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後編

解決編です

 アカウントの持ち主についての考察は、わたしの中に仮説はあれど、確実に当たっているとは思っていなかったので特に気にしていなかった。そもそも、アカウントの持ち主が本当のことを投稿している保証だってないのだ。自分が何者であるのか、いわゆる『身バレ』を防ぐためにあえて不正確な情報を投稿していた可能性だってある。だから、あの時覚えた違和感はアカウントの投稿についてではなかった。あの場にいた人間と、そのやりとりについてだ。

 次の日、ミズキはまたも欠席だった。

 わたしは違和感を晴らそうと彼女の元を訪ねることにした。二日連続で木枯らしの吹く放課後の廊下を歩く。


「すみません、斉藤ヒヨリさんはまだいますか。」

少し話せませんか、と階段下のあたりに誘う。ヒヨリさんは、昨日の今日でどうしたの?と微笑む。部活動の前まででいいので、とお願いする。

「実は、昨日の委員会での会話で気になっていたことがあるんです。」

そもそも他人と話し慣れていないわたしは、少し息をついてから話を続ける。

「ヒヨリさん、気づいていましたよね。あのアカウントの持ち主が、ミズキだってことに。」

ヒヨリさんは優しそうな瞳をくるりと丸くする。たっぷり深呼吸をするくらいの間をあけて、ヒヨリさんは微笑んだ。

「なんだ、ハルナも気づいてたんだ。」

「…そうかな、と思っただけです。」

「…ハルナは、なんでミズキだって思ったの?」

「…。一番初めの引っかかりは、ミオさんが『HR委員会の中で告知された修学旅行事前指導の日程の変更を知らないってことは、持ち主はHR委員ではない』と言い出した時です。厳密に言えば、『HR委員ではない』じゃなくて、『今日のHR委員会に参加していない』だと思ったんです。だから、欠席していたミズキは、HR委員会に所属しているけど該当する。そういう捻くれた視点が一番最初にありました。

 だけど、それだけなら別に気にしてなかったと思います。持ち主の条件を細かく見ていった時に、週番の話が出ましたよね。職員会議は今週に早まったので、本来なら来週だった。そして、ヒヨリさんは来週であればちょうど週番で、かつ他の条件も全て当てはまる。『HR委員会に参加していない』という条件以外は。ヒヨリさんがこのアカウントの持ち主で、あえて目眩しのためにHR委員会に参加した人ならば間違っていると分かる情報を投稿したのかも、とも思ったのですが、言葉遣いが違いますね。」

ヒヨリさんは目を細めて、

「言葉遣いくらい誤魔化せるんじゃない?」

「いえ、言葉選びや文章の雰囲気の話ではなくて、『ら抜き言葉』です。アカウントは『見れる』『寝れない』などのら抜き言葉を使っていましたが、ヒヨリさんは話している時に一度も使わなかった。ら抜き言葉は気になるタチなんです。」

そこでわたしはもう一度息をついた。

「持ち主の条件は、『職員会議の日に週番であること』と『HR委員会に参加していないこと』の二つだけが、他と違って大きな意味を持つと思うんです。週番は、該当者の少なさから。HR委員会は、情報の確実性から。」

どのように話すべきか迷っているわたしに、ヒヨリさんは道筋を作ってくれた。

「じゃあ週番の方から意見を聞かせてよ。」

「分かりました。えぇと、職員会議の日程が早まったという話はヒヨリさんにはしたと思うんですが、それを聞いたのは本当にたまたまだったんです。それから、こちらはお話ししていないと思いますが、日程の変更があったのは昨日だそうです。件の週番についての投稿は三日前です。」

「じゃああの投稿が指す週番って、来週の人だったんだ。」

「そうです。そして来週の週番の中にも該当者はいない。ヒヨリさんを除いて。ここで一度振り出しに戻りました。

 もうひとつ、HR委員会の方ですが、ヒヨリさんを疑った時と同じように、ミオさんとコハルさんも疑うことができると思うんです。本当は持ち主なのに、目眩しのためにHR委員会に参加していないことにした。しかし、それによって起こるのは、我々四人を疑いの目から晴らすことだけです。それが目的でしょうか?四人の中には、ヒヨリさんという他の条件では圧倒的に疑わしい人物がいるのに?また、もしお二人が持ち主だったとしたら、投稿内容が偽りすぎます。まるで、『誰かに成りすまそうとしている』かのよう。ここまで考えて、この考えが当たっているのではないかと思いました。」

ヒヨリさんは黙っている。

「『誰かがヒヨリさんに成りすまそうとしている』、そう考えると辻褄が合うところが多すぎます。目的はおそらくカンニングに関することでしょう。カンニングのために侵入したことがバレた時のカモフラージュなのか、それとも始めからヒヨリさんに対して悪意を持っていたのか、細かくは分かりませんが、ヒヨリさんにカンニングの濡れ衣を着せることが目的だった。

 では一体誰が?ここで一番始めの条件を思い出します。委員会についてはなんとも言えませんが、部活動は実際に内部にいる人にしか分からないような投稿でした。少なくとも帰宅部である自分は知らないことだらけだった。そして、HR委員会に不参加。でも判明しているのはそれくらいです。強いて言えば、ヒヨリさんの周囲にいる人間が怪しい。」わたしは話し疲れてきた。

「自分にとって身近な人の中に該当者がいるかどうか自然と考えてしまうのは、人間の性なんだと思います。唯一の身近な人間であるミズキで考えてみたら、これが面白いことに全て当てはまりました。ミズキはあなたと同じバレー部で、委員会に所属していて、あなたと交流もあるから来週ヒヨリさんが週番であることも知っていて、かつ昨日、今日と欠席している。偶然にも最初にして唯一の候補が当てはまってしまいました。」


 「『ミズキが、ヒヨリさんに成りすましている』、そう考えると、前日の投稿がないこと、昨日の朝は比較的暖かかったのに肌寒いと違和感のある投稿をしたことも頷けます。」

ヒヨリさんは感情の無い顔つきでじっと足元のあたりを見つめている。

「ただ、これは全て憶測ですし、最も綺麗に説明がつくだけです。ヒヨリさんはどうしてミズキだと?」

ヒヨリさんはそっと目線を上げる。

「私も、ほとんどハルナと同じ考え方をしただけ。あのアカウント、コハルが言い出すまで存在ごとすっかり忘れてたけど、昨日改めて見てみたら私のことを書いてるようにしか思えなかった。これは論理じゃなくて、感覚。多分当事者にしかわからないよ、あの私が監視されてるみたいな……。それで、私も誰かが斉藤日和に成りすまそうとしてるんだと思った。そう考えたら、誰がっていうのは私にとっては決定的だった。投稿の中に『奨学金』って文字があったの覚えてる?私さ、家があんまり余裕なくて、奨学金を借りてる。無利子のやつだから成績は絶対落とせない。それで、その話を知ってるのって、この高校の中ではミズキひとりだけなんだよね。部活中にミズキの悩みを聞いてるうちに、流れで話したの。だから投稿の中に奨学金の話が見えた瞬間に、あ、これミズキだって思った。ミズキが何考えてるかなんて分かんないけど、ミズキんとこは家庭が厳しいみたいだし、追い詰められてるのかもね。…これで真相が分かってスッキリした?でも言っとくけど、これだって全部私の妄想だよ。全く根拠なんてないし、全然関係ない他人が適当な事実を混ぜて運用してる無意味なアカウントかもしれないし。」

ヒヨリさんから、昨日の丁寧で柔和な雰囲気は無くなっていた。でも、わたしが知りたいのはそういうことではなかった。

「違うんです。全部妄想、というのは同意します。けど、引っかかってるのはそこじゃなくて。ヒヨリさん、持ち主がミズキだと気づいていながらもそれを隠そうとしましたよね。さっきは敢えて条件から外しましたが、昨日は条件の中に『女子生徒』が含まれていました。ただ、それはアカウントの文体が女性っぽい、というだけの曖昧なものです。それなのに、ヒヨリさんは敢えて条件として入れた。HR委員ではない、と一緒に。…ミズキから疑いの目を逸らすためですよね。始めにこれを条件としていれることで、HR委員であり、かつ男子生徒であるミズキは疑われなくなる。自分に濡れ衣を着せようとしているのに、ミズキを庇ったんですか?」

わたしがずっと違和感を覚えていたのは、これだった。この世には自分に害をなそうとしている人間をも庇うような善良な人もいるのか?それとも恋愛などの特別な感情を抱いていたのだろうか。どちらにしても共感はできそうにない。

 ヒヨリさんは完全に表情を失っていた。予期せぬ質問だったのか、少しの間があって、答える。

「…庇った、と言えば、そうなのかもね。でも別に私はミズキに対してなんの感情もないよ。強いて言えば、私を巻き込まないでほしい。そもそも、こんな馬鹿げた作戦で私に罪を着せられると思ってるのが間違いだよね。カンニングなんて、うまく行ったところでその場しのぎの点数にはなるかもしれないけど根本的な解決にはならない。上手くいかなかったら最悪退学なのにね。ミズキがそこまで馬鹿な人間だとは思わなかった。あの場でミズキに注意を向けさせないようにしたのは、あの時変に騒ぎになっても困ると思ったから。……私が、困るの。誰かのためじゃない、私に誰かを慮るような余裕なんて無い。ハルナには私が慈愛に満ちた人間だって期待させちゃったかな?」

「…いえ、納得しました。理由なんか無いように見えて、一番人間らしい理由だと思います。」

ヒヨリさんは乾いた笑いを漏らす。

「ふふ、そう?よく言われるんだよね、しっかりしてそうとか、お人好しだよね、とか、優しいとか。それって私の見た目というか、雰囲気、印象による先入観の話だよね。みんな勝手に人を分析して、判断して、カテゴライズしてる。こういう雰囲気だから優しいに違いない、みたいな、自分に都合のいい判断。ミズキだって、明るくて、しっかりしてて、誠実そう。そう思われてるんじゃない?ミオも、コハルも。そんなこと言う私だって、最初はハルナのことぼんやりしてる陰キャくんだと思ってたんだけどね。こんなに人のことよく見てて、よく喋る男の子だと思わなかった。私も結局は同類なのかな。」

「…俺は、…。」

わたしが何も言えずにいると、ヒヨリさんは腕時計を見る。「もういいかな?そろそろ部活に行かないと。」わたしは頷く。

「じゃあね、榛名瑞稀くん。水木幸太郎くんと仲良くね!」

ヒヨリさんは歩き去っていった。

 わたしひとりになった廊下は、木枯らしが吹いていた。

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