前編
1
放課後、わたしは指定された教室に向かっていた。今月のホームルーム委員の招集があったからだ。朝は陽が出て気にならなかったが、昼からは風が出ており、廊下にも冷たい隙間風が吹いている。
わたしはHR委員ではないが、わたしのクラスの委員は昨日からずっと体調不良でお休みしているため、わたしが代理に担任から直々に指名された。あとでそれとなく抗議したのだが、先生は軽く笑って、「どうせ部活も他の委員会も入ってないんだからいいだろ。今日休んでるあいつに内容を共有してやれよ。私だって昨日いきなり、本当なら来週だったはずの職員会議が、今週に早まって困ってるんだ。」と変に対抗してきた。職員会議の事情なんて生徒は知ったことではないが。無責任な担任は、おまえあいつと仲良いだろ、と続けた。本当のHR委員であるミズキは、確かにわたしの唯一と言っていい友人だ。とは言え、ほとんど友達と呼べる存在がおらず、クラスでも話しかけてくるのなんてミズキだけのわたしと比べてミズキは明るくて、クラスの中心人物の人気者で、他にもミズキの代わりに委員会に出席してくれる人は探せばいそうなものではあるが。
担任の言うとおり部活も委員会も所属していないわたしは断る理由もない。ささやかな抵抗も虚しく、貴重な放課後の時間を所属していない委員会に充てることになった。
指定の教室に着くと、既にほとんどの生徒が集まっているようだった。リボンの色を見るに学年ごとにまとまって座っているらしい。わたしは二年生が集まっているあたりの席に座ってそっと周りを窺うが、当然ながら知り合いはいない。わたしやミズキを抜きにしても、女子生徒が多いように見られた。二年生なんて全員女の子だ。もう発足から半年以上経つからかみんなある程度は仲が良く、始まる時間まで談笑している生徒が多かった。
委員会の内容はシンプルで、案外すぐに終わった。全学年が集まっているので、わたしたちに関係のない話も多い。二年生であるわたしたちに関係がありそうだったのは、進路調査の締め切りについての注意喚起、修学旅行の事前指導の日程の変更とそれに伴うアンケート締め切りの延長、ロッカーの使い方の指導あたり。あとは、三年生宛てだったが「推薦入試の時期なのでクラスの雰囲気を気にしてほしい」というのも無関係ではないな。普段はHR委員会がどんな活動をしているのか気にしたことなんてなかったが、案外多岐に渡るものだ。委員会そのものは30分ほどの情報共有と資料配布で終了した。
2
バラバラと立ち上がる他の生徒にならって、わたしも教室を出ようと立ち上がる。視線を感じて顔を上げると、同学年と見える背の高い女子生徒がわたしに向かって歩いてきた。
「あなた、もしかしてミズキの代わりに来た二年B組の人?」
「えっと…そうですけど。」
人見知りのわたしは自分でも驚くほどの小さな声で答える。
「やっぱり!私、A組です。これで全体の委員会は終わりだけど、これから学年ごとに緩く情報共有の時間があるんだよね。まだ時間大丈夫?もし出られるようならこのまま学年の方も参加してほしいんだけど…。」
そうなのか、知らなかった。担任もきちんと教えてくれれば良かったのに。その柔和そうな女子生徒はこちらを気遣うように気持ち上目遣いで見上げている。わたしはこういう下手に出られたときの方がもっと断りづらいのだ。大丈夫です、と答えて、A組の人に着いていく。
「おかげで私たち二年生も学年の方の共有を進められる、ありがとうね。休みの人の代わりに、なんて大変だね。今日は予定とかなかったんだ?」
「担任に指名されて…。帰っても何もないからいいんですけどね。担任にはこっちだって職員会議が一週間も早まって今週になったから困ってるんだぞってよく分からない対抗されましたよ。」彼女はクスッと笑ってくれた。
「ヒヨ、こっちー。」
「あれ?もしかして今日ミズキいないの〜?」
うわ、まずい。全体の集まりでは気づかなかったが、二年生のHR委員はスクールカーストで言うと上位層、いわゆる『陽キャ』ばかりで構成されているらしい。机の向きを変えて、くっつけて座っている派手な女子生徒二人がこちらに手を振っている。わたしに声をかけてくれた女子生徒も、見た目の派手さは気にならないが明らかに『あちら側』の人間である。派手な二人に少しも臆することなく自分の分の机を移動させた。
「そうなんだよね。昨日から部活もいないからどうしたんかと思ったらインフルエンザだって。こちらはミズキの代わりに出席してくれた、B組の、えーと…。」
自分がまだ名乗っていないことに気がつく。「榛名瑞稀です。」
「え!もしかしてミズキがたまに友達のことって言って話してる『ハルナ』とか『ハル』ってあなたのことかな?!てっきり名前かと思ってた、苗字だったんだね。」
おそらく自分のことだとは思うが、ミズキがわたしの話を他でしているとは思わなかった。
「あー、確かにミズキから聞いたことあるかも!名前、ミズキとお揃いなんだ。じゃあハルっちだね。あたしC組の赤石小春、コハルでいいよー。」
ポニーテールで学校指定のリボンをゆとりを持って着けた女子生徒は明るく名乗った。
「D組小野田澪、よろしく〜」
もう一人はおろしたロングヘアにカールをかけて、大きめの髪留めをしたギャルだ。最後にわたしに声をかけてきた生徒が、
「私は斉藤日和です、ヒヨとかヒヨリって呼ばれてる。ごめんずっと立ちっぱなしだったね、この辺座って。」座るタイミングを逃して直立で挨拶を交わしていた私に椅子を勧めてくれた。
3
「とは言っても別に改めて共有するようなことはないんだけどねー。みんなはなんかある?」
代表して話し始めたのはコハルさんさんだ。何もないなら早く解散できるだろうか。
「ミオはない〜。」
「私も特にないかな。ハルナは?」
「いえ、特に…。」
ヒヨリさんは当たり前のように一員として声をかけてくれるが、正直わたしにとっては場違いすぎて馴染める気がしない。
「あ!そういえば、」とコハルさん。「前回の集まりの時にミズキが言ってたアカウントのこと、覚えてる?」
全体の委員会中は委員長の補足をしたり、お目付け役として同席していた教員は、三年生と一年生の方に着いて行ったらしく、この教室はわたしたちしかいない。
「あ〜そういえばそんな話してたわ。ミズキが次回の委員会まで様子見しようって言ってたのに、今日は肝心のミズキがいないじゃんね。」
「あれからあのアカウント見てないや。ヒヨはチェックしてた?」
「ううん。私もすっかり忘れてた。…あ、アカウントっていうのは、このSNSのとある匿名アカウントのことで…。」
ヒヨリさんがなんのことかわからないわたしのために、実際にアプリを開いて見せてくれる。
「どのアカウントだったかな…。あ、これだ!このアカウント、ミズキがうちの高校の人じゃないかって言うんだよね。」
ヒヨリさんが見せてくれたのはわたしも見ている人気のSNSだ。アカウントはおそらく個人の日常系のアカウントで、プロフィールには誰だか特定できるような情報は載っていない。フォロー数もフォロワー数も数人で、反応もそれほど多くないので、何を気にしているのかすぐには分からない。
「お、1ヶ月弱見てない間にもうちょっと投稿が増えてるじゃん!前回はあんまりちゃんと見ないで終わったし、今日はこのアカウントの調査しようよ。」
「いくらミオたちが喋ることないからってSNSのアカウント調査は暇すぎでしょ。」ミオさんはそう言って笑いながらも問題のアカウントの投稿を見ている。
「確かにミズキがなんでこのアカウントを気にしてたのかも知らないしなぁ。あ、ハルナにもこのアカウントのリンク共有するよ。自分の手元で見られた方がいいもんね。」
ヒヨリさんが見せてくれたアカウントを、わたしも自分のスマホで見てみる。
学食、期末テスト、体育館、部活などのワードから、中学生か高校生であることは推察できる。部活がダルいだの、テストが嫌だの学生らしい愚痴や、軽い文句が主な投稿内容のようだ。
「わ!見てこれ!」
コハルさんがみんなに見せている投稿には、『ヨモ館って移動教室には地味にだるいんだよなぁ』という投稿が表示されている。
「ヨモ館って、うちのヨモギ会館のことだよね?」
ヨモギ会館とはわたしたちの通う高校の施設のことで、主に教室や各教科室が並ぶ北棟、南棟とは別で、視聴覚室、図書室、茶道部が使う和室などが入った三階建ての建物である。わたしたち生徒は短く『ヨモ館』と呼んでいる。
「ほんとだ。『ヨモ館』なんて変な呼び方する建物、うちの高校以外にはないよね。」
「ふ〜ん、だからミズキはこのアカウントを気にしてたんだ。」
「しかもさ、」コハルさんはやけに真剣な顔つきで続ける。「このアカウントの最近の投稿、見た?このあたり。」
コハルさんはわたしにも見えるように投稿をわたしたちに向けた。
『まじでテストやばいかも。カンニングしようかな』
『職員会議で先生たちみんないないときに忍び込めば、テスト問題みれる?テスト直前に会議とかあるかな』
「…これガチ?だったらヤバくない?」
「さすがに口だけというか、本気じゃないでしょ、とは思うけど…。」
ミオさんもヒヨリさんも冗談とは笑い飛ばせない性格のようだ。HR委員に所属するだけあって、根は真面目なのだろう。しばらく互いにアカウントを遡る。
「てかこれ、一番新しい投稿。」
ミオさんがとある投稿を表示する。
11/10 16:30 今日の投稿だ。
『修学旅行の事前指導ってなんなの?(´Д` )この年でわざわざ集会しなきゃいけないの?ていうか、期末テストの二週間前にやることじゃないでしょ。』
今日の五限は、どこのクラスも班行動の日程決めなど、修学旅行に関する内容のLHRだったはずだ。それを受けての投稿だろうか。
「これさ、ミオたちはさっきの委員会で事前指導は期末試験の後に延期になったって知ってるじゃん?時間的にも全体の委員会は終わった後のタイミングでしょ?ってことはさ、アカウントの持ち主ってHR委員の人以外の人ってことになるよね。」
「確かに!ミオ天才?!」
ヒヨリさんに大袈裟に褒められてミオさんは満足そうだ。
「これさ、このままこういう特定につながりそうな投稿をひとつひとつ分析していったら、ある程度までは持ち主を絞れるんじゃない?!なんかあたしワクワクしてきた!」
コハルさんはこちらに身を乗り出して言った。
4
正直、わたしは帰りたかった。ただでさえ放課後を余計な予定で潰されているのに(帰っても特に用事はないがそういう問題ではない)、知りもしないアカウントの持ち主の特定などという、意義のない時間を過ごすなんて。言ってしまえばこれもプライバシーの侵害ではないか?そもそも、まだ『カンニングするしかない』と言っているだけで、SNS上で冗談めかして投稿するくらいいいではないか。わたしは言い訳を考えるのは得意だが、それを口に出すのは苦手だった。
コハルさんの提案に、他の二人は賛成した。面白がって便乗したミオさんに比べて、ヒヨリさんは乗り気ではなさそうだったが、真面目な性分なのだろう。ひとまずはこのアカウントの投稿を隅から隅までチェックして、特定に繋がりそうな情報を探すことになった。わたしを含めた四人は、それぞれ投稿を検分する。
初めての投稿はひと月ほど前、10/20のようだ。
『学校まじでだるい』
高校生らしい他愛無い愚痴が投稿されている。以降、一日に二、三の部活や委員会に関する投稿が続いている。
『体育館の掃除だるすぎ てか一年見てないでやれよ』
『部活いつまで続けようかな〜さすがに三年なったら受験のためーっていえばやめても内申つくよね?』
『雨でこっち入ってきて練習すんのはいいけど陸部くさいんだよね』
『今日めっちゃ学食混んでてなえた(;ω;)』
『内申のために委員会入ったけど月イチの集まり地味にめんどくさい(;ω;)』
『ヨモ館、移動教室には地味に遠いよね』
部活動に関してはかなり精密な描写で、どこの部活にも所属していないわたしは知らないことが多かった。特に体育館の運用については、曜日ごとにコートのどのあたり(ステージ側半分、など)を使っているか、掃除当番はどうなっているか、など、内部の人間が書いたとしか思えない投稿がされていた。
十一月に入ってからはテストを気にしているようで、
『まじでテストやばいかも もうカンニングしようかな』
『成績不安すぎて寝れない…奨学金かかってるし』
『職員会議で先生たちみんないないときなら忍び込めばテスト問題みれる?テスト直前に会議とかあるのかな』
11/7(三日前)
『職員会議の日ちょうど私週番だ!日誌届けにいくーって名目で職員室入ればちょっとカンニングしてもバレないんじゃない?!もうこれしかないよ』
11/8(二日前)
『一日考えたけどやっぱこれしかない ほんとに実行するから どうせバレないし』
11/10(今日、8:30)
『今日も肌寒いー冬くるのかな』
(16:30)
『修学旅行の事前指導ってなに?(´Д` )高二にもなってわざわざ集会しなきゃいけないの?ていうか期末テストの二週間前にやることじゃないでしょ』
といった、問題となっている投稿がある。
わたしたち四人とも一通り投稿に目を通したあたりで、コハルさんが口を開く。
「どう?結構絞れそうじゃない?」
「んね、これそもそもさ、文体が女子っぽくない?」
こう投げかけたのはミオさんだ。わたしは正直なんとも言えないと思った。確かに男っぽくないかもしれないが、言い切ることはできない。
「それ思った!私も女の子だと思う!」一番に賛同したのはヒヨリさんだ。コハルさんもしばらくは首を傾げていたが、そうかも…と呟く。
「修学旅行とか言ってるし、学年はミオたちと同じ二年生でいいんだよね?」
「そーだね、他の学年で事前指導に参加する人なんていないもんね。」
もはやわたしが口を挟む隙はなく、頷いたり小さく相槌を打つので精一杯だった。
「おっけ〜ミオがメモるわ。『学年:二年生』」
ミオさんはペンケースから小さなメモ帳を取り出し、綺麗な字を書いた。
「え!ミオ字綺麗じゃん!意外なんだけど。そのギャルみたいな見た目でその字?!もっと丸文字だと思ってたわ。」
「ミオ硬筆段持ってるし。見た目で判断すんなって。」ミオさんは得意げだ。文字に感動するコハルさんの向かいでヒヨリさんが続ける。
「あとは…HR委員会ではない。それで、女の子。」
ミオさんは言われた通りに書き留めていく。
「部活についての投稿結構多くない?体育館って言ってるし運動部だよね。えーっと、あたしたちテニス部はいつも外だから、体育館の部活あんまり詳しくないんだよね。バスケ部と…。」
コハルさんはテニス部らしい。はつらつとしたコハルさんらしい、と思う。
「私たちバレー部もだね。あとは、バドミントン、卓球…それくらい?」
「おっけ〜…。『部活:バスケ、バレー、バド、卓球あたり』」
「チア部もたまに体育館使ってるよね?」
「たまに使うような部活も体育館の掃除が回ってくるんですか…?掃除についての投稿とか、あとは雨の日に陸上部が入ってきて嫌だ、みたいな投稿もあったので個人的には普段から使っているような部活なのかと思います。」
ずっと黙っているのもすわりが悪いので、意を決して思ったことを言ってみる。
「確かに!ハルちゃんやるじゃん。ミオたちダンス部はたまに体育館も使わせてもらうけど、おんなじ理由でやっぱ候補はこの四つの部活だね。」ミオさんはわたしを『ハルちゃん』と呼ぶことにしたらしい。いささか可愛らしすぎる気もするが。
「あとは…委員会も入ってる!しかも月に一回は活動があるタイプだ。」
わたしたちの高校は委員会への所属は強制ではない。また、文集編集委員や選挙管理委員は年に一度程度の召集なので、定期的な活動はない。委員会に入っているというだけの情報でも少しは範囲を狭めることができる。
コハルさんは調子づいてきたのか、続けて指摘する。
「これも重要じゃない?!職員会議の時に週番!これさえ分かれば絞り込めるまであるよね。」
それはわたしも考えていた。
「職員会議は、今週だと担任が言ってましたよ。」
「今週かー。あたしのクラスの週番は吹奏楽部の男の子だったはずだから違うかな。」
「ミオのクラスは須藤さん。美術部って言ってたかも。…あれ、ヒヨちもうすぐ週番って言ってたっけ?」
「…私は来週。今週は小島っていう男の子だよ。ハルナのクラスは?」
「うちは…加藤…かな、部活には入っていないし、男だったと思います。」
「え〜みんな当てはまらなくない?」
わたしはこの時、とある考えが浮かんでいた。確証はないし、仮に考えが当たっていたとしても他の違和感は残る。とは言え、ここまで来たら確認しておきたい。
「…すみません、みなさんのクラスの来週の週番も教えてもらってもいいですか?できれば部活動も含めて。A組はヒヨリさんですよね。」
ヒヨリさんは小さく頷いた。
「あたしのクラスは…うーんと、小林だったかな。サッカー部のマネの子だよ。」
「ミオのとこは、瀬尾くん。テニス部だし、男の子だからなぁ。」
「なるほど…来週まで範囲を広げてみても該当者はいなさそうですね。うちのクラスも美術部の女の子です。」
「うーん。やっぱり条件から持ち主を探すーなんて無茶だったかなぁ。あたしが言い出したんだけどね。」
言葉とは裏腹にあまり悔しそうではないコハルさんは明るく言った。ミオさんもヒヨリさんも、ハナから本気ではなかったのだろう、気にするそぶりは見せなかった。
わたしは、ひとりでこの仮説は概ね当たっているだろうと思った。ただ、それをこの場で発表するべきではない、とも思った。
その後、しばらくはそのアカウントの話が中心だったが、やがて移り気な女子高生の話題は他へと移り、ほどなく学年別の委員会も解散となった。




