エピローグ
ふと意識を浮上させ、再びその瞳を開けた時、視界を埋め尽くしたのは、異世界のどす黒い空でも地下施設の冷たい金属の壁でもなく、まばゆいばかりの午後の陽光を反射して輝く、見慣れた日本のサーキットの風景だった。
シリーズ優勝という栄冠を懸けたファイナルラップ。
その運命の最終コーナーを鮮やかなラインで立ち上がり、愛機であるレーシングニーラーが、チェッカーフラッグのひるがえるゴールラインを猛スピードで駆け抜けた、まさにその直後の熱狂の中に双子はいた。
鼻腔を突く溶けたタイヤの刺激的な匂い、アスファルトから立ち上る陽炎、そして鼓膜を激しく揺さぶる、観客たちの割れんばかりの大歓声。
そのすべてが、夢ではない過酷なまでの現実として、彼らの五感を一気に支配していく。
「戻ってこられたの? あたしたち、本当に元の世界に」
楓がヘルメットの奥で、自分自身に言い聞かせるようにして、ボソリと漏らした掠れ声。
そこには、死線を潜り抜けた者だけが抱く安堵と、アストラル・クロノスで繰り広げられた激闘の、深い余韻が滲んでいた。
「ええ、姉さん。ここは紛れもなく、僕たちの生きていた世界です。約束通りに、二人で一緒に戻ってこられたんだ」
葵もまた、震える手で愛機の感触を確かめながらヘルメット内のマイクへと答えた。
隣に並ぶ楓に向かって静かに、力強く頷いて見せる。
◆ ◆ ◆
激動の帰還劇から、時は穏やかに流れ、あれから五年という歳月が過ぎ去っていた。
双子の圧倒的な活躍は世界中のモータースポーツ界から熱い注目を集め、数え切れないほどの伝説を塗り替えていった。
アストラル・クロノスから戻った二人は、自分たちのレーシングチームのロゴマークを、異世界のチーム・シュヴァルツ・アインツのものへと変更していた。
それは、たとえ次元の壁に隔てられようとも、二人の心の中で永遠に輝き続ける仲間たちへの、決して色褪せることのない誓いだった。
そんなある年、国際的なモーターショーと併催される大規模なレースイベントにおいて、再び表彰台の頂点に立ち、燦然と輝く優勝カップを高く掲げる楓と葵の姿があった。
沸き立つ観衆の先に目を向けると、華やかな衣装を纏ったレースクイーンたちがイベントに華を添えている。
その群衆の中に、二人は見紛うはずのない懐かしい面影を見つけ、その心臓を激しく跳ねさせる。
一人は、まばゆいばかりの小麦色の肌で、虎の耳を模したカチューシャを自信満々に着けながら、野生味溢れるポーズを周囲に決めている……ガオ、その人だった。
その隣には、知的な眼鏡をかけ、鳥の羽を模したデザインの水着の女性が、カメラを向けられ笑顔で手を振っている。
その女性は、葵の初恋の人……ピピだった。
そして、赤と青のドレスを身に纏い、聖母のように微笑む美しい女性……彼女こそがエルシェラだった。
さらに、優雅な青年シエルまでもが、マイクを片手に双子の勝利を祝福している。
「おっ、おい、葵……あ、あれって、まさか……あそこにいるのは、シエルやガオたちじゃないの!?」
楓が表彰台の上で思わず驚きの声を上げる。
その瞳からは、大粒の涙が溢れ出していた。
「ええ、姉さん。間違いありません、みんなもゲートの制御が可能になったのでしょう。僕たちと同じように……この世界へと来れるようになったようですね」
表彰式が終わるや否や、楓と葵は周囲の喧騒を突き破って、愛しい仲間たちのもとへ全力で駆け寄った。
葵は、報道陣やカメラの前でも、ピピの前でビシッと片膝をついた。
レーシングスーツのジッパーを下げてネックレスを外し手にすると、そこにはアストラル・クロノスから唯一持ち帰った、大切なリングが輝いていた。
「あの時の僕は、まだ十五歳の子供だったから、どうしても言えなかった。だけど、僕はもう二十歳になったんだ。今の僕なら、胸を張って言わせてもらうよ! ピピ、僕と結婚してください」
ピピは、左手を葵に差し出し、目を合わせると、ふかぶかと頭を下げた。
「はい、アオイ。喜んでお受けします。これから先も、お互いの命が尽きるまで、宜しくお願いします」
ピピは、溢れる涙で顔を濡らしながらも、最高の笑顔を向けた。
「なによ葵ったらあぁぁあ! 世界で一番の宝物を、先に手に入れちゃうなんて、相変わらず抜け目がないんだから!」
楓は、情熱的な赤いショートヘアを誇らしげに揺らし、エルシェラと力強くハイタッチを交わす。
「さあ、行くわよおっ! エルシェラ監督。今度は、私たち最強の双星と、あなたたちシュヴァルツ・アインツの全員が、この新しい世界で最高のチームになる番よ!」
桜庭ツインズが歩んだ過酷で美しい冒険は、二つの世界を繋ぐ希望の道を鮮やかに切り拓いた。
愛と友情とバトルの壮大な冒険は、平和になったアストラル・クロノスの世界で双星転移者の伝説として、永遠に語り継がれていくことだろう。
アストラル・クロノス:双星の機動魔装機 完
最後までお付き合いいただき、本当にありがとうございました!
楓と葵、そしてシュヴァルツ・アインツの仲間たちが駆け抜けた、異世界アストラル・クロノスでの冒険。
皆さんと一緒に、この物語を見届けられたことが、何よりの宝物です。
応援してくださった皆さん、そしてこの物語を読んでくださった全ての皆さんに、心から感謝いたします。
本編はここで完結となりますが、彼らの未来はこれからも続いていきます。
またどこかで、この物語の余韻を感じてもらえたら嬉しいです。
なお、Android端末をご利用の方などで、TalkBackやスクリーンリーダー等の音声読み上げ機能を使って物語を楽しみたいという方のために、本編の第5話と第6話を「読み上げ専用原稿」としてこの後書きに掲載させていただきます。
視覚にハンデをお持ちの方や耳から物語の世界へ没入する体験を、少しでも楽しんでいただければ幸いです。
また、たくさんの方に読んでいただき、投稿開始からわずか8日で1500PVを突破してました! 本当にありがとうございます。
本当に、ありがとうございました!
第五話
挑戦とライバル
初勝利という、熱くそして重い興奮がガレージの空気を支配していたのも束の間。
シュヴァルツ・アインツの面々は、祝杯をあげる暇もなく次なる戦いへの準備に取り掛かっている。
ガレージの至る所では、激戦の傷跡が生々しいルピナス・ツヴァイの左腕を修理する、魔導溶接の火花が散った。
その喧騒の中で、今後の命運を左右する重要な戦略会議が行われる。
エルシェラは、自らの指に嵌まった転移リングから、神秘的な青白い光を空中に投射し、戦利品とチームの現状を可視化したウィンドウを浮かび上がらせた。
「アイアン・ブルからは予備の魔導炉を一つと、修理用の装甲素材を頂きました。これを市場で換金すれば、当面の運営資金は格段に楽になるはずです」
葵は、その報告を冷静に受け流し、血の通わない数字のログを凝視しながら、どこか切実さを孕んだ低い声で問いかけた。
「目先の資金も確かに重要ですが、僕たちの最終的な目的はあくまで元の世界への帰還です。現在の勝利で得られた転移エネルギーの蓄積量を確認させてください」
「はい。現状、必要量全体の0点レエレエ1パーセントといったところでしょうか」
エルシェラの、慈悲深くも非情な回答を聞いたその時、楓は椅子からずり落ちんばかりに、ガックリと力なく両肩を落とした。
「やっぱりそんなもんなのかぁ。あんなに一生懸命に戦って、たったそれっぽっちだなんて。先が長すぎて気が遠くなっちゃいそうだよ」
絶望の色を隠せない楓の隣へ、葵が静かに歩み寄る。
彼は言葉よりも先に、落とされた彼女の肩を大きな手で力強く掴むと、そのままグイッと上向きに引き上げた。
「ねえさん、顔を上げてください。確かに先は長い。でもゼロだった数字が確実に動き出したんです。今はただ、目の前の一戦一戦を確実に勝ち抜いていくしか、僕たちの帰る道はないんですから」
葵の赤い瞳の奥には、どんな絶望に直面しても決して折れることのない、氷のような冷静さと知的な闘志が宿る。
◆ ◆ ◆
数刻後、ガレージでの喧騒を抜けたシュヴァルツ・アインツは、次なる戦いの舞台となる情報の精査に追われている。
ピピが眼鏡のブリッジを指先でクイッと押し上げ、慣れた手付きで情報端末を中空へと走らせた。
「感傷に浸る時間は終わりです。次のバトルは公式リーグへの本登録を賭けた、文字通り運命の予選マッチなのですから。次の対戦相手は新進気鋭のチーム、ウィンドファルコン。風属性の魔導技術を応用した超高速機動を得意とする難敵よ。主力機、エアリアル・ストライカーのコアは、機体背部の大型ブースターの死角にあると推測されるわ。アオイ、貴方の冷静な分析が勝機を左右することになります。頼めるカしら?」
「了解しましたピピさん。ガオさん、機体の駆動系を最終調整値まで追い込んでください。一撃離脱に賭けます」
楓は投影された鳥の翼のような優美な機体のホログラムを、獲物を狙う鷹のような鋭い視線で凝視し、不敵な笑みを浮かべた。
「超高速機動だって? いいじゃない、あたしたちが最も得意とする土俵だよ! 面白くなってきたじゃん!」
「カエデ、甘く見ないほうがいいわ。パイロットのシエルは、若くして風の魔術師の名を欲しいままにする天才よ。彼は魔力を物理的な真空のヤイバへと変貌させ、標的を切り刻む。その予測不能な軌道には最大限の警戒が必要よ」
「空中戦を仕掛けてくるってわけね。でもこっちには、どんな地形でも最高速を叩き出せるニーラー形態があるもん。 空を飛んでようが関係ない! 追いついて引きずり下ろしてやるだけよ」
葵は、愛機への絶対の信頼を剥き出しにする姉の横顔を見て、静かに笑った。
「ガオさん。僕の設計した新たな慣性制御プログラムに合わせて、機体の重心バランスをミリ単位で再調整してもらえますか? 空中での安定性と変形直後のレスポンスを飛躍的に高めたいんです」
「がってん承知だよ、アオイ。あんな空飛ぶヒラヒラ野郎の動きにも、完全に対応できるキレを叩き込んでやるからな! 任せておきな、あたいが最高の機体に仕上げてあげるわよ!」
◆ ◆ ◆
そして訪れた、公式リーグ予選当日。
バトルの舞台は、先日の非公式アリーナとは比較にならないほど広大な、自由都市最大のマギアス・アリーナだ。
中央に威風堂々と立ち上がる赤と青の巨躯、ルピナス・ツヴァイの姿が、巨大モニターへと鮮烈に映し出される。
「すごい。これが公式リーグの舞台。ねぇ葵、見てよ、この人の数!」
「現代のグランプリレースをも凌駕する熱狂ですね。ねえさん、この視線のすべてが僕たちのバトルを、僕たちのいきざまをジャッジしていると思ってください」
観客たちの好奇と懐疑が入り混じった視線を浴びる中、けたたましい魔導実況が響き渡った。
「さあ始まりました! 公式リーグ予選マッチ! 資金難のどん底から這い上がってきた不屈の双星、シュヴァルツ・アインツ! 対するは、風を操る蒼穹の貴公子シエル率いる、チーム・ウィンドファルコンだぁー!!」
対面の巨大な防壁ゲートが重々しく開き、一羽の巨鳥を思わせる流線型の機体、エアリアル・ストライカーが姿を現した。
そのパイロット、シエル・ヴァンクールは、まばゆい金髪に、すいがんを持つ、エルフの血を引く優雅な美青年だ。
彼はコクピットから外部モニターを通し、観客席に向けて鼻につくほど優雅に手を振ってみせる。
楓は、操縦桿を握りしめたまま、その透かした態度をモニター越しに猛烈に睨みつける。
「くそっ! あいつを見ていると、無性に腹が立ってくるんだけど!」
「ねえさん落ち着いてください。機体周囲に高密度の風のエーテルを纏っています。目に見えないヤイバには細心の注意を。まずはマギアス形態でどっしりと構えて、相手の出方を伺いましょう」
「はいはい、あおいくん。了解でぇーす!」
楓は、少しだけ投げやりな返事をしながらも、操縦桿を握る手には機体の関節が悲鳴を上げるほどの力を込めていた。
◆ ◆ ◆
「バトル、スタート!」
開始の合図が轟き大地が震動した。
エアリアル・ストライカーは、重力の束縛を嘲笑うような加速で、一気に蒼穹へと舞い上がる。
その軌道はまさに一条の閃光だ。
楓は即座に反応し、ルピナス・ツヴァイをニーラー形態へと鮮やかに変形させると、アリーナの石床を削り取る勢いでフル加速を開始した。
「速いっ! けどスピード勝負であたしたちに勝てると思ったら大間違いよ!」
しかし、シエルの機体は常に頭上の有利な高度をたもち、ルピナス・ツヴァイの死角から死の急降下を狙っている。
「データ通りに動いてください姉さん! 相手は一定の高度を維持しながら、こちらのプラナ供給の揺らぎを狙っています!」
「分かってるってば! あんなヒラヒラ飛んでいるだけじゃ、あたしにはさわれもしないわよ!」
空中で華麗に機体を翻転させたシエルの機体から、外部スピーカーを通じて澄ました声が響いた。
「ふんっ。地上を醜く這いずることしかできぬ欠陥機が。我が麗しき至高の風、そのヤイバを受けて塵へと還るがいい。エアリアル・ニードル!」
エアリアル・ストライカーの両翼から、大気を真空へと変質させた無数の不可視のヤイバが、雨のごとき密度で降り注いだ。
楓は、ニーラー形態の驚異的な回頭性能を活かし、ほんの髪の毛一本分、見極めるのが一瞬でも遅れれば死ぬという、極限のタイミングで死の雨を回避し続ける。
だが回避しきれない鋭い突風が、メタリックブルーの装甲を無残に掠め、火花が散った。
「きゃっ!? 今、見えなかった……」
「ダメージは軽微です! ですがこのままではジリ貧だ。姉さん、一度距離を取ってからマギアス形態へ移行、迎撃態勢を整えてください!」
葵の冷静沈着なナビゲーションに従い、楓は猛スピードで走行しながら、滑らかに機体を人型のマギアス形態へと変形させた。
「アイアン・ブルの時のように、敵の鼻先へ飛び込むチャンスを待つわよ! その澄ましたツラ、絶対にこのこぶしでぶっ飛ばしてやるんだから!」
熱血をたぎらせる姉と、その熱量を勝利へと昇華させる冷静な弟。
異世界の公式リーグという過酷にして華やかなる戦いの幕が、今、激しく切り落とされた。
第六話
連携の真価
闘技場アリーナの頭上から、慈悲もなく降り注ぐ無数の不可視の斬撃、風の針、エアリアル・ニードル。
楓は、マギアス形態へ変形したルピナス・ツヴァイを限界まで躍動させ、大気を切り裂く風の刃を紙一重の機動で受け流し続けていた。
しかし回避しきれない鋭利な風の波が装甲を無残に削り、メタリックブルーに彩られた左腕には生々しい傷跡が次々と刻まれていく。
「ちっ、チクチクと当ててくるじゃない! あいつマジでムカつくわぁ!」
楓は、機体を襲う激しい衝撃に耐えるため、操縦桿を力一杯に握りしめ、溢れ出る闘志を瞳にやどし、モニターを睨みつける。
「ねえさん、熱くならないでください! 相手はエルフ族でも屈指の魔導技術を持つチーム。風の制御能力が文字通り桁外れです。このまま地上で足を止めていては標的にされるだけだ。空中に陣取る相手にどうやって接近するつもりですか?」
葵は冷静に問いかけるが、その声の端々には現状の圧倒的不利に対する隠しきれない焦燥が僅かに滲んでいる。
ルピナス・ツヴァイには現状、単独での飛行能力など備わっていない。
この閉ざされたドームの中で空を舞う翼に届き得る唯一の希望。
それはニーラー形態での加速力と、その時が止まったような僅かな合間に、爆発的なプラナを注ぎ込むことで生み出される跳躍のみだ。
葵が逆転への微かな勝算を導き出そうとした、心臓が一度跳ねるよりも短い、ほんの僅かな隙。
「葵、空中にいるから手が出ないなんて誰が決めたのさ! 叩き落としちまえばいいんだよ!」
「ねえさん、またそんな無茶苦茶な理論を……」
葵は、呆れたように大きな溜息を漏らしたが、その指先は既に、姉の挑もうとしている機動を支えるためのプログラムを組み上げ始めていた。
「あたしの勘は外れないって、いつも言ってるでしょ! 行くよ葵、しっかり掴まってなさい!」
乾いた唇をペロリとひと舐めした楓は、ルピナス・ツヴァイを滑らかにニーラー形態へと変形させた。
同時にアリーナの端、天を突くようにそびえ立つ絶壁のような壁面に向かってフル加速を開始する。
葵は、機体の重心を細かく調整し、壁面に激突する直前のタイミングで、端末機のボタンを叩いた。
楓は、力強く前輪を跳ね上げるウイリィーを敢行する。
10メートルの鋼鉄の質量が、重力に逆らって垂直に跳ねる。
さらに楓は壁を力強く蹴り上げることで、ルピナス・ツヴァイを弾丸のように上空へと跳躍させた。
それを見上げていたシエルは、翠眼の瞳を驚愕に見開き、信じられないものを見たかのように絶叫する。
「なっ!? 地上を這うだけの欠陥機が、なぜ空を飛ぶ私に並ぼうとするのだ!」
ルピナス・ツヴァイは、ドーム状の壁面を縦横無尽に蹴り、予測不能な軌道を描いて蒼穹へと舞い上がる。
その最高到達点で機体は、空中で鮮やかにマギアス形態へと変形を遂げた。
両腕に装着された高振動ブレードを楓が引き抜くと、空間が震えるほどの駆動音が響き渡る。
「もらったぁぁぁっ! くらえぇぇえっ! 紅蓮一閃、クリムゾン・スラッシュ!!」
シエルは、慌てて風の防御壁を張るが、空中での急激な変形機動に対し、その反応は決定的に遅れる。
「姉さん、左側! 敵機の緊急回避に伴う気流の追撃が来ます!」
葵の鋭い警告に、楓は直感のみで機体を捻り、シエルの放った死の突風を紙一重の差で回避すると、そのまま敵機の懐へと迫る。
右腕のプラナ魔導炉に、全身のエネルギーを濁流のように叩き込んだ。
「今度こそ、くらえぇぇえッ! 紅蓮一閃、クリムゾン・スラぁぁアアシュ!!」
「きゃああっ!?」
シエルが悲鳴を上げたが、必殺の熱を帯びたこぶしは、エアリアル・ストライカーの強固な装甲に弾き返される。
流石はエルフ国の威信を懸けた公式リーグ機! その防御壁は前回の敵とは、一線を画していた。
楓は、着地への姿勢を制御し、背後の葵へと声を飛ばす。
「葵! 装甲が硬すぎるよ!? どうすればいい」
「焦らないでください姉さん。核コアは背中だ。今、互いの熱気が伝わるほどの近さで捉えたあの感覚を忘れずに、もう一度!」
ルピナス・ツヴァイはアリーナの床へ激しく着地し、地響きと共に石畳を砕きながらも、楓は衝撃を推進力に変え、即座にニーラー形態となって再び疾走を開始する。
シエルは、空中で体勢を立て直したが、その美しい顔は屈辱と怒りに歪む。
「くっ、汚らわしい。地上を這いずるだけの欠陥機に、ここまでコケにされるとは! 教えてあげよう、エアリアル・ストライカーの真の恐怖をな!」
シエルは復讐心に燃え、今までとは比較にならない膨大な魔力を解放し、アリーナ全体の空気を吸い込むような、絶望的なまでの巨大な嵐の塊を生成する。
「我が最大奥義、その身に刻むがいい! くらえぇぇ! だいらん圧殺、テンペスト・プレスだァァァァアッ!」
放たれた巨大な真空の嵐は、逃げ場を完全に塞ぐほどの質量を持って、一直線にルピナス・ツヴァイへ迫り来る。
「あれは避けられません! 姉さんマギアス形態で防御! 右腕の熱を防御に回してください!」
楓は機体をマギアス形態へ戻し、右腕から激しいバックファイヤーを放出して衝撃を相殺しようと試みる。
同時に葵は反対側のプラナ魔導炉へ、全てのプラナを注ぎ込み、最高強度の防御壁を瞬時に展開した。
「たえろおぉぉっ! 氷結絶対壁、フロスト・ウォール!」
凄まじい嵐の塊が絶対零度の壁と激突し、爆鳴と共にルピナス・ツヴァイの機体は、後方へと無残に吹き飛ばされ、床には抉り取られた深い傷跡が刻まれた。
葵の氷の壁と楓の炎が衝撃を分散させ、致命的な大破だけは免れていたが、それでも代償は大きく、機体の両腕の装甲は無残にも見る影もなく破壊されている。
「姉さん……無事ですか!?」
「だっ、大丈夫よ! この程度、まだやれるッ、やらせなさいよ!」
楓は、苦痛に顔をしかめながらも歯を食いしばり、空中で勝ち誇る敵機へ向けて鋭い視線を向ける。
葵は、即座に控え室のピピへ無線を繋ぐ。
「ピピさん、データを確認させてください。相手の核コア、今の衝撃で露出しましたか?」
「ええ、間違いありませんアオイ。背中のブースター接合部、防壁が薄くなっているわ!」
ピピの確信に満ちた返答を受け、葵の脳内で最後の一撃のための計算が完了した。
「なら、狙うべきはそこ一点だけです。姉さん、次の攻撃で全てを決めます。僕の指示が出るまで絶対に動かないでください」
シエルは最大奥義を放った直後の全能感に酔いしれ、同時に魔力を再充填するために空中で静止した。
その瞬きをする間すら惜しいほどの僅かな隙を、葵は見逃さなかった。
「今です! 変形、全力ジャンプ! 核コアの一点へ集中!!」
葵の鋭い号令と同時に、楓はニーラー形態へと変形し、怒りの感情をプラナ魔導炉へ注ぎ込み、弾け飛ぶような勢いで再び空へと舞い上がった。
シエルは、再充填中という人生最大の無防備な隙を突かれ、翠眼の瞳を驚愕に染める。
「なッ、なに!? バ、バカな! 最大奥義をくらったはずだ。なぜ動けるんだ!! 待て、やめろおぉぉっ!!」
ルピナス・ツヴァイは空中でマギアス形態へ回帰し、滑空しながら右腕の熱を込めた一撃を、シエルの背後にある無防備な核コアへと深く重く突き立てる。
「くらえぇぇえっ! 火炎一撃、ファイヤーブロオォォオッ!!」
カキン! という硬質な破壊音が響き渡り、エメラルドの光を放っていた核コアが、木端微塵に砕け散った。
全ての制御を失ったエアリアル・ストライカーは、シエルの無様な悲鳴と共に、闘技場アリーナの中央へと落下していく。
「エルフ国の最大奥義を披露する前に……お前らぁぁあッ! メチャクチャしやがるなぁぁああーッ!」
シエルの悔しげな叫びをかき消すように、会場を埋め尽くす観客たちは、双子の放った実戦的連携プレイに総立ちとなった。
「勝負ありだあー! 勝者、シュヴァルツ・アインツ!!」
審判の絶叫と、地鳴りのような大歓声が、闘技場アリーナを包み込む。
だが今の楓には、その熱狂さえも、どこか遠い世界の出来事のように感じていた。
楓は、ボロボロになったコクピットの中で、肺にある全ての空気を吐き出し、深い安堵のため息を漏らした。
限界までプラナを搾り出し、鉄の塊を無理やり跳ね上げ続けた体は、鉛のように重く感じている。
折れんばかりに握りしめていた操縦桿から、震える手をゆっくりと離し、感覚のなくなった指先を膝の上で丸めると、ようやく激しい鼓動の音と、無理をさせた機体が放つ焦げた油の匂いが鼻を突いた。
「やった。やったんだよね? 葵」
掠れた声で隣の葵に問いかける。
「ええ、ねえさん。僕たちの勝ちです。まったく……無茶苦茶な操縦でしたけどね」
葵の声もまた、いつもの冷静さを保とうとしながらも、激しい疲労と、それ以上の高揚感を隠しきれずに震えていた。
二人はしばらくの間、外の喧騒を遮断した狭く暗いコクピットの中で、自分たちの荒い呼吸音だけを共有する。
生きている……この異世界で、自分たちの力で。
その確かな手応えが、楓の震える指先に、ゆっくりと熱を取り戻していく。
「次はもっとスマートに勝ってみせるわよ。あハハ、でも腕がガクガクダわぁ~」
自嘲気味に笑う楓の瞳には、勝利の光だけでなく、過酷な世界を生き抜く覚悟が静かに、だが深く刻まれた。
◆ ◆ ◆
ようやく重い足でタラップをおり、控え室に戻ると、エルシェラが誇らしげな微笑みを湛えて、双子を出迎えた。
「やりましたね、お二人とも。公式リーグへの本登録、そして技術を頂く権利、すべて獲得です」
彼女の指のリングは、勝利の重みに応えるようにまばゆい光を放っている。
「ふん。私の事前情報通り、核コアの配置が勝敗を分けましたわネ」
ピピが満足げな笑みを浮かべる一方で、ガオが心配そうに駆け寄ってきた。
「相手もなかなかやるじゃないかぁ。両腕の装甲が酷いことになってるじゃんかー! あたいがすぐ直してやるからなっ!」
葵は、ボロボロになった愛機の修復プランを練りながら、エルシェラが提示した獲得リストを冷静に見つめる。
「さて、何を奪うべきか? エルフ国の最新技術、有効活用させてもらいましょう」
今回は、エルシェラが監督として、明確な指示を出した。
「まず風属性の魔導炉核技術、そして予備の特殊軽量装甲材を頂きましょう。これでルピナス・ツヴァイの完璧な修理と、さらなる機動力の強化が可能になりますわ」
傷だらけになりながらも、確かな手応えと共に掴み取った、公式戦初勝利。
シュヴァルツ・アインツの進撃は今、この一戦を機に世界中へと轟き始めた。
以上が私の誤読をさせない、読み上げ版の専用原稿でした。




