104 裏ルートからの潜入
ガルツの街を後にした俺たちは、夜陰に紛れて国境地帯を疾走し、目的の地へとたどり着いた。
黒鼠から受け取った水晶地図を頼りに、裏ルートからの侵入に成功した。
眼前にそびえ立つのは、帝国軍が誇る絶対の要害――要塞都市アイゼンガルド。
天を突く広大な黒鉄の城壁は、見上げることすら憚られるほどの圧迫感を放っている。
そして何より異様だったのは、城壁全体を包み込むように脈打つ、不気味な銀色の薄膜だった。
「……酷い気配ですわね。空気が重くて、肌がピリピリと痛みますわ」
フードを深めにかぶったクロニカが、不快そうに顔をしかめる。
「ああ。周りには防衛結界が張られているな。物理的な侵入はもちろん、転移魔法での侵入も難しいだろうな」
俺は右眼に意識を集中させ、『観測者』を展開している。
白黒に反転した視界の向こう、城壁を覆う巨大な結界の構造を覗き込む。……直後、俺は背筋に冷たいものが走るのを覚えた。
(……なんだ、この構造は……!?)
通常の結界術であれば、魔力の循環や幾何学的な陣形が美しい糸となって織りなされているはずだ。
だが、この結界は違う。
無数の黄金の糸が無理やりひねり潰され、バグを起こしたコンピュータプログラムのように、世界のシステムコードを直接強引に書き換えるような歪で滑稽な構図を形成していた。
「依人、何か見えたの……?」
俺の表情の変化に気づいたエリナが、心配そうに覗き込んでくる。
「……ああ、平気だ。ただ、あの結界は普通じゃない。この因果には見覚えがある……恐らく、深銀の呪いで歪に強化された結界魔法だろう。とりあえず、地図の通り北側の排水路に向かってみよう」
俺たちは要塞の北側へと迂回し、岩陰に隠された不気味な洞窟の開口部――廃棄魔術排水路の入口へとたどり着いた。
内部からは、ドロドロとした泥と、強烈な腐臭が漂ってくる。
「うぇぇ……凄まじい匂いだな。服に染み付いたら取れそうにねぇぜ」
「文句を言わないでくださる?必死に気にしないようにしているんですから」
ベネディクトの愚痴にクロニカが不快げに眉をひそめる。
俺たちは息を潜め、排水路の泥水を掻き分けながら奥へと進んだ。
だが、潜入がそう容易く進むはずもなかった。
前方の暗闇から、カチカチと無数の硬い足音が不気味に響き渡る。
「――待ち伏せかッ!?」
ベネディクトが低く唸り、太い腕を構えた。
闇の奥から這い出してきたのは、ぬめりと湿気に濡れた甲殻を持つ、一尺ほどの巨大なハサミ虫の群れ――ミズサソリの群生だった。
本来は沼地に生息する小型の魔物だが、人の出入りが絶えたこの暗黒の排水路に入り込み、人知れず増殖を重ねていたらしい。真っ赤な複眼が、侵入者である俺たちをギラギラと見つめている。
「チッ、派手に騒がれちゃ面倒だ!音を立てずに一瞬で片付けるぞ!」
俺の指令と同時に、仲間たちが目にも止まらぬ連携を開始した。
「ハッ、任せときな!『金剛・剛体』!」
先陣を切ったベネディクトが水しぶきをあげながら前に躍り出ると、跳躍してきた数体のドブサソリの鋭いハサミを、全身に纏った金剛の気功壁で完全に弾き返した。
ズドォンと重い打撃音が排水路の壁に霧散する。
「逃がしませんわ……『影縫い』!」
間髪入れず、影のように地を滑ったクロニカが短剣を床へ突き立てる。
散り散りに広がりかけた魔物たちの影を漆黒の暗器が正確に穿ち、その蠢く脚の動きを完全に凍りつかせた。
「吹き荒べ――『エアロ・ディビジョン』!」
足場に躍り出たエリナが、杖を掲げる。
彼女の『不確定未来』のパッシブスキルが乗った風の刃は、狭い排水路の壁を不規則に反射する跳弾軌道を描き、後方の魔物を一掃した。
緑色の体液が壁に飛び散り、魔物たちは悲鳴をあげる暇すら与えられず、ただの物言わぬ肉塊となって泥水の中へ沈んでいった。




