第3話 火災の真実
「これは……」
魔族の国が一望出来る魔王城からは、遠くまで所々真っ赤に燃え盛る集落が見えた。
その炎の中心には、村で見た物と同じ竜の姿の塊があった。ただ、その大きさは村に落ちて来た個体よりも遥かに大きい。それが消火が難航している理由の様だ。
魔族の国ナザガランでは、昨日の村の状態よりも遥かに酷い火災の景色が広がっていたのである。
ただ違うのは火元が何体もの炎竜である事と、水をかける魔族達に加えて炎竜よりも二回りほど小さな水竜がかなりの数で消火にあたっている点だった。
「これは一体どう言う事なんです?」
アリアは振り向き堪らずグラディスに聞いた。彼が軽く首を傾げて手の平を上に向けた。
「先日の、魔族と人間のハーフの子供が闇竜に喰われてしまった事件はご存知だろうか」
「はい」
「あの時は3人の兄弟の子供がいたのだが、急に現れた闇竜を恐れて人間達が目の前に3人とも突き飛ばしたそうだ。自分達が生き残る為に、純血ではない者達を生贄にしたという事だな」
「……そんな」
「あの子達は普段は我が国で炎竜達の世話をしてくれていた。しかし傷を負い、命からがら逃げ帰って来たたった1人の生き残りの子を見て……帰らぬ2人を想い、彼らは生涯で初めて泣いたのだ」
ミレーヌが黙って両の拳をグッと握った。
アリアも呆然として話に聴き入っていた。
「泣いた若い炎竜の1体が、自分が燃え出した痛みに我を忘れて飛び上がってしまって、あろう事かトラフェリアに向かったんだ」
ミレーヌと対峙した騎士がそう言いながら冑を脱いだ。
精悍な顔付きの彼はリューク=ノワールという。左眼の下には、同じく王族の紋様が現れている。
「何とか人的被害を無くそうと遠隔であんな巨大な防御魔法を張ったのが、そこでお前に斬られてたヴェイルって訳だ。体力温存で城に居させていたのが裏目に出たか。まさか救おうとした人間側から奇襲を受けるとは……」
彼は腹立たしそうに言った。
「……」
アリアは微かに震えている。
ミレーヌが隣で彼女の腕をそっと支えた。
「……いいんだ、リューク。結局魔族の国が迷惑を掛けたんだし……」
側近を引かせ、立ち上がったヴェイルが口を挟む。
彼を見たアリアがあっと小さく声を上げる。
傷口から薄紫の靄が上がり、暫くして何事もなかったかの様に治ってしまった。
「傷が。……何故…?」
アリアが問う。
その問いに、リュークが歩きながら答えた。
「そういう身体なんだよヴェイルは。自身の体内の闇魔法が勝手に反応して、少々の傷ならじきに治る。その特殊で強い魔力が魔王に新しく就任した理由だ」
そして柱の近くまで来ると、くるりとこちらを向いて壁にもたれて付け加えた。
「こいつは首を切り落とすか心臓をひと突きにでもされなかったら実質無敵なんだ。……やってみるか?」
彼のヴェイルと同じ黄金の瞳が光った。
ミレーヌがぽつりと呟く。
「それはつまり……アンデッドとかいうバケモ……」
ヴェイルがすかさず返す。
「違う! そうじゃなくて……」
「聞いてたか?今の話……」
リュークも同時に突っ込む。
改めて周りを見ると、アリアが破壊した玉座や柱や、壁に至るまで全ての物体がまるで生きているかの様にじわじわと修復されて行っていた。
アリアとミレーヌは驚いてその様子を見守っている。
「建物が……勝手に…?」
「我が国の建築物には職人の魔力が篭っている。多少の損害は自動で修復されるのだ」
グラディスが言う。
「何よそれ……」
アリアが下を向く。が、意を決した様にグッと顔を上げた。
「私、勘違いをしていました。本当に申し訳ありません。ヴェイル……魔王様もごめんなさい。でも、でも」
緩くウェーブのある金髪が掛かる肩を振るわせながら、アリアは言った。
その大きな瞳にみるみる涙が溢れて来る。
「魔族と私達は同じ…上級エルフの子孫なのに……どうして私達はほとんど力を無くして人間になって、あなた達には魔力が残って伝わっているの?……そんなのずるい…。私達は動物と共に地面を這いずり回る様に生きて、壊された村も建物も、何年も何年も掛けて直して行かなければならなくて……」
とうとう涙がポロリと落ちた。
周りの全員が、思わず彼女に魅入った。
「直してよ……私達の村……元の素敵だった村に。また皆んなが笑って暮らせる様にしてよ!」
落ちた涙にも気付かずに、彼女は自分の思いを彼らにぶつけていた。