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第四十二話 囚われの戦略

 吹き荒れる風が砂煙を巻き上げ、仲間たちを乗せた輸送車両の影が、地平線の彼方へ遠ざかっていく。


 帝国の冷徹なる副官、ゼクスと漆黒の機体、シャドウ・ファントムの前に、葵はただ一人、静謐(せいひつ)な覚悟を纏って立ちはだかる。


 細マッチョの肩にかかる重圧は、計り知れない。


 だが、彼の(たたず)まいには、死を恐れる者の怯えなどは微塵もない。


 むしろ周囲に張り詰めた殺気や緊迫した空気を、その身から放たれる知性の冷気で押し返しているような、超然(ちょうぜん)とした威厳すら漂わせる。


 少年というにはあまりに完成されたその瞳に宿るのは、一切の感情を排除し、絶望的な盤面を一手で覆すための最適解を導き出そうとする、凍てつくような戦略眼だった。


「賢明な判断です、桜庭アオイ。貴方一人の命と引き換えに、他の無価値な仲間たちの命が助かるのですから。合理性を尊ぶ貴方らしい、実に美しい選択と言えるでしょう」


 ゼクスは愛機のハッチを開き、高みから見下ろす冷徹な視線を葵へ投げかける。


 その声には人間の血が通っているとは思えぬほどに感情の欠片が含まれておらず、ただ事実を淡々と告げる機械的な響きだけが、荒野に虚しく散っていく。


「貴方ほどの卓越した分析官は、帝国にとって計り知れない価値がある。ヴァイス公爵様も、貴方のその類稀(たぐいまれ)なる才能を、必ずや高く評価し、相応しき椅子を用意されることでしょう」


 葵は、毅然とした態度で、ゼクスの視線を真っ向から射抜く。


「勘違いしないでください。僕の目的は、最初から最後まで変わらず、姉さんと共に元の世界へ帰還すること、ただそれだけです」


 その赤い瞳の奥底には、たとえこの身が檻に繋がれようとも、魂までは帝国に屈しないという不屈の意志が、ギラリと凶器のような輝きを宿していた。


「貴方たちに心から協力するつもりなど毛頭ありません。ですが、姉さんたちの安全を完全に保障するという取引が成立するのであれば、僕の身柄は差し出しましょう。ただし、僕が帝国の研究施設内を自由に調査し、分析に関与するという条件を付けてもらいます」


 ゼクスは、唇の端を僅かに吊り上げ、満足げな冷笑を浮かべる。


「よろしい、取引成立です。貴方のその知的好奇心すら、我が帝国の糧となるのですから」


 彼女にとって、葵が提示した条件など、手に入れた巨大な利益に比べれば、塵芥に等しい些細な我儘に過ぎなかった。


 葵は自ら歩みを進め、拒絶の意志を心の内側に秘めたまま、捕食者の胃袋にも似たシャドウ・ファントムの暗い機内へ、迷いなく乗り込む。


 コクピットの閉ざされた空間は、凍てつくような冷たい機械の匂いと、ゼクスから放たれる濃密で重い魔力の圧迫感に満ちていた。


 それは、一度入れば二度と出られぬ、巨大な鋼鉄の檻の中に閉じ込められたような錯覚を抱かせる。


「貴方の才能は、ヴァイス公爵様の広大なる理想の下でこそ、真の意味で開花する。帝都の土を踏んだその時から、貴方のその分析力を存分に発揮させてあげるわ」


 ゼクスは、葵を狭い後部スペースに押し込めながら、勝利者の余裕を持って告げた。


 葵は、その言葉を冷ややかに聞き流し、自分自身の魂に刻み込むようにして最後の宣言を口にする。


「何度も言わせないでください。僕は、貴方たちに魂を売るつもりはありません。僕の頭脳は、僕と姉さんの未来を切り拓くためにだけ存在するんです」


 その言葉は、絶望に飲み込まれそうな自分自身を繋ぎ止めるための、孤独な誓いの宣言だった。


 だが葵の脳内では、すでに帝国という巨大なシステムを内側から食い破るための、複雑怪奇な裏切りの戦略が、凄まじい速度で構築され始めている。


 偽りの恭順――それは、愛する者を守り抜き、真実を掴み取るために彼が選んだ、血の滲む茨の道だった。


◆ ◆ ◆


「嫌だッ! 葵を……葵をあんな奴らのところに、一人になって、置いていけないッ!!」


 楓は、半乱心状態で叫び、走行中の扉を力任せに引き開けようとした。


 その細い指先は、絶望のあまり真っ白になり、震えている。


 ピピが、必死の形相で楓の腕を掴み、その震える体を、壊れ物を守り抜くように力一杯抱きしめた。


「カエデ、ダメよッ!! 今戻ったらアオイの覚悟を……アオイが命懸けで繋いでくれたこの光を、全部ドブに捨てることになるのよッ!!」


 ピピの大きな瞳からも、大粒の涙が溢れ出していたが、その奥底には、葵から託された、燃えるような使命の炎が宿る。


「分かったよピピさん。葵を信じて! あたしたちは生き延びて、あいつを……あの馬鹿な弟を取り戻す! それが、あたしたちに託された、絶対の使命なんだから!!」


 助手席で、シエルもまた見たこともないような神妙な面持ちで振り返る。


 その端正な顔立ちには、友を窮地へ追いやった不甲斐なさと、それを上書きするほどの、猛烈な決意が刻まれている。


「ピピの言う通りだ。まずは僕の領地まで、何としても逃げ延びよう。エルフ国一族の加護がある場所なら、帝国とて容易には手出しできない。葵を救うためには、今は、時間が必要なんだッ!!」


 ガオは、一切の言葉を発しない。


 だが、その厚い胸の内には、葵の決意に報いられぬ悔しさが、溶岩のように煮え繰り返っている。


 エルシェラと目を合わせて頷き、ただ前だけを見据え、折れんばかりの魔力を込めてアクセルを床まで踏み抜く。


 輸送車両は、砂塵を巻き上げて闇を切り裂き続けた。


◆ ◆ ◆


 一方、漆黒の翼を広げたシャドウ・ファントムは、希望を運ぶ仲間たちとは真逆の方向へ向かった。


 帝国の心臓部、首都アイゼンガルドを目指して、暗雲垂れ込める空を無慈悲に切り裂き、消えていく。


 葵の心の中には、楓と仲間たちへの揺るぎない信頼が、消えることのない残り火のように、赤く、熱く、灯り続けている。


 偽りの恭順という名の狂気……その裏側に隠された、帝国という巨像を内側から食い破るための、研ぎ澄まされた知性の(やいば)


 葵の孤独なる、そして壮絶なる潜入戦が、今、静かに幕を開けた。


最後まで読んでいただき、ありがとうございます!


仲間を逃がすため、自ら帝国の懐へと飛び込んだ葵。

偽りの恭順を装いながら、内部から帝国を崩壊させるための孤独な潜入作戦が始まりました。

一方、葵の犠牲を糧に生き延びた楓たちは、彼を取り戻すために立ち上がります。

引き裂かれた双子が、それぞれの場所で巻き起こす反撃の序章。


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次回もお楽しみに!


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