経験があるでしょう。コンビニに行った時、お子さんはレジ前でカウンターに手を突きながらジャンプしてませんか? どうですか? ハハ…… それが普通なんです。それが正常なんです』
僕が子供の頃にはコンビニなんて無かったが、母に言わせれば、僕は駄菓子屋のガチャガチャに掴まってジャンプしていたらしい。店番のおばちゃんに叱られるくらいに。
「あんた、今日は泊まっていけるん?」
不意に頭上から声がした。
窓から首だけをヒョイと出した母が尋ねる。
「う~んどうしようかな……」
僕は同じように隣で寝そべっている息子をチラリと見る。すると彼もまた、期待と不安が入り混じった表情で僕を見つめ返してきた。
「…… うん、今日は泊まる」
息子がニッコリと微笑んだ。
庭の桜も疾うに散った四月の午後。昼ごろから気温がグングン上がり、そのせいか、空には大きな入道雲がいくつも浮かんでいた。澄み切った蒼に、まるで絵具で描かれたようなくっきりとした輪郭の白がよく映える。ハイジじゃなくても本当に乗れるんじゃないかと勘違いしそうな雲だ。息子の屋根デビューにはもってこいの空が、そこにあった。
子供の頃、よく父とこうして空を見ていた。父はいつも、「おい、屋根行くぞ」と一言言うだけで、あとは基本無言だった。今僕が寝ている位置に父が居て、当時の僕が寝ていた位置に息子が居る。何だか不思議な気分だ。
ふと思う。父の死という負の出来事がなければ、恐らくこうした時間は永遠に訪れなかっただろう。もしかすると、これは日頃ほとんど息子と接する事の出来ない僕に対する、父からのプレゼントなのかもしれない。
僕は静かに首を傾け、息子を見る。今年から小学生になった息子はコンビニでジャンプしない。もうすぐ七歳なのに、ジャンプしない。しかも隔世遺伝なのか、彼は寡黙だ。
生まれた頃から家にいない事の方が多かった為、息子はほぼ母子家庭に育ったと言っていい。父兄参観にも運動会にも出た事がない。急に熱を出しても大怪我をしても僕は傍にいない。そういう意味では、妻には頭が上がらない。
赤ん坊のうちは、帰って来るたびに泣かれた。父親と認識してくれたのは三歳になってからだ。
一緒に屋根で寝そべって空を見れば? と提案してきたのは妻だ。僕が父とよくそうしていた事を話すと、「それよ、それそれ」と食いついてきた。
「家族三人で過ごす時間も大事だけど、今のあの子には、あなたと二人で過ごす時間の方が重要だと思うの」
時々、どっちが教育評論家なのか解らなくなる。それくらい、僕にとって彼女の言葉は重い。所詮僕の話している事は、統計学や心理学に基づく机上の論理であり、万人向けに薄めた一般論に過ぎないのだ。実際の子育ての現場では、刻々と変化する状況に合わせて、親が個々に対処するしかない。何をもって正解と見なすかなど、他人が判断出来る事ではないのだ。
「学校、楽しいか?」
「うん」
「…… そうか」
考えてみれば、彼がものごころついてから二人っきりになるのは初めてかもしれない。家にいる時は必ず傍に妻もいる。
「友達たくさん出来たか?」
「うん」
「…… そうか」
教育評論家が、小学一年の自分の息子と一対一で緊張しているなんて、洒落にもならない。まったくもって、情けない話だ。
「あ……」
「うん?」
「あのくも……」
息子が指を差す。
「クリスマスツリーみたい」
「クリスマスツリー? どれどれ」
「あそこ」
「あ……」
確かに、斜めに傾いた大地に、クリスマスツリーが二本並んで立っている、と見えなくもない。しかし僕には、その形がまったく違うものに見えた。
「おとうさん?」
次の瞬間、意識の闇の底から突如現れた大きな手が、僕の心を鷲掴みにした。そしてそのまま、幾重にも絡み合う記憶の回廊を通り抜け、一気に思い出の場所へと誘った。
人混みの中、空に手を伸ばしながら大泣きしている僕がいる。その僕を、無言で抱きしめている父の背中―――
思い出した……
あれは映画の帰りだ。初めて父と二人で映画を観た帰り、父がその映画のキャラクターの形をした風船を買ってくれた。しかし僕が人とぶつかった拍子に、紐から手を離してしまったのだ。
空に向かって飛んで行く風船を追いながら、僕は狂ったように泣き叫んだ。風船が惜しかった訳ではない。父が買ってくれた風船が、惜しかったのだ。
――― おい、屋根行くぞ ―――
突然、頭の中で父の声が響く。僕は思わず自分の右側を見た。しかしそこには誰もいない。そうだ、そうだった…… あの大きくて、温かくて、寡黙な背中は、もう永遠に失われたのだ。
「…… だいじょうぶ?」
息子が心配そうに僕の顔を覗き込んでいた。
「…… ああ、ごめんごめん、ちょっと、じぃじの事を思い出してた」
目尻から零れそうになったものを慌てて拭う。
「…… じぃじと、よく空見てたんだよね」
「え…… よく知ってるな…… そうか、お母さんから聞いたか」
「ううん、ばぁばから聞いた」
「ばぁば?…… 今日か?」
「ううん」
「今年の正月か?」
「ううん」
「え、いつ聞いたんだ?」
「三月」
「三月?!…… 三月は、おとうさんずっとお仕事だったし、だいたいここには来てないだろ……」
「おとうさんはね…… おかあさんと、二人で来たの」
「えっ?!」
「あ~あ、言っちゃった…… あのね、おとうさんいない時、おかあさんとたまに来てたの。三月に来た時、ばぁばが言ってた。おとうさんが子どものころ、じぃじとよく空見てたって…… あ、おかあさんは、おとうさんに言っちゃだめだよって…… だからしゃべっちゃったこと、おかあさんにはないしょだよ」
父がもう長くない事は妻には言ってあった。恐らく妻は、僕に後ろめたい想いをさせたくなかったのだろう。だから僕に言わずに、孫の顔を見せに来ていたのだ。
「…… そうか…… 解った、お母さんには内緒だ」
「うん!」
「でも、三月なら、まだじぃじ元気だったろ。じぃじと二人で空見なかったのか?」
「うん、見なかった」
「じぃじはお前に、『おい、屋根行くぞ』って言わなかったか?」
僕は少し笑いながら聞く。
「言わなかった」
「そうか……」
もうかなり弱ってたから仕方ないか……
「ぼくから言った」
「え……」
「じぃじ、やね行こうよって」
「…… じぃじは何て?」
「空は、おとうさんと見なさいって」
「…………」
「おとうさん今はいそがしいけど、たぶん…… 四月には、いっしょに見れるからって」
堪える暇もなかった。視界が歪むより先に、呻くような嗚咽が漏れた。
「おとうさん?」
僕は思わず手を伸ばし、息子を抱き寄せる。
「おとうさん、泣いてるの?」
小さくて、華奢で、少し力を込めただけで壊れてしまいそうな身体が腕の中にあった。僕を抱きしめた時、父もきっとそう思ったに違いない。
映画館の前で父に抱きしめられた後、僕は父に負ぶわれて家まで帰った。家に帰ってもまだ愚図っている僕に、父は「おい、屋根行くぞ」と言って半ば無理やり屋根へと連れて行った。そして股座に僕を抱き、空を指差して言ったのだ。
見てごらん…… あの風船が、ほら、雲になって浮いてるよ……
「…… さっきの雲な…… あれは、クリスマスツリーなんかじゃない……」
「え……」
「あれは…… ゴジラだ」
「ゴジラ?」
「…… 大きくて、温かくて、寡黙な、ゴジラの背中だ……」
「ゴジラの背中」 完
まずは最後までお読み頂き、感謝感謝です!
表題作「ゴジラの背中」は、2017年5月6日 大塚WELCOME BACKライブにて、パンフレット掲載された小説です。
厳しいご意見、ご感想を、お待ちしております。
バンド「Machu Picchu」の活動内容を詳しく知りたい方は、是非下記にアクセスして見て下さいネ^^
マチュピチュ オフィシャル ウェブサイト
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