第64話 生き残ってしまった者(サバイバー)
翠玉竜シュトルムをナザガラン軍の竜舎に登録して戻って来たアウドラは、訓練の終わったヴェイルとリュークに改めて対面していた。
王宮のゆったりとしたサロン風の応接室で話をする。
「ごめんね、いきなり帰って来て……驚いたでしょ?」
彼女が謝る。
「抱き付かれた事に驚いた。姉上はもう少し、素敵な大人の女性に育っている自覚を持った方がいい」
ヴェイルが目を逸らせて言う。
「オレもそう思う。従姉妹だからって……ちょっとな」
リュークも女性にあまり耐性がないので率直に言う。
「あはは、ごめんって……ヴェイルがあんまり綺麗だったから、つい。リィナ様が人気なの分かるなぁ。すっごい紳士だし。
リュークには……えへへ」
アウドラが思い出して照れてしまう。
「一応俺の元には『北軍・西軍砦近くの宿場街を竜騎士が泊まり歩いている』と報告が入っていた。
警戒アラートが反応しないって事は以前ナザガランで生体認証を取っていた者という事になるからな。
竜騎士なら姉上か、とは思っていたけれど……」
ヴェイルが言う。
「なんだ……最初からバレてたのね」
「ヴェイル。そういう事はオレにも言っておいてくれよ……」
アウドラとリュークが気落ちして言う。
「だけど、偽名まで使って魔王である俺に戦いを挑んで来るとは思わなかったな。
勝ったら本当にリュークをもらって行くつもりだったのか?」
「そうよ。勝ったらリュークを連れ帰って掟に従って結婚して、ワタシが竜王になるつもりだったわ……でも負けちゃったわね」
「そりゃあ俺だって簡単には渡せないからな……」
ヴェイルが腕を組んで言い返す。
彼とアウドラの会話にリュークが困惑した様に口を挟む。
「ちょっと待てよ、オレの意思は? ……ねえ、オレ、姉上のお婿になるの?」
「来て」
「ダメだ」
二人がリュークを見て同時に言った。
「ええ……? オレの存在って一体……何かの景品の気分だな。政略結婚なら仕方ないけど……」
「俺はお前を政治の道具にはしたくない。姉上もそう言うつもりではないと思うのだが」
ヴェイルがすぐさま言う。
「うん、そう。ワタシのは個人的な話なの。リュークさえ手に入れば正直竜王は二の次」
アウドラも続けて言う。
「いや、爆弾発言多いな。自分で言ってて恥ずかしいけど、結局オレなのか……
しかしそれにしても、本当にどうしたんだ姉上。何か酷い事でもあったのか?」
リュークが聞く。
「……次期竜王候補の……王太子に結構強引に婚約迫られちゃって……置き手紙して勝手に逃げて来た」
彼女がモジモジしながら下を向いて小声で言った。
「「ええっ?!」」
二人の驚いた声が揃う。
「まさかの酷い事『した』方だったか……」
リュークが呆れて言った。
「ワタシだって、悪いことしたなぁとは思ったのよ? 良い人ではあるもの……竜族トップの強さだし」
アウドラが両手を付いて弁明する。
「でも、リュークの事が……諦めきれなくて。
あのまま結婚したら、ワタシ、自分の気持ちにずっと嘘付いて生きて行かなきゃいけないって思っちゃって……」
そう言って頬を染めた。
「さっきからオレのことがって……6年前から今も? あの時まだ13歳だったんだぞ。
好きって、あれ本気だったのか? しかもオレ達いとこ同士だろ」
リュークが困惑したように言う。6年前に告白された記憶は確かに残っていた。
「いとこだっていいじゃない! あんなことがなければ、ずっと一緒にいられたのに……お父様が全然ナザガランに返してくれなくて。
強くなって一人でも行ける様になったらってずっと言われてて……ワタシ、頑張ったのよ? ドナウザーン公国のトップ5になったんだからっ」
彼女が拳を握って訴える。
「でも……」
俯いて呟く様に言う。
「……この6年の間で……二人が付き合いだしてたとは思ってなかった。諦めなきゃダメかな?」
「誰と誰が?」
「付き合ってるって?」
ヴェイルとリュークの声がぴたりと重なった。
「だから、あんた達よ。リュークはワタシをヴェイルからヤキモチみたいに引っ剥がすし、ヴェイルはヴェイルで『リュークは渡せない』とか言うし……そっか、そういう事かって……」
アウドラが寂しそうに目を逸らせた。
「ば、馬鹿っ。付き合ってるわけないだろ。『渡せない』ってのもオレがコイツの参謀やってるからであって……」
リュークが動揺したのか早口で言った。
「付き合ってはいないけど……俺は確かにリュークに依存はしているかも知れない。
俺達二人は『生き残ってしまった者』だから……」
少しショックを受けたのか、ヴェイルの声がわずかに自嘲を帯びた。
「え?」
アウドラが聞き返す。
「ヴェイル……それは……」
リュークの顔が一瞬で曇ってしまう。
「『生き残ってしまった者』? そう言えば、北軍砦と西軍砦を見て回ったけれど、どちらも閉鎖されていたわ……
何か関係あるの? 北軍将ダロスと西軍将エルマは配置換えかしら。東軍の将軍も不在で中将がいただけで……こんなに一斉に配置換え?」
「……」
「……どうしたの。ワタシ……何か悪い事聞いちゃった?」
黙ってしまった二人にアウドラが控えめに聞く。
「……全員、殺された。伯父上達と、その傭兵団に……」
ヴェイルが重い口を開く。
「……嘘。あんなに強かったのに……?」
思いがけない言葉に彼女が息を呑む。
「当時の魔王軍精鋭部隊150人中、生き残ったのはオレとヴェイル、グラディス伯父上とオレの母と父のみだ……
惨敗だったが、向こうも皆殺しにした……いや、『してくれた』んだよ。パトラクトラ様がな……」
リュークが言葉を選びながら言い、椅子の背にもたれた。
アウドラは二人の様子から、これ以上軽い話ではないと悟った。
「……教えて。何があったの」
ヴェイルとリュークは息を吸い込む。
彼らの中に眠る光景が、暗い闇の中から呼び覚まされた……




