↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Machu Picchu ライブ連動読み切り短編集  作者: Wayra♪
PR
12/14

逃れられないもの

逃げ込む場所があったとしても、それはどこまでもついて来ます。

隠れる場所があったとしても、それは常にあなたを見ています。

 気が付くと、一歩先にはコンクリートの足場が無い、そんな場所に立っていた。

 一瞬にして全身の毛が逆立ち、鼓動が激しく耳の内側を叩く。

 電気街の一角にある三階建てのビルの屋上。いつの間にか、フェンスまで乗り越えていたようだ。


――お前など、ここから落ちてしまえ―― 


 封印したはずの僕の中の“善人”が、ここぞとばかりに囁く。確かに、それも悪くないなと思う。

 下を歩く人々の関心は、通りの向かい側で今まさに行われている街頭演説にあり、僕に気付いてくれる人はいない。

 よりによってこんな時に街頭演説か…… 

 内心そう思いながらも、僕は習性上、その候補者を見ない訳にはいかなかった。そして次の瞬間、僕の身体は固まっていた。

「いいですか皆さん、そもそも待機児童の問題は、我々痔民党が十年以上前から必死に取り組んで来た、謂わば政策のフラッグシップなんです。『日本死ね!』と言われたからとか、いきなり出てきた緑色のジャケットを来たおばさんに煽られて始めた事ではないんです!」

 路肩に停められたワゴン車には、大きく『痔民党都議会議員候補 羽毛戸 勇那』と書いてある。そしてそのルーフの上で、激しく唾を飛ばしながら喋っているのは、何故か僕だった。

「だいたい『都民センターの会』という名前からしておかしい。皆さん、あの方、都民をネズミ呼ばわりした方ですよ。都民センターじゃないんです。自分センターなんです!」

「そうだそうだ!」

「もっと言ってやれ!」

 最前列に陣取る聴衆の一団が同意の声を上げる。するとそのうちの一人が突然振り返り、拳を掲げながら後ろの聴衆に向かって叫んだ。

「はーげーと! はーげーと!」

 高い所から見下ろしている僕にははっきりとそいつの顔が見えた。日の丸に必勝痔民と書かれた鉢巻を巻いた僕が、必死に叫んでいた。

「はーげーと! はーげーと!」

 明らかに金で雇われたと思われるその一団は、今度は皆揃って後ろを向き、なかなか乗ってこない温度差のある聴衆を煽る。髪型や服装、背丈、年齢、性別、全てがバラバラではあったが、彼らは全員、僕だった。

 何なんだこれは……

 僕は後ろ手にフェンスを握りしめたまま、それを離すタイミングを完全に失っていた。

「そして忘れてはならないのが、自殺者対策であります。統計によりますと、東京は地方に比べて若者の自殺率が高い傾向にあります。これは偏(ひとえ)に、職場における若年管理職の割合が、地方のそれより圧倒的に高いからです。実は私はこの問題に関して、ある自論を持っています。それは、日本人は、責任から逃げる前に生から逃げてしまう傾向が非常に強い民族である、という事です。こういった傾向は―――」

「お前が言うなーっ!」

「何が自論だ笑わせるなーっ!」

「このハゲー!」

 突然、それまで後ろの方で静観していた緑の鉢巻をした一団からヤジが飛んだ。

「それは日本人の傾向じゃなくて自殺者に共通する傾向だボケー!」

「お前が辞めれば自殺者は減るんじゃカスー!」

「このハゲー!」

「わ、私は、生から逃げる前にまず責任から逃げてしまいなさいと言って―――」

「それが出来れば誰も自殺なんかしないんじゃボケー!」

「追い込まれた事もない人間が偉そうに語ってんじゃねーカスー!」

「このハゲー!」

 散々な言われように、気色ばんだ候補者の僕が思わず声を張り上げる。

「皆さん! 我々はあんな人たちに負ける訳にはいかないんです!! 確かにわが党は、今逆風の真っただ中にあります。しかし考えて見て下さい。今の東京を作って来たのは一体誰ですか! 誰のおかげでこうして安穏と暮らしていられるんですか! 我々都議会痔民党があったからですよ! にもかかわらず、上が起こした些末な問題の為に、何故我々がこんな理不尽な皺寄せを受けなきゃならないんですか!!」

 一瞬、場が静まり返った。候補者の僕が、しまった…… という顔をしている。そして案の定、彼は聴衆全員を敵に回す事になった。

「些末とはどういう事だ!」

「大問題だろうがぁ!」

「東京は都民が作って来たに決まってんだろうがボケー!」

「ダメにしたのがてめーら痔民だろうがカスー!」

「てめー有権者ナメてんのか! 親分呼んで来い!」

「加計の友達呼んで来い!」

「野党と官僚と国民ナメくさりすぎやろー!」

「わ、私は―――」

「てめーも親分と一緒で俺たちがバカだとでも思ってるのかー!」

「国民にまで忖度(そんたく)を迫るのか!」

「このハゲー!」

 既に二百人は超えているであろう聴衆の怒りはピークに達し、今や候補者の僕は全方位から集中砲火を浴びていた。サクラたちの僕もこうなってはお手上げのようで、言い返すどころか候補者の僕に詰め寄る聴衆を抑えるので精一杯だった。沿道の交通整理をしていた警官たちが、これ以上は危険と見てワゴン車をぐるりと取り囲む。当然彼らもまた、全員僕だった。

「何をやっても許されると思ったら大間違いだぞ!」

「強さと傲慢さをはき違えるな!」

「公私混同もいい加減にしろ!」

「十四回も一緒にゴルフやってて知らなかったなんててめー認知症か!」

「一度獣医師に診てもらえ!」

「そ、それは私ではなく―――」

「加計とそのバカ息子も呼んで来い!」

「アッキーも呼んで来い!」

「ウイッキーも呼んで来い!」

「このハゲー!」

「がああああああああああああああーっ!! 黙れ黙れこのバカ共がぁー!! 貴様ら国民の分際で、一体誰に向かって文句言ってるのか解ってるのかぁーっ!!」

「てめーに言ってるんじゃボケーッ!!」

「政治家の分際で国民に逆ギレしてんじゃねーカスーッ!!」

「このハゲー!」

「うるさぁーーーーーい!! 悪いのはオレじゃねーだろ! 全ては、あいつのせいだろーっ!!」

 候補者の僕の指先は、まっすぐ僕に向けられていた。その場にいた全ての聴衆が、一斉に振り返る。

 二百人の僕が、僕を見ていた。

 そこで目が覚めた。



 


 天井の丸い窪(くぼ)みの側面から放たれる間接照明の光が、悪夢から解放された僕を優しく包み込んでいた。二十畳はあろうかという広い室内は、マホガニーを基調としており、およそ病室らしくはない。

 電気街の一角にある三階建ての消化器系専門病院。表に看板は無く、外来患者もいない。完全会員制の、知る人ぞ知るVIP病院だ。

 ここが病院である事を知っている一般人は少ない。当然だ。こんな歩行者天国のど真ん中に、まさかVIP病院があるとは誰も思わない。まさに逆転の発想と言える。

 入り口は僕の知っている限り三か所は有り、それぞれに警備員が配置されている。全九床しかない病室は全て個室で、窓は三重サッシ構造、隣の個室との壁には鋼鉄の板が組み込まれており、防音、盗聴対策も万全だ。少数精鋭で運営されているこの病院は、医師の技術、看護師のホスピタリティー、設備、食事、そしてセキュリティーと、どれをとっても申し分はない。唯一問題があるとすれば、ここに来る時の僕の精神状態が、決まって最悪である、という事だけだ。

「ずいぶんと魘(うな)されとったようじゃが、最近何かあったかい(*********)?」

 ソファーで新聞を読んでいた院長が、背中を向けたまま軽口を叩く。

「あったからここにいるんですよ」

「フォッフォ、そりゃそうじゃな」

 相変わらずだ。でも、心が弱っている時に、こういう態度は逆にありがたい。

「それにしても、あんたも大変じゃな。黄泉売以外はクソミソに書かれとる。各紙で出しとる支持率も、論評と比例しとる。まったく、今も昔も世論を動かしとるのはマスコミじゃな……」

 その通りだ。だからこそ、彼らを敵に回す訳にはいかない。

「大腸炎の方は問題ない。ただ、胃に潰瘍が出来とる。そうだな…… 一週間はここでおとなしく寝とりなさい」

「無理です」

 即答した僕に、老医師は思わず新聞から目を上げる。

「…… 本来なら二週間は必要じゃ。ただ、あんたの立場上それは難しいじゃろうから一週間と言っとるんじゃ。ああそうそう、その間うまいもんは食えんぞ。俗物の食いもんは、当分お預けじゃ」

「ハハ、俗物御用達の病院を作った人に言われたくないですね」

「フォッフォ、俗物大いに結構。わしは昔から上辺だけの善人には興味が無くてな…… 悪魔に魂を売り渡してでもいい仕事をする、そんな人間が好きじゃ。そういう意味では―――」

 そこで初めて、背もたれに腕を回しながら老医師が振り返った。

「あの候補者(*****)の言う通りじゃよ…… あんたのした事など、些末な事じゃ」

 白衣を着た白髪の僕が、不気味な笑みを浮かべていた。






          「逃れられないもの」      完


 まずは最後までお読み頂き、感謝感謝です!


 表題作「逃れられないもの」は、2017年8月19日 大塚WELCOME BACKライブにて、パンフレット掲載された小説です。

 厳しいご意見、ご感想を、お待ちしております。


 バンド「Machu Picchu」の活動内容を詳しく知りたい方は、是非下記にアクセスして見て下さいネ^^

 マチュピチュ オフィシャル ウェブサイト 

 http://machupicchu.art.coocan.jp/

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。