第三十九話 森の奥深くへ
森の番人フォレスト・ガーディアンとの魂を削り合うような激戦。
その余韻が、まだ周囲の空気に微かな熱を帯びて漂っていた。
チーム、シュヴァルツ・アインツの一行は、さらに濃密な静寂が支配する嘆きの森の最奥深くへ、更なる魔獣の出現に注意を払いながら歩みを進める。
数千年もの間、人の立ち入りを拒み続けてきた未踏の地は、シエルの確かな案内と葵が手にする高精度な探知機だけが頼りだった。
幾重にも重なる巨大なシダ植物の壁を掻き分けた先で、ついに彼らは古代遺跡の入り口をその眼前に捉えた。
そこは長い年月をかけて分厚い苔と蔦に覆い尽くされた岩壁の一部のように見えた。
人工物特有の厳格な直線の巨大な石扉が、太古の昔からこの時を待っていたかのように、そこに佇んでいる。
「ここが、あの裏切り者のグラハム・レッドウッド伯爵が秘密裏に管理し、独占しようとしていた遺跡か。同胞として情けなさと憤りが入り混じった複雑な思いが、胸の内でジンワリと滲んでくるよ」
初めてその実体を目の当たりにしたシエルが、震える指先を石扉に向けながら呟く。
その言葉にはエルフ国を揺るがした今回の事件の重みと、貴族としての矜持を汚された深い悲哀が重層的に込められていた。
「以前に発見した砂漠の遺跡の深層部と同じ系統の、高度な幾何学模様が刻まれています。恐らく、エルシェラ様の転移リングを通じてプラナを回路に流し込めば、この封印は解けるはずです」
葵は冷静なまでの分析眼で扉の構造を見抜き、双子はエルシェラの転移リングを通じて扉にプラナを供給し始める。
扉に刻まれた溝が意思を持ったかのように淡い青白色の光を放ち始め、巨大な質量を持つ岩の塊が地響きを立てて左右に開く。
内部からは数千年分の湿り気が混じった森の匂いのする空気が、ヒヤリと肌を撫でるように流れ出てくる。
「さて、みんな。なかに入りましょう。この扉の先に眠る真実を、私たちの目で見極めに行きましょう」
エルシェラが優雅な仕草で先導を促し、一同は遺跡の中へと足を踏み入れていく。
◆ ◆ ◆
遺跡の内部は幻想的で緑豊かな空間がどこまでも広がっていた。
古代ハーフエルフ族の技術によって維持されている通路には植物が生い茂り、それらが放つ神秘的な光が咲き乱れる花々を照らし出している。
その光の回廊を抜けた最奥部、広大なドーム状の空間の中央には、銀河の運行を模したかのような構造を持つ巨大装置が神々しい威圧感を持って鎮座していた。
「あれが第三のゲートです。信じられないことに、これほど長い歳月が経過していながら、装置の中枢にはまだ脈打つような活動の予兆があります。まだ機能している可能性がありますね」
エルシェラが慎重にゲートの制御系を確認する。
「この構造は想定よりも遥かに高度です。起動には膨大なエネルギーが必要ですが、設計の効率は砂漠のゲートの比ではありません。エルシェラ様の転移リングに残されているエネルギーと僕たちのプラナを全て使えば、起動できるかもしれませんが……」
楓がその青い瞳を期待に輝かせ、葵の理知的な赤い瞳を真っ直ぐに覗き込む。
「じゃあ、これで元の世界に戻れるの。またあの騒がしくて、でも大好きなあたしたちの街に帰れるんだね」
そこには抑えきれない故郷への切望が宿っていたが、葵は珍しくその表情を不安げに曇らせ、皆の顔をゆっくりと見渡した。
「可能性はあります。ですが、エネルギーの注入を始めれば間違いなく帝国の奴らにバレます。それに前とは違いゲートが巨大です。エルシェラ様のエーテルエネルギーと僕たちのプラナだけで完全に動くのか、僕にはまだ確信が持てないんです」
「じゃあさ、もっとバトルに勝って、エルシェラ様のリングにエーテルエネルギーをいっぱい貯めればいいんだよ。葵、そんな顔するな。あたしたちはいつだって、そうやって道を切り開いてきたでしょ」
楓の太陽のような言葉に、重苦しく停滞していた皆の表情がパッと明るくなった。
エルシェラも頷きながらパチンと手を叩き、新たな方針を力強く示す。
「そうです、アオイ。このゲートは貴重な遺産です。今は確保しておくことに致しましょう。帝国の手から、この聖域を守り抜くのです」
双子は新たな希望を胸に、いつか必ず帰還を果たすことを誓い、遺跡を後にした。
◆ ◆ ◆
同じ時刻、帝国の冷徹な秩序が支配する首都アイゼンガルド。
玉座に座り報告を受けていたヴァイス公爵は、報告に拍手をすると双子に対し最悪とも言える指示を出した。
「ふん、実に愉快ではないか。奴らが抗い強くなればなるほど、絶望の果てに完成する計画はより美しく、残酷な輝きを放つことになるだろう。ゼクス、次の手の準備は整ったのか! 今こそ奴らが持つ古代技術、そして異世界からの転移者であるという衝撃的な真実を、全世界に向けて公表するのだ!」
ヴァイス公爵の言葉は逆らうことの許されない絶対的な支配の命令となり、ゼクスに伝えられた。
漆黒の装甲服に包まれたゼクスは静寂な笑みを向けて、そのまま深く首を垂れた。
チーム、シュヴァルツ・アインツのメンバーは束の間の平穏を終えた。
次なる戦い、そしてこのアストラル・クロノスの全命運を賭けた、人々の不信と憎悪が渦巻く戦場へと再びその足を踏み入れていく。
最後まで読んでいただき、ありがとうございます!
禁忌の森の深淵でついに巡り合った、元の世界へと繋がる希望の扉。
聖域を何としても護り抜くため、シュヴァルツ・アインツは新たな覚悟を胸に、戦いへと身を投じます。
彼らが示した揺るぎない絆と決意の先には、どのような道が広がっているのでしょうか。
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