第84話 アウドラ姉上大暴走
「凄い! この厨房と給仕棚! 何日も潜伏出来そう。あ、この焼菓子ワタシも好き」
「本当。飲み物も一杯だし、調理器具もありますね。ヴェイルはお料理もするのかな」
ヴェイルに許可を取って、銀葉茶の茶葉や茶器、菓子籠まで用意されている壁際の給仕棚や、冷蔵庫を開けたアウドラとアリアの歓声が響く。
二人の『陛下のお部屋探索』はまだまだ続いている。
「おい、あんまり探るなよ姉上……宿屋じゃないんだぞ?」
はしゃぐアウドラに流石にリュークが注意をする。
「いいじゃない。ヴェイル黙ってるし。お部屋凄く綺麗だし。わ! ベッド広い!」
彼女達はベッドコーナーに行く。
ヴェイルが少しハラハラする。
四人が余裕で寝られそうな、エンペラーサイズとも言うべき大きさのベッドに、アウドラとアリアが近付く。
繊細なレースで作られた天蓋をそっとめくると、枕元の小さな棚にある何かに気付いた。
「あ、あれは何かしら」
アウドラが手を伸ばそうとする。
「あ、ちょ、ちょっと待って」
ヴェイルが慌ててベッドと彼女達の前に立ち塞がった。
「キャッ?」
「あっ」
「うわっ」
その時、不安定な姿勢を取っていたアウドラがつんのめり、三人が纏めてベッドに倒れ込んでしまった。
「姉上?」
リュークが驚いて彼らの側に行った。
ヴェイルの左腕がアウドラの手でデュベットに押さえ付けられている。
仰向けになった彼の胸の上にアリアを挟んで、彼女もうつ伏せになって乗ってしまった。
「姉上……っ」
押さえ付けられ顔も迫られてしまったヴェイルが、被さって来た赤紫の艶髪の中で思わず目を瞑り、顔を背けた。
「あ、ああああのっ」
挟まれて動けず、彼にピッタリくっついてしまっているアリアが動揺して言う。
―― ヴェイルの、心臓の音が。体温が……!
そして王室御用達ブランドの石鹸の香りがするっ!
「ご、ごめんね」
アウドラが驚いてパッと手を離し、起き上がろうとしたが、ベッドが柔らかすぎて上手く立てない。
「あれっ?」
「はわっ?」
「え? 待っ!」
想定外に腕が潜ってしまい、足が浮いてもう一度アリアごと彼の上に乗ってしまう。
ヴェイルがアウドラの顔が自分の顔にぶつかりそうになるのを流石の反射神経で避けたので、彼女の顔はデュベットに埋まり、彼の顔にはまた艶髪がふわりと覆い被さった。
「ヴェイルに何やってるんだ……わざとじゃないだろうな……」
見ていられない状況に、リュークがアウドラを引っ張って起こした。
「ごめん。ほんっとごめん」
彼女が申し訳なさそうな顔をして、髪を手櫛で整えながら謝る。
アリアはまだヴェイルの胸の上から起き上がれずにいた。
焦りながら手を付く場所を探している。
「ヴェイル、ごめんなさい、あのっ……お布団が凄く柔らかくて……
い、今よけるから……」
そう言いつつそろそろと起き上がる。
しかし腕に力を入れると別の身体の部位が沈み……密着してしまう。
「あっ……」
彼女から恥じらいの声が溢れる。
その声がトドメになったのか、彼は耳まで赤く染め、右手で目元を覆うとベッドの上で身体を伸ばしてしまった。
左手が観念した様にパタンとデュベットの上に落ちる。
同時に
「無理だ……」
と一言呟いた。
——分かる。分かるわヴェイル……
私も無理です……
そう思った彼女が止まってしまう。
「照れてないで押して起こしてあげて? ……何なのこの純情魔王は」
見ていたアウドラが堪らず言い、アリアが起き上がるのを手伝った。
「……アウドラ姉様、ありがとうございます……」
ぬいぐるみのように抱き起こされた彼女が、消え入りそうな声で礼を言う。
「魔王は押し倒されに弱いのか……まあ相手が男の場合は消されてたけど」
ルガリエルでの件を知るリュークが呟く。
アウドラがリュークに向かって言った。
「……やっぱり私達はお暇しよっか。二人だけにしてあげよ?」
「ああ、そうだな」
「「待って!!」」
リュークの声を聞いてアリアとヴェイルが同時に叫んだ。
「行かないで! 二人だけにしないで!」
「行かないでくれ! 頼む!」
真っ赤になったアリアがアウドラの腕を、ヴェイルが起き上がってリュークの肩を高速で掴む。
アウドラとリュークは顔を見合わせ、困ったように笑った。
結局、ヴェイルが枕元に置いていたのは、自分で翡翠を彫って作った小鳥の像だった。
彫刻は忙しい身である彼の、趣味のひとつである。
「ヴェイルは器用なのね。隠そうとしなくても良かったのに」
アウドラが褒める。
「少し彫りが雑だったから……いつか仕上げようと思って」
「可愛い。私も欲しいなぁ」
アリアがねだる。
「じゃあ、また何がいいか言って。彫ってみるから……」
ヴェイルが照れながら自分の頬に指を当てて言った。
その後もアウドラはアリアと見て回り、あろう事か極上の設備が揃っている浴室に入りたいと言い出してしまった。
今度もリュークが立ち塞がる。
「風呂はダメです。こちらは将来王妃になる人しか入ってはいけません。アリアはいいけど」
「ええ? 私も入りたい。今は未来の王妃様の侍女扱いでいいから」
「ダーメ。よく入りたいなんて言えるな。『魔王陛下』のお部屋なんだぞ?」
「だって、泊まりまくったナザガランのどの宿よりも立派なんだもん! ……ああ、そうか」
アウドラが急に目を細め、伸ばした指先で彼の顎のラインをなぞり、指を添えた。
彼女の不意打ちの仕草にリュークは思わず息を飲む。
「リューク……あんたの部屋も造りが一緒なんだったっけ」
近付けた顔を艶めかしく傾げて言う。
アリアが「え? え?」といった表情で頬に両手を当て、二人の顔を見比べている。
「だ、だったらなんなんだよ……」
彼は指から逃れる様に顎を引いて少し赤らみ、抗議の目をしてアウドラを睨んだ。
「今入らせてくれなかったら別の日にあんたの部屋のお風呂に入りに行く。そのままお泊まりするかも」
「来るな! 泊まるな! ……頼むから少しは自重してくれ。
いい加減、魔王城の個人の部屋を宿屋扱いするのはやめろよ」
押し問答をしている彼らに向かって、執事に二人分のバスローブとバスタオルを持って来させたヴェイルが言った。
「いいよ……入っても。掃除もしてあるし」
「やったぁ! アリア、一緒に入ろ。五人ぐらいは一度に入れそうだもの」
「そうですね。お背中お流しします」
アウドラが喜んで言う。少し入ってみたかったアリアも賛同する。
「ほらあんた達、お風呂上がりとかアリアが恥ずかしいでしょ? 紳士はこういう時、外に出ておくものよ」
「「……はいはい」」
彼女に言われたヴェイルとリュークは、ため息を吐いてテラスへと移動した。




