第4話「暗がりの収穫と満ちる熱」
翌朝、レオは背負い籠を手に裏口の扉を開けた。
昨日と同じように日課の食料調達に向かおうとしたところで、背後から足音が近づいてきた。
「俺も行く。荷物持ちくらいはできるだろう」
振り返ると、アレクが扉の枠に寄りかかるようにして立っていた。
体調はすっかり元に戻ったようで、立ち姿にも芯が通っている。
断る理由もなく、レオは小さくうなずいて彼を招き入れた。
洞窟の入り口に足を踏み入れると、外の暖かさが嘘のようにひんやりとした空気が全身を包む。
アレクは一切ためらうことなく、レオの背中を追って暗がりの中へと進んでいく。
発光キノコの淡い光が、二人の足元をぼんやりと照らし出していた。
「不思議な場所だな。空気が停滞していない」
アレクが周囲の岩肌を見渡しながら、低い声でつぶやいた。
言葉が冷たい石壁に反響し、微かな余韻を残して消える。
しばらく進むと、パンの実をつける奇妙な低木の群生エリアに到着した。
アレクは目を少し見開き、枝にぶら下がるふっくらとしたパンをじっと見つめた。
彼ほどの身分であれば、魔法や不可思議な現象には慣れているはずだが、さすがにこの光景には驚きを隠せないようだ。
レオは慣れた手つきでパンをもぎ取り、背負い籠の中へ放り込んでいく。
「これも、この洞窟で採れるのか」
「うん。火を通さなくても、このままで温かいし美味しいんだ」
アレクは枝に残ったパンにそっと触れ、その温かさを手のひらで確かめているようだった。
さらに奥へ進み、例の広場へと足を踏み入れる。
岩陰から、あの小豚に似た丸い生き物が姿を現した。
短い牙をむき出しにして突進してくる生き物を見て、アレクの目が鋭く細められた。
彼の手が、腰のベルトのあたりへ瞬時に伸びる。
武器を持たない丸腰であることを思い出し、アレクはとっさにレオの前に立ち塞がろうと身構えた。
「大丈夫だよ、アレク」
レオはアレクの肩にそっと手を置き、その緊張を解くように静かに言った。
アレクの背後から歩み出ると、レオは腰の短い木の棒を引き抜き、突進してくる生き物の額を軽く叩いた。
淡い光の粒が弾け、後には美しい霜降りの肉の塊だけが残される。
アレクは目を見開き、転がった肉の塊とレオの顔を交互に見比べた。
張り詰めていた空気が抜け、彼から小さく息が漏れる。
「……なるほど。お前が怪我ひとつなく食料を調達できる理由がわかった」
「都合が良すぎる場所だろう。僕の秘密の食料庫なんだ」
レオは肉を麻布で包み、アレクが差し出した籠の中へと丁寧に収めた。
帰り道、重くなった籠をアレクが軽々と背負って歩く。
その広い背中を見つめながら、レオは誰かと共にこの暗い通路を歩くことの不思議な安堵感を噛み締めていた。
厨房に戻ると、レオはさっそく持ち帰った肉の調理に取り掛かった。
肉を厚めに切り分け、強い火で表面を一気に焼き上げる。
香ばしい匂いが立ち上り、肉の脂が弾ける音が小さな空間を満たした。
アレクは食卓の椅子に座り、その一連の動作を静かに見つめている。
彼から漂うαの香りが、狭い部屋の中で次第に濃くなっていくのを感じた。
レオの首筋に微かな汗がにじむ。
腹の奥から湧き上がるような特有の熱が、少しずつ体の自由を奪おうとしていた。
料理の手順に集中することで、その衝動を必死に押さえ込む。
「できたよ。今日は単純な肉焼きと、洞窟の葉野菜のスープだ」
木の皿をアレクの前に置き、自分も向かいの席に腰を下ろす。
アレクは短く礼を言い、ナイフで肉を切り分けて口に運んだ。
目を伏せ、ゆっくりと咀嚼する。
その喉仏が上下に動くのを、レオは無意識のうちに見つめてしまっていた。
「美味い。お前の料理は、体が求めているものを正確に満たしてくれる気がする」
アレクが顔を上げ、琥珀色の瞳がレオを真っ直ぐに射抜く。
その瞬間、部屋に充満していたαの強い香りが、ふっと柔らかいものへと変化した。
互いが同じ食事を口にし、その味と熱を分け合うことで、相反するはずの二人の気配が静かに調和していく。
独自の療法として続けてきた食事が、今は相手と深く繋がるための儀式のように機能していた。
レオの体の中で暴れていた熱が、嘘のように引いていく。
代わりに、心地よい温もりだけが胸の奥にゆっくりと広がっていった。
レオは小さく息をつき、柔らかな笑みを浮かべた。
「たくさん食べて。まだ肉はあるから」
窓の外では、昼下がりの穏やかな風が森の木々を揺らしている。
差し込む光が食卓を明るく照らし、二人の間の物理的な距離は、昨日よりも確実に縮まっていた。




