第90話 謎を解きたい魔王達
アリアの心が完全にフィスファーナに変わってしまったとは言え、彼女の処遇は『魔王陛下の御婚約者』のままではあった。
しかしながら彼女が就いていた魔王軍第4部隊副将の任は流石に無理だろうという事になり、後任を中将に移した。
魔王軍は今、3つの重大な課題に直面していた──王太后パトラクトラの捜索、アリア姫の救出、そして『弟ロイ』の行方を突き止めること……
「一旦事象をまとめてみましょう。第1の目的は王太后、パトラクトラ様の捜索及び御帰還、第2はアリア姫の……救助、という事でしょうか。そして……第3は私の弟で恐縮ですが、ロイの捜索と……抹消、ですか……」
魔王軍の特別戦略会議室で場を取り纏めるリュークの言葉が濁った。
議題を述べるにしても『亡くなった弟の存在を再び亡き者にする』という表現には感情的にも些か抵抗があったのだろう。
その場にはグラディス、ヴェイル、リュークとそれにドナウザーン公国から人質軍官として赴いている元王太子のラザルがいた。
「ラザル、それぞれの飛竜達の飛行時間から考慮して、ナザガランからタイカーシア、鬼族の地への移動が可能な竜はどれだ?」
ヴェイルが彼に聞く。
「休憩なしで海を越える種族となると、やはり大人の黒竜、紫炎竜のみになりますね。
……今となっては遅いですが、かつてウーヴルが使役していた闇竜も可能でした。
我らの持ち竜の中でも最速の翠玉竜でも、3フォラ(3時間)毎に休ませなければ翼が持たないのです」
「海を越えるには少なくとも4フォラは掛かるからな……北側の山脈越えは?」
「ウーアザーガ山脈は標高が高すぎて、竜も騎手も呼吸が続かぬでしょう。肺が凍ります。……陛下ご自身なら可能でしょうが、なにぶん竜達が難しいと思われます」
ラザルの言葉にヴェイルは流石に困ってしまった。
転移魔法陣を使おうにも転移先の座標が分からない。
しかも鬼族の地ならば、土地が古代エルフ魔法に反応しないので、自分達の魔法である転移魔法が使えないのだ。
そこへ
「遅くなりました。引き継ぎ、終わりました」
と、声を掛けながらミシュレラとアウドラが、フィスファーナを伴って入って来た。
元は金髪碧眼のアリアだが、フィスファーナに変わってからは髪が銀青色に変わり、瞳の色も藍玉色になっていた。
髪を結い上げた姿で、服装も大人びたドレスに変わっている。
「アリアとは随分違うな」
リュークが言う。
「魔王陛下のお気持ちが少しでも解れます様に、本来の私の髪と目の色の認識阻害魔法を掛けてもらっています」
フィスファーナが答えた。
「……気遣い痛み入る」
ヴェイルが呟いた。
「陛下……」
リュークが慰める様に彼の肩に手を置いた。
「フィスファーナ殿は私の義姉になるのか。確かに複雑だ」
グラディスがため息まじりに言った。
彼女達が席に着く為にヴェイルの側を通った。
フィスファーナがふと、彼の席に置いてある短剣とそれに刺さっていた小さな羊皮紙、それに核がない魔石に視線を落とした。
「それは……少し見せていただいても宜しいですか?」
「ああ。王墓にあった物だが」
ヴェイルが渡してみせる。
「羊皮紙の方は『次は必ず』——これ、リヒトの字だわ!」
フィスファーナが読んでみて驚く。手がわずかに震えている。
次に魔石をマジマジと近くで見つめて呟いた。
「こっちの魔石は『……死……翼を……生』うーん、爆ぜた時に消えたのかしら、よくは読めないわ」
彼女はふと、その場の雰囲気が変わった気がして顔を上げた。
「?あの……」
全員が驚きの目をして彼女を見ている。
「君はラキシャ語が読めるのか?」
ヴェイルが聞く。
「ええ。リヒトに教えてもらっていましたから。それがどうかなさいましたか?」
彼女が不思議そうに聞く。
一瞬、場の空気が張り詰めた。まるで閉ざされていた扉が、音もなく開いたような感覚だった。
「父上!」
ヴェイルが立ち上がって言った。
「彼女に着いて来て貰ったなら古代遺跡の調査が出来ますよ!遺跡の方から何か割り出せるかも知れない」
「ああ、そうだな」
グラディスが返す。
「と言うより、この羊皮紙の字の筆跡で、今までずっと陛下のお命を狙い続けて来た主犯者はリヒト、という事になるのでは?」
リュークが言う。
「なんだって?しかし彼は母とフィスファーナの忠臣なのではないか?……その様な者が母の息子である俺を……」
ヴェイルが驚いた様に言って座った。
最後の方は独り言の様でもあった。
彼の疑問を受け、リュークが慎重に推論を述べる。
「それは、陛下が『パトラクトラ様の御子息である』事など夢にも思っていないからでは?
パトラクトラ様がまさか300年後に時空転移をなさって、ヴォルクリア王家の当時の魔王、グラディス陛下と御結婚、更にヴェイル王太子を御出産されたとは考え付かないでしょう」
「確かに。単に『現在の魔王が誰か』という点しか重視していないなら、お前が誰の子かという事までは調べていないのではないか?もしかしたら王位を継いでいたかも知れない兄の子達もいたからな……」
グラディスが頷いた。




