プロローグ
アストラル・クロノス:双星の機動魔装機
プロローグ
深い、深い、闇の底だった。
意識は遠い未来か、切り離された異界の境界をさまよう。
瞳に映るのは、赤黒く燃え盛る空と、崩れ落ちるアストラル・クロノスの大地。
かつての栄華はついえ、魔装機たちの残骸が、物言わぬ鋼鉄の墓標となって乱立している。
「ああ……。このままでは、すべてが奴らの渇望にのみ込まれてしまう……」
王女のくちびるから、悲痛なためいきがこぼれおちた。
絶望のふちに沈みかけた彼女の魂を、一条の閃光がつらぬく。
腹の底まで震わせる、激しい獣の唸り声。
大地を噛み、風を切り裂き、物理の限界を超えて躍動する四つの輪を持つ鋼鉄の獣。
その背中で、一つの魂のように重なり合う二人の若者の姿。
「見えた……。運命を切り拓く、双星のプラナ……!」
◆ ◆ ◆
私は、弾かれたようにベッドから身を起こした。
寝間着のままの細い肩が、荒い呼吸と共に激しく上下する。
額ににじんだ冷や汗が頬を伝い落ちるが、私はそれを拭うことさえ忘れ、夢の中で見た光景を必死に手繰り寄せていた。
窓の外には、静まり返った王都の夜景。
私の耳にはまだ、あの鋼鉄の獣が上げる力強い爆音が残響として鳴り響いている。
「今度こそ……間違いありません。いいえ、間違いであってはならないのです……」
私は裸足のまま床に降り立ち、導かれるように部屋を飛び出した。
◆ ◆ ◆
静寂に包まれた回廊を、若き王女は一心不乱に走り抜ける。
重厚な石の扉をあけ、螺旋の階段を、深く、深く、降りていく。
たどり着いたのは、古の静寂に支配された神殿の最奥。
空気さえも凍りついた冷徹な空間の中で、私は数千年の眠りについたままの巨大な装置へと歩み寄る。
その細い指には、淡い輝きを放つ、不思議な文様の刻まれたリング。
私は装置の起動レバーに手をかけ、一瞬、その指を止め、くちびるをつよく噛み締めた。
私は純潔なるエルフではない。
人の血が混じった不完全なハーフエルフ。
予知の力さえ、つねに霧の向こう側の不確かなものでしかない。
もし、今の夢がただの妄執だったのなら。
魔導資源を使い果たし、異世界の平穏さえもかき乱すこの召喚が失敗に終われば。
自分は救世の主ではなく、亡国の罪人として名を刻まれることになる。
「……それでも! 今の私には、この不確かな賭けに、アストラル・クロノスの未来を託すしかできないのです」
私は決然と顔を上げ、震える右手を装置の中枢へと力強く添えた。
「来たれ! 双星のプラナを持つ者たちよ。消え行く私たちを……この絶望的な運命から救いたまえ……」
地の底から響き渡る低い鳴動。
魔導回路が一つ、また一つと純白の光を灯していく。
それは救済の祈りであり、異なる世界の法則を繋ぎ合わせる異界への呼び声。
天を突き刺すまばゆい光が神殿を白一色に塗りつぶし、装置は再び深い眠りの淵へと沈んでいった。
あとに残されたのは、はげしく打ちふるえる私の祈りと、次元の壁を越えて走り出した運命の響きだけだった。
作者より
この『アストラル・クロノス:双星の機動魔装機』をお読みいただき、ありがとうございます。
物語は全54話で、楓と葵という双子の絆と成長を丁寧に描く構成で書き上げました。
次話から二人の物語が本格的に動き出します。
どうか最後まで見届けていただければ幸いです。




