第57話 ヴェイルからのプレゼント
更に数日後の事だった。
その日の業務は早目に終わった。
「ヴェイルの奴、早々に全員帰らせてオレだけ残れってどういう事なんだろう。それに少し前からアイツは居ない。何処に行ったんだ」
リュークはヴェイルに魔王軍の第2広域訓練場に呼び出されていた。
夕刻の広い訓練場に一人ポツリと佇んで不審がる。
「ここで待ってろって言われたけど……個人的に体術訓練でもするのかな?」
そう独りごちた時だった。
遠くからバサリバサリと何かの音がし始めた。
彼がその方角を見ると、二頭の飛竜がこちらに向かって飛んで来るのが確認出来た。
「あれは……ストライア?」
影はみるみる近付き、瞬く間にリュークの側に舞い降りた。
「わっ」
ビョオゥという音と共に風が起こり、訓練場の砂が巻き上がって咄嗟に目を瞑る。
「待たせたなリューク!」
目を開けるまでに、ヴェイルの声が聞こえて来た。
見ると、自分の王機竜ストライアに乗ったヴェイルと、もう一頭に乗ったパトラクトラがいた。
二頭とも6ガルドル(6メートル)程の体長の竜である。
「ヴェイル……パトラクトラ様も。これは一体……」
リュークが驚いていると、彼らはいとも軽い動作で竜の上からひらりと地面に舞い降りた。
ヴェイルがニコニコしながら近付いて来て言う。
「ドレス展示会の日に『今度何かで埋め合わせする』って言ってただろ? だからお前に王機竜をやろうと思って」
「ええっ?! オレに竜一頭? それ『埋め合わせ』のレベル超えてない?」
彼が驚く。
パトラクトラも近付いて来て言う。
「遠慮するな。こっちの黒竜は名を『ユシュラン』と言う。ヴェイルの竜、ストライアの妹だ」
「いえ、パトラクトラ様……遠慮とかそう言う話では……」
リュークが戸惑って答えた。
ヴェイルが続けて話す。
「実は今度の隊編成に飛竜部隊を作ろうと思っていてな。お前が乗りこなせるならそれに越したことは無いから、乗ってみろ」
「え、ちょ、酷っ。陛下の都合で? ……ええ?」
彼がユシュランに向かってグイグイとリュークの背中を押す。
リュークは困ってしまった。少し怖いのだ。
それを見ていたストライアがパトラクトラに何か話している。
「そうか。そんな事が……」
「何? 母上」
ヴェイルが聞くと、彼女が答えた。
「おまえ達、前に一緒にストライアに乗ったそうだな」
「え。うん。そうだけど」
「ストライアは『リュークがヴェイルにギューってした、大好きで仲良しだった』と言っている。そうなのか?」
パトラクトラの言葉を聞いたリュークが赤くなって咄嗟に彼女を向いて謝る。
「も、申し訳ありませんっ! ……え、でも、ギュー……って?」
―—オレ何かしたっけ……? 確かあの時は……
ストライアが『大好きで仲良し』などと言うのでリュークは一瞬パニックになった。
ヴェイルが平然として言う。
「その時は一人用の鞍しか着けてなかったのに、俺が無理言って後ろに乗せたから、落ちそうになったリュークがしがみ付いただけだぞ?」
「うん、そうそう、急に高く上がるから怖くて……ごめん」
リュークが思い出して縮こまってしまい、ヴェイルに謝る。
パトラクトラは黙って見ている。
「それにしても、お前は本当に母上とはちゃんと話せるんだな。羨ましいなあ」
ヴェイルは気にせず、愛おしそうにストライアに寄って行って頬擦りをした。
「あんな顔するんだ……アイツ」
彼の様子を見てリュークがポツリと独り言を言う。
それを見ていたパトラクトラが彼に向かって静かに言った。
「リューク、本当にいつも済まないな。あの子の側にいてくれてありがとう」
「え? い、いえ、どうなさったのですか? 急に」
「……お前さえ良ければ、ずっとあの子の横にいて支えてやってくれないか……」
彼女はそう言うと少し俯いてしまった。
「勿論そのつもりですよ。オレで良ければ出来る限りお支えいたします」
「そうではなくて……お前はヴェイルの事を……」
「はい?」
―—何だ? 何の事を言っているんだこの方は。
オレがヴェイルの事を……ん? 前から好きだが? 可愛いが?
「あの……もし何か、オレの態度が度を越しているのならば……気を付けます」
気になってしまったリュークが言う。
「謝らせるつもりで言ったのではなかったのだが……お前は本当に良い人に育ったな」
パトラクトラが困った様にため息を吐いて笑った。
けれども彼女はそれきりにして話を変える。
「それはそうとユシュランに乗ってみろ。鞍には安全ベルトも付いているから大丈夫だ」
「はい」
彼は仕方なく、恐る恐る飛竜に近付く。
ユシュランと呼ばれたその竜は、ストライアよりは薄く控えめな体色をしている。
綺麗な竜だなとリュークは思った。
彼女は自分が乗りやすいように、大人しく膝を付いて低くなってくれている。
鐙をかいて乗ると、ヴェイルが安全ベルトの掛け方を教え、金具をきっちりと嵌め込ませてくれた。
「黒竜はこちらの言う事は完全に理解する。手綱は虹馬の操作とほぼ同じだから。自由に飛んでみろ」
彼の言葉に、リュークは頷いて手綱を持った。
そして右手で優しく胴を摩り、声を掛けてみる。
「行こう。ユシュラン!」
竜は一声鳴くと、リュークを乗せてゆっくりと空に飛び上がった。
ストライアも応援する様に鳴く。
ヴェイルは嬉しそうに、飛んで行く彼とユシュランを見上げた。




