第6話 規格外のギルドマスター
腕の中に抱えた少女──エリナは、糸が切れた人形のように眠っている。 顔色はまだ紙のように白いが、先ほどまで彼女を蝕んでいた銀色の毒々しい光は、もうどこにもない。
「……君、今、何をした?」
サイラスの声は、驚愕を通り越して、ある種の恐怖すら孕んでいた。 王国最高の魔導師として、この世の理を知り尽くしているはずの彼にとって、目の前で起きた現象は、既存の魔法体系のどこにも当てはまらない「異物」だったのだ。
「何って……えー.......まあ、ちょっと鑑定して、隙を、見つけただけです」
しどろもどろになりながら答える。固有スキル【因果の強奪】のことは黙っておいたほうがいい気がする。
ふと視線を落とすと、自分の右腕に禍々しい黒い痣のような紋様が浮かび上がっていた。
【因果の強奪により『生命吸収』を右腕に一時ストック中】
【警告:排出しますか?】
(なるほど。「奪った」呪いは、俺にかかるのか。さすがにこれを持ち続けるのは勘弁だ。よし、排出!)
念じた瞬間、パチリと青白い火花が散り、右腕の黒い痣は消え去った。
便利な能力だ。
「……ひとまず、その子を安全な場所へ。わしはギルド長を呼んでこよう」
サイラスが険しい表情のまま踵を返したその時、入れ替わりで一人の職員が慌てて飛び込んできた。頭頂部の寂しい、見覚えのある男だ。
「サイラス様!一体何が起きたのですか!?」
「おお、バーナード。ちょうどいいところに。後処理は任せたぞ」
サイラスはそれだけ言い残し、嵐のように去っていった。残された職員──バーナードは、呆然と俺と倒れた少女を見比べたが、すぐに表情を引き締めた。
「副ギルドマスター!!ひとまず、この子を医務室へ運びます。説明は道中致します」
と、倉庫に取り残されていた男性職員。
どうやら、このバーナードと呼ばれた職員が、副ギルドマスターらしい。
────
「それでは、私はこの騒動の調査と対応に当たります。依人様、後ほど改めてお話を伺いたいので、こちらでお待ちいただけますか?」
バーナードは丁寧な口調で告げると、足早に医務室を出て行ってしまった。残されたのは真っ白なベッドで眠るエリナと、パイプ椅子に腰かける俺だけだ。
......お話を伺いたい、か。どう説明したもんか。「鑑定したら呪いが取れました」で押し通せるだろうか。そんな思考を巡らせていると、ベッドから微かな衣擦れの音が聞こえた。
「んん.......」
どうやら、お目覚めのようだ。
「あな......たは......?」
「俺は依人、君は?」
鑑定で名前は知っているが、初対面を装って尋ね返す。エリナはおぼつかない手つきで頭を押さえ、焦点の合わない目でこちらを見つめた。
「私は、エリナ。あなたが、私を?」
途切れ途切れの言葉。その瞳には困惑と、ほんの少しの希望が混じっている。
私を助けてくれたの?という問いに対し、俺はただ短く頷き、サイドテーブルの水を差しだした。
「水、飲む?」
「ありがとう、いただくわ」
エリナは受け取ったコップを両手で持ち、むせるように水を飲みほした。ようやく生気が戻ってきた彼女の姿を静かに眺めていると、二人の男が医務室へ入ってきた。
一人は、先ほどのサイラス。そしてもう一人は、真っ赤な髪を後ろに流した、精悍な顔立ちの「イケおじ」だ。
「おお、君が依人か。まずは初めましてだな。ここのギルドマスターをしているルーファスだ」
その圧倒的な威圧感に気圧されながらも、どうも、と挨拶を返す。
「早速で申し訳ないが、君からも少し話を聞きたい。執務室へ来てくれないか?」
ええ、わかりましたと頷き、彼の後に続いた。
部屋をでる際、背中にエリナの寂しげな視線が刺さった気がした。
────
「・・・というわけです」
執務室もといギルドマスターの部屋に連れていかれた俺は、状況を説明した。
因果の強奪については、「鑑定によって呪いの核が見えたので気合でそれを取り除いた」というなんとも間抜けな説明だったが、如何せん魔法がある世界だ。
解毒とか解呪とか、そんな風に受け取ってくれることを願うのみだ。
ルーファスは組んだ指に顎を乗せ、最後まで黙って話を聞いていた。
「......なるほどな。お前さんも知っての通り、今回の発端はナイトレイヴンだろうというのがギルドは見立てだ。前々から困った連中でな。しかしなかなか尻尾を出さないもんだから対処に困っていたのよ」
ルーファスはそこで言葉を切り、不敵に笑った。
「だが今回は看過できん。あんな呪物を持ち込んだ上に、王宮魔導師まで動かしたんだ。これでもう、あのゾルタンとかいうリーダーの首は飛んだも同然よ」
名前しか知らないゾルタン。俺は彼の悲惨な末路を思い、心の中で「ドンマイ」と手を合わせた。
「そんでまあ.....依人、単刀直入に聞いていいか?」
ルーファスの声のトーンが、一段低くなった。
「お前、何者だ?」
空気が凍り付くような威圧感。ちびりそうになるのを必死に堪え、声を絞り出す。
「鑑定士、という答えだけでは不満ですか」
「その先だよ、依人。つーかそもそも、俺の長い冒険者人生でも『鑑定士』なんて職業は聞いたことがねえ。一体お前は、何ができる?」
「......鑑定、ですよ。あくまで。情報がたくさん見えるっていうだけです」
俺は食い下がる。【因果の強奪】なんて正直に答えたところで、理解されないか、下手したら危険視されて消されるだけだ。
「俺の事も、わかるのか?」
「ええ、まあ」
──鑑定。
【名前】ルーファス・アッシュフォード
【種族】人間
【年齢】40
【職業】剣聖
【レベル】89
基本ステータス
【HP】4174/4174
【MP】1691/1691
【筋力】521
【防御】516
【敏捷】516
【魔力】421
【精神】418
スキル
【剣聖技Lv10】【上級火属性魔法Lv4】【上級光属性魔法Lv7】【指揮Lv10】【状態異常耐性Lv10】【即死耐性Lv1】【武器適応】【気配遮断】【領域感知】【反射結界】【無詠唱】【剣聖】
......ちょっと待て。化け物か?なんだこのステータス。なんだこのスキルの山。
まさか、うちのギルドにこんな怪物が潜んでいたとは。
(うわ、めちゃくちゃカッコいいスキルばっかりだ......。奪っちゃう?いっちゃうか?
一瞬、邪悪な誘惑が頭をよぎるが、なんとか踏みとどまる。これ、奪うと相手からそのスキルが消えるっぽいんだよな。検証してからにしよう。
見えたままの結果を伝えると、ルーファスは目を見開いた。
「そこまで......ほう!これは驚いた!」
ルーファスは一転して、膝を叩いて豪快に笑いだした。
「いや、すごいな本当に!サイラスからは、勇者召喚されたものの弱すぎて追放された小僧だと聞いていたんだが。いやはや、こんな珍しいスキル持ちはいないぞ!ハッハッハ!」
一国の重鎮すら驚愕させる鑑定能力。追放されたはずの「不遇職」が、ギルドマスターすら認める「規格外」へと変貌しつつあることを、俺はまだ実感できていなかった。
(メモ書き)
副ギルマス・・・バーナード・ウィクス
ギルマス・・・ルーファス・アッシュフォード




