第62話 なんだかんだで機竜戦
ナザガランの第2広域訓練場に着いたヴェイルと竜騎士はお互いの竜に乗ったまま50ガルドル(約50メートル)程離れて向かい合った。
竜騎士の竜は7ガルドル(7メートル)、ヴェイルのストライアも6ガルドル程はある。
「始めるか……勝敗は何で決める?」
竜騎士が口を開いた。
「どちらかが降参すれば、でいいんじゃないか?それとも……返事も出来ないほどに叩きのめそうか?」
ヴェイルが何の気も無しで言う。
――怖っ!!
こんな子だったっけ……
「随分な自信だな。自分がやられるとは思っていないのかな?」
「俺がやられるとリュークが取られるんだろ?それは困る」
「え?あんた達って……」
「行くぞ!ストライア!」
ヴェイルの声に応えるようにガアアアッ!とストライアが雄叫びを上げる。
「よし、シュトルム、行くぞ!」
竜騎士も竜に声を掛ける。
「氷鋼槍」
ヴェイルの上げた右手の中に長さ2ガルドル程の氷の長槍が現れた。
それを突撃するストライアの勢いに合わせて竜騎士に投げ付ける。
「おぅわっ!」
彼女は咄嗟に作った盾で防ごうとしたが、ガツリと突き刺さって来る。
「硬い!だがしかし!」
気合いで盾ごとバキリと粉砕する。腕がビリビリと痺れたが、一振りで状態を元に戻した。
「……やるな」
ヴェイルが呟く。
竜のシュトルムも、ストライアを易々と躱し、高く舞い上がる。
「あっぶなー……正確にワタシを狙って投げ付けて来るし、防御盾も突き破るし……あれが『魔王』か……」
[どうする?]
シュトルムが言って来る。
竜騎士は後ろから追いかけて来るストライアとヴェイルをチラと見て指示を出す。
「後ろに付け。お前の息吹も使う」
[よし]
シュトルムはグルリと回り込み、簡単にストライアの後ろを取った。
ヴェイルが少し振り返る。ストライアのスピードがグン!と増した。
[速い!流石 黒竜!]
「ちょっと、そんなに必死に羽ばたかないでよ、照準が定まらないわ」
[引き離される。無茶を言うな]
「しょうがないな。神速!」
竜騎士が竜に術を掛ける。
途端に距離がグッと縮まった。
「竜鱗弾!!」
竜騎士が詠唱すると竜巻の様な暴風が現れ、竜の鱗の弾丸が高速で撃ち込まれる。
ヴェイルとストライアは超速旋回で躱していく。
「チッ!!シュトルム!やれ!!」
[暴風息吹!!]
竜騎士の竜の口から雲を含んだ恐ろしい勢いの暴風が吐き出され、ストライアとヴェイルを巻き込む。
「!!」
「やった?堕ちたか?」
もうもうと立っていた雲が散った。
見るとストライアの後方を包む様に流線型の防御壁が張られていた。
竜の息吹きは上手く逃されてしまい、遠くの木々のてっぺんが後から揺れていた。
「嘘!あれで暴風を逃したの?!」
竜騎士が驚く。
更にその防御壁が消えてなくなると、前を向いて飛ぶストライアの上に、こちらを向いて片膝付きで座っているヴェイルの姿が見えた。
「え?あの高速で飛んでいる竜の上に座ってる?」
彼女は目を疑う。
よく見ると彼の脚は氷でストライアの鎧に固定されているではないか。
「ええ……無茶苦茶だな……」
後ろから竜の翼が生む凄まじい風圧がビュウビュウと吹き荒れる。
氷で脚を固定しているとはいえ、この速度で後ろ向きに構えるなんて――
「ヴェイル、あんた……」
思わず声が漏れた。
「あの人ならこれぐらいは平気だよな」
竜騎士に驚かれているとも気付かず、平然としたヴェイルは右腕を前に出し、左手で支えて銃の様に構えて呟く。
「さっきの新技行くか。六氷雷撃刀!!」
詠唱と共に竜騎士を4本の鋭い氷の剣が襲う。
後ろ向きでの術のスピードは前方に飛ぶストライアの速さが加算され、超高速となった。
「くっ!」
彼女が剣で弾く。が、たちまちそれぞれに六角の形で雷を帯びた小剣が現れ、それが魔力によって追尾され、同スピードで全て正確に襲って来た。
「うあああああっ!!」
[アウドラ!!]
シュトルムが思わず叫んだ。
竜騎士は防御壁を張ったが、バチバチと音を立てながら次々に突き刺さって来る24本の剣に翻弄される。
「防御!」
突然ヴェイルが斜め前方の地面に防御壁を張った。
直径20ガルドル程の巨大なドーム型だ。そしてストライアに急停止させる。
「えっ?えっ?ええっ?ぶつかる!!」
[う、うおっ?!]
竜騎士とシュトルムは、突然こちらに背中向けに十の字の形で空中に止まったストライアに驚く。
翠玉竜はそんなに急には止まれない!
「叩き落とせ!!ストライア!」
ヴェイルが叫ぶ。
ストライアはヴェイルを固定させたまま、背中向きにぐるりと一回転し、ちょうどぶつかりそうになったシュトルムを鎧装された太い尻尾で叩き落とした。
ガギイィィン!!!
「きゃあああああっ!!!」
[うわあああああっ!!]
ストライアの尻尾で地面めがけて叩き付けられたシュトルムと竜騎士が叫ぶ。
しかしヴェイルが張っておいた防御壁が、彼らをトランポリンの様にやんわりと受け止めた。
だが竜騎士は鞍が外れて竜から飛ばされてしまった。
「ふあっ?!」
彼女をヴェイルが空中でサッと抱き抱えてストンと地面に着地する。
その華麗さに冑の中の顔が紅潮してしまう。
「……ああ、浮遊術があるんだったな。余計な事をしたか」
彼は竜騎士を地面に立たせるとさっさと避けた。
「……ううん。パニクっててダメだったかも。ありがと、ワタシの負けね」
竜騎士はそう言うと、観念した様に冑を脱いだ。
赤紫の艶やかな髪と美貌の若い女性の顔が現れた。耳の後ろの黒い小さな角が光る。
「……やっぱりアウドラ姉上だ。久しぶり。随分と乱暴な挨拶だったな」
ヴェイルが柔らかな笑顔で言う。
「あんたもね、ヴェイル。辞書に『手加減』って言葉、追加しときなさいよ」
竜騎士であり、ヴェイルの従姉妹でもあるアウドラ=ランガイアは苦笑して答えた。
シュトルムを支えていた防御壁がスウっと消え、彼はそのまま地面に拗ねた様に寝そべった。
鎧の消えたストライアが興味深そうに近付き、ツンツンと触って遊びに誘い始めた。




