第41話 戦乙女バトルマッチ 4
「ちくしょう、こいつ凄く素早いな……先に2人も相手して来たくせに体力バカか」
3人ともヴェイルを押さえつけながらも息が上がっている。
―—普段から魔法に頼りすぎだろ……毎日10ギガルドル(約10km)ぐらいは走り込めよ……
目を瞑ったままの彼は思う。
「どうする?鎧を剥いでやろうか」
1人が卑俗な口調で言う。
―—やめろよ変態共!残念な事になるぞ、特にお前らの気持ちがな!
……っていうか腕のアンダーウェアの部分押さえ付けたり、嬉しそうに口塞いだりしてるのに感触で俺の事、せめて男って分からないんだろうか。
……俺ってそんなに華奢なの…?
ヴェイルは内心ガッカリしていた。
そしてそろそろかと思って目を開いた。
「ひ!」
彼の黄金の虹彩に変わった瞳と目元に小さくスウっと燃え出した蒼い炎を見て、上に乗っている男が一瞬怯んだ。
「何だ?」
左右の男も覗き込もうとしたのでヴェイルの腕に掛けていた体重バランスが変わった。
その瞬間、彼は両腕を引き抜き上に乗っている男の胸の辺りを掴んで、自分にもっと覆い被せる様にして男の下に横向きに丸くなって潜り込んだ。
「コイツ!何を?!」
その時、数十本の氷の剣が彼らの上に降り注いで来た。
「うわああああっ!」
「ぐああっ!」
自由落下に加えて更に魔力でスピードを付けた剣が次々と空間を切る様な冷たい音を立て、彼らの真上に降って来る。
それはガシャガシャと止まる事なく降り注ぎ、3人の鎧を破壊し身体を殴打して消えて行った。
……暫くの後。
彼らの悲痛な悲鳴はもう、聞こえなくなってしまっていた。
静寂の後、ドーム状の結界は音もなく消えていく……
観客席の皆が見守る中、ズタズタに鎧を破壊されて気を失っている男達の中から、上に乗っていた1人を蹴り上げて避け、ネックスプリングで飛び上がるヴェイルの姿があった。
着地して身体や鎧に付いた砂をポンポンと払い落とす。
そしてソルレットのヒールをトコトコ言わせて男達に近寄り、様子を観察して言う。
「よし、3人ともまだ生きているな。重症の奴もいるみたいだが……まあいいか」
彼が攻撃したと思わせた【氷霜剛剣】は、結界の天井に突き刺さりそのまま一気に数を増やして行った。
ヴェイルだけが上を向いていたので、量が増えたタイミングを見て落とす事が出来たのだ。
闘技場の観客達は、またもや勝利した戦乙女に惜しみない声援と拍手を送った。
「アイツ、観客から見えないと思ってえげつないやり方したんじゃないだろうな」
リュークがヴェイルの余裕のある様子を見て呟いた。
退場しようとするヴェイルに、ある人物が声を掛ける。
「すみません。あなたに少し用があるのですが」
見るとやはりと言うか何と言うか、サスラメイダが立っていた。彼女は闘技場の観客席を降り仰ぎ、叫んだ。
「今からトラフェリア魔術指導の私、サスラメイダ=ヤーガラがこの戦乙女に手合わせを申し込む。よろしいか?」
「えええ?」
戸惑う彼の意志に反して、闘技場はワアアと大いに盛り上がった。
「あなた……何故私に…?」
ヴェイルは油断なく彼女を見て問い掛けた。
彼女は無言でスッと2本の模擬刀を差し出す。
どちらも刃付けなしである。その1本を手に取るように促された。
そしてサスラメイダは口を開いた。
「あなたが魔王ヴェイル=ヴォルクリア様に思いを寄せていると言ったからです。あの方の事を愛しているのは私です!私が勝ったら彼の事は諦めてください」
「ええ?」
突然の告白にヴェイルは思わず一歩下がる。
しかし、口元にゆるく握った手を当て考えながら呟いてしまった。
「それは……うーん、嫌かな……やっぱり」
戦うのも嫌だしサスラメイダに好かれるのも嫌だと言ったつもりだった。
だが彼は自分の今の外見が絶世の美女なのを忘れていた。
当然『魔王ヴェイルの事を諦めたくない』と捉えてしまったサスラメイダの心に更に火が付いた事は言うまでもない……
彼女の手がグッと握られて微かに震えた。
そんな事には気付かずヴェイルは思う。
―—何故俺が、女装して『俺』を取り合う為にこの人と戦わなければならないんだ。
それにいくらなんでも一旦は休ませて欲しい……いろんな面でキツい……
今日はどうやら彼の受難の日のようだった。




