第87話 邂逅
それ以上パトラクトラの情報は得る事が出来なかった彼らは、ラタウスの翼をなんとかしようという話し合いをした。
その地から東に数ギガルドル行った先の山肌に、清らかな水が流れこんでいる広い山中湖がある事を知っているヴェイルが、ラタウスを運んで翼を洗わせようと言い出した。
「運ぶにしても、ラタウスをどうやって吊り下げるの?体長10ガルドルもあるし、重さはかなりの物になるわよ?」
アウドラが言う。
「防御壁を大きな布か網代わりにしてラタウスを乗せて、端をそれぞれの竜で掴ませてはどうだろうか」
ヴェイルが言った。
「しかし、10ガルドルもある竜を乗せられる防御壁なんて……ああ、ヴェイルになら作れるか……」
リュークが考え込みながら呟いた。
「そうだな、トラフェリアに遠隔で作成した時は縦横50ガルドル程の大きさに出来たけれど……ただ、持続時間が7プラク(7分)程度しかなくて」
「あ、継続力なら私、足せるわよ」
「じゃあオレは強度かな。大きさは縦横20ガルドル程度でいいだろう」
3人で話し合う。
「よし、一斉に掛けよう」
ヴェイルとリューク、アウドラが3方向から1箇所に手を繋いで詠唱した。
「災いより守りし盾よ我が召喚に応じ形成されり――覇級防御!!」
3人の詠唱により、地面に四角い巨大な防御壁が形成された。
そこに、のそのそとラタウスが乗ってうずくまる。
彼の頭を2角で包み込む様にシュトルムが、他の1角ずつをストライアとユシュランがそれぞれ脚で持ち上げ、慎重に空中を運んで行った。
程なく山中にある湖が見えてきた。
清らかな水が山肌から5ガルドル程の幅、3ガルドル程の高さの滝となってゆっくりと落ちている。
そこから繋がって、4万平方ガルドル程の澄んだ湖となっているのだ。
湖畔には真っ直ぐに生え揃う木々が緑を湖面に写している。
この森に住む幻鹿が数頭、水を飲みに来ていた。
「この湖に身体を沈めて洗うといいんじゃないか?」
ヴェイルが着陸態勢を取らせながら言う。
その時、滝に何かがいるのが見えた。
「あれは……?」
リュークが目を凝らせて言った。
一行は慎重に滝の近くの湖の岸に着陸した。
深くはない滝壺の中で、漆黒の翼を持った何かが滝から落ちる水を浴びている。
よく見るとそれは薄衣を纏った少年だった。
彼は水音で聞こえないのだろうか、こちらには気付かずに自分の翼に滝の水を当てている。
「翼が生えた人間?……誰だ。そこで何をしている?」
リュークが近寄って声を掛けるとその少年は振り向いた。
「!!ロイ?!」
彼が驚きの声を上げた。
「え?」
少年がびっくりして身を捩る。
「……まさか」
ヴェイルとアウドラも驚いて少年を見た。
「……どうして僕を知っているの……?お兄さん達は誰?」
ロイが不安そうに俯いて、上目遣いで聞いた。
濡れた薄衣ごしにその肩から心臓に掛けての刀傷が、消えずに残っているのが見える。
「ロイ……本当に……ロイなのか?」
我を忘れたようにリュークが滝壺に入り、ザバザバと彼に近付いて行った。
「こ、来ないで!誰なの?」
ロイは突然バサリと飛び上がり、反対側の岸に降り立った。
「分からないのか?……そうだな、オレも大人になってしまったから……オレだよ、お前の兄のリュークだよ……」
まるで動物を怖がらせない時の様に、彼は控えめに言った。
「リューク……?……兄……様……?」
ロイが虚ろげな表情で繰り返す。
しかしすぐに被りを振って言った。
「知らない。……分からないよ、僕は……僕が誰だったのかも分からない」
彼はそう言うと、そこに畳んで置いていた自分の服を持ち、胸に抱え込んだ。
リュークの表情が悲しげに沈んだ。
「自分が誰だか分からない……だと?」
そして一転して厳しい顔になる。
「それならお前は、オレの弟の姿を真似た化け物だと言うのか?」
カッとした勢いで即座に水から上がってロイに近寄り、腕を掴む。
「あ!!」
彼が叫んでぎゅっと目を瞑った。
リュークはギクリとした。
その腕が……あまりにも冷たかったからだ。
――死体だ――
本物の……ロイだ。
彼の心が呟く。
……滝の音が、遠くへ消えた気がした。
その両の目にみるみる涙が溢れ、静かに頬を伝う……
「嘘……だ、そんな……そんな……っ!」
頭を振り、彼は認める気持ちを打ち消さんとばかりに呟いたが、その心は動揺し、呼吸は荒くなっていった。
「……あぁ……っ!」
沈み込んでいた記憶を揺すぶられ、今にも絶望で叫びそうだった。
しかし左手で自分のこめかみの辺りをガッと掴み、下を向いて必死で抑える。
だが視界はぼやけて……立っているのもやっとの思いだった。
「……」
目を開いたロイがリュークの様子を見て、驚きの表情を見せた。
けれども
「離して!!」
と叫ぶと、何も言えずにいる彼の腕を振り払い、空中へと飛び上がった。
バサバサと翼を羽ばたかせ水滴を散らすと、一回りして彼をもう一度見る。
苦しげに眉を寄せたその瞳が潤んだ。
しかし涙の粒を散らしてフイと空を向き、そのまま何処かへと飛び去って行ってしまった。
「待っ……」
リュークがその後を追う様に片手を上げる。
しかしその手先は空を掴んで戸惑い、やがて力無くパタンと落ちた。




