第99話 死者を愛する者の罠 2
「…… 起動?」
フィスファーナがラキシャ語の発音に気付いてそちらを向いた。
台座の側に立っていた、帯が巻き付いた形の人型の物から全ての帯がブワリと浮き上がり、ハラハラと解けて落ちていく。
「あれは?!」
彼女が異変を見て声を上げる。
しかしどうした事だろう。
他の4人は台座を見つめたまま気が付かない。
それどころかラザルが続きを読んでしまう。
「『強き力を持ちし者』」
「やっぱりリヒトの罠だわ!彼は言霊を操るのよ。皆んな読まないで!!」
大声を出して皆に近付き必死で止める。
その間にも人型の帯が全て解け、中から傀儡人形が姿を表した。
音もなくゆっくり一歩を踏み出すと、赤く光る目をこちらに向けた。
「皆んな!敵よ!……!!」
アウドラの肩を掴んで警告する。
そこでフィスファーナはハッとして全員の顔を見た。
彼女以外の4人が、虚な顔で立っている。
その瞳の下部からじわりと色が滲んで行き、淡く光る藍玉色に染まって行った。
「あ……そんな……」
リヒトの術に嵌ってしまった事に気付く。
胸元に手を置き、息を整えて落ち着こうとする。
「私には……言霊は効いていないようね。
今は身体と魂が一致していないからだわ。
彼の術はまず身体を操りその者の魂に直接効くんだもの。
でも、私以外の4人には強力に効いてしまう……!」
彼らの瞳がリヒトの言霊支配を示す色に変わって行くのを見て、フィスファーナは呟く。
「……『2名を……我が……愛しき……』」
ヴェイルがそれでも抵抗する様に息を詰めながら読み上げる。
「ダメだわ。私がなんとか……!」
フィスファーナが傀儡人形に剣を振り翳して襲い掛かった。
しかし幾重にも伸びる帯がそれを振り払い、彼女の身体に巻き付いた。
「えっ?!物理攻撃には無効なの?私……酷……」
喋らせないようにする為か、口元にも帯が巻き付く。
彼女の姿にやや我に帰り、危機を感じたのか、他の4人も抵抗する様にぎこちなく身体を動かす。
「『フィスファーナ……の復活の為の……贄とする』……アウドラ!逃げろ!!」
無理やり読まされるラザルが苦しげに声を絞り出すと、急に剣を抜き、その背でアウドラの胴を殴った。
「あ!!」
アウドラの胴衣の魔紋が光り、姿が消えた。
しかし彼もフィスファーナと同じく帯に捉えられてしまう。
「くっ!!」
ラザルが抵抗しようにも、ぐるぐると巻いて来る帯の力は弱まらない。
リュークが冑を脱ぎ捨て、自分の口を左手で掴んだ。
「『魔石……プラバライア……にその命を……捧げよ』フィスファーナ!すまん!」
それでも尚読み上げてしまう中、なんとか保つ意識で、同じように剣の背で縛られているフィスファーナの胴を殴った。
彼女の姿も、胴衣の反応で消え去った。
片目が藍玉色に染まったヴェイルが、同じく冑を脱ぎ歯を食いしばりながらも、漏れ出てしまう言葉を吐いてラザルに剣を向けて迫る。
「『名乗り……をあげよ……』ラザル!2人を頼む!!」
そしてクルリと剣を裏返し、峰で彼の胴を殴った。
「陛下!」
叫んだラザルの姿もその場から消え、縛っていた帯がパサリと落ちた。
チキチキと微かな音を立て、傀儡人形がゆっくりと歩みを進め、止まった。
——場に2人だけ残ったヴェイルとリュークが、ついに瞳を完全に藍玉色に変えてしまい、台座の正面に突っ立っている。
2人の読み上げまいと口と喉を抑えた両手が、力無く脇に落とされた。
その身体を捉えるように、ラキシャ語の細い帯が足元からじわりと巻き上がって行く。
彼らの横に傀儡人形が立ち、手を翳した。
【指定ノ贄ノ名シカ浮き上ガラヌ。本人ノミガ声ニスル事ガ可能。
読ミ上ゲテミヨ、だーくえるふノ子孫達】
彼らに分かるエルフ語で厳かに言う。
台座に光る文字が浮き上がった。
『我、魔族の帝王、グラディス=ヴォルクリア』
2人に反応はない。
【……コノ者ハココニハオラヌノカ……】
傀儡人形が呟く。
別の文字が浮かび上がる。
該当する名であるヴェイルの瞳が光り、読み上げる。
「『我、魔族の真王、ヴェイル=ヴォルクリア』」
次の文字も浮かび上がり、同じく瞳が光ったリュークが読み上げる。
「『我、火焔の副王、リューク=ノワール』」
【確認シタ。ソノママ動クコトナラズ】
傀儡人形が命令する。
細い帯が、胸元近くまで這い上がり、彼らの身体を的として固定した。
……最後に文字が台座に刻まれた。
2人の瞳がもう一度光り、声を揃えてその文字を読み上げてしまう。
「「『我ら2名、魔石プラバライアに、この命を捧げる……』」」
その言葉が響くと同時に、台座の上の魔石が2つ、眩い光を放って弾けた。
中から飛び出した核が彼らに真っ直ぐ飛び、胴衣も鎧も突き抜け、2人の右鎖骨下に鋭く刺さった。




