後日談 魔王様は、幸せ聖女に、出くわした!前編
「クックック……余の忠実なる部下――リンリルネよ。もう一度、申すがいい」
「はい、魔王様……」
"魔王の間"――まさしく魔王の名を冠するにふさわしい、赤と漆黒の豪華絢爛な室内で、リンリルネは背筋を正した。
「私は魔王様を悩ます病――それへの対処法を探し当てました」
「ほぅ……」
魔王ガイゼルは、獰猛な笑みを浮かべた。
「それはそれは……聞かせてみせよ」
あの壁ドン事件から、早1年。
ガイゼルは必死に牛乳を飲み、必死に運動をし、必死に早寝早起きをし、幸い成長期に突入したこともあって、身長も――自分の角を含めればなんとか――聖女と大差ないまでに成長した。
人類の統治も思惑通りに行き、評判もうなぎ上りとあって、世間では「魔王ガイゼルは向かうところ敵なしである」とまで謳われていた。
だが、そんな魔王ガイゼルを悩ます、ある病があった。
大陸中のどんな腕利きの術師が診断しても、決まって「これは、わしの手には終えませぬ……」と微妙な顔をしながら言う。
おそらく、それほどたちの悪い呪いなのだろう、と魔王ガイゼルは推測していた。
その原因は、聖女である。
聖女に例の"あごクイ"とやらをやられてからというもの、どうも調子が悪い。
日々、気が付けば聖女の姿を探し、あれやこれや理由をつけては聖女の姿を見に行き、悶々としては聖女にちょっかいを掛けに行くという沼に、ガイゼルは見事ドハマりしていた。
一度、聖女に、
「貴様が他人と話しているのを見ると、胸が無性に苦しくなる。心当たりはあるか」と問いかけてみたが、聖女は恥ずかしそうに顔を扇ぎながら、ほほ笑むばかりだった。
結局、打つ手は見つからず。
だからこそ、ガイゼルはリンリルネの報告に興味を示したのだ。
「確認しますが、魔王様は相変わらず、苦しまれているのですね」
「ああ、もちろんだ」とガイゼルは間髪入れずに言った。
むしろ最近は、領地の統治も加わり忙しくなる一方。
そのせいで、より苦しみは増していた。
「聖女に会いたいと思うのだが、いざ会っても、頭が真っ白になって何を話していいかわからず、終わってみると、余の胸の苦しみは増すばかりだ――
ってなんで貴様、笑っておるのだ???」
「あ、すみません」
ガイゼルは、なぜか笑いをこらえながら自分の発言を聞いている部下を、微妙な表情で眺めた。
「その……魔王様の胸の苦しみが伝わって、あまりのつらさに胸が張り裂けそうになり、そして結果……」
「ほぅ……そこまで余の心配をしてくれ――」
「笑い声が漏れてしまいました」
「えっ」
そういう時は普通が涙が出るのでは? とガイゼルは思った。
「そ、そうか。ま、まあ、そういうこともあるかもしれんな」
がしかし、威厳たっぷりの魔王はこんなことでは動じないだろう、という考えから、気を取り直し、しぶしぶ頷くことにした。
「で、貴様の見つけた方法とはなんだ?」
しれっとした顔で「ええ、そうですよ。当たり前です。よくあることです」と告げる部下に、ガイゼルは尋ねた。
「もう一度、聖女様に戦いを挑むことですわ。魔王様の様子がおかしくなり始めたのは、あの決闘から。
ならば、もう一度あの決闘を再現して、聖女様にもその苦しみを味わってもらいましょう!!」
「ほぅ……」とガイゼルは唸った。
「たしかに、吾輩だけがこんなに辛く苦しい思いをするのも癪であるな……」
いやでも、待てよ。
「だが、それではまた二の舞になるのではないか?」
ガイゼルは疑問をぶつけた。
たしかに、この前、聖女にやられてからというのも、ふとした拍子に、間近で見た時の聖女の涼しげな眼元を思い出してしまい――
「って違う!!!」
ガイゼルは深呼吸をした。
また、呪いの発作である。難儀なものだ。
「可哀そうな魔王様……。やっぱり再度の決闘が急務ですわ。
もちろん、私も新兵器を用意していますとも」
そう言って、リンリルネが恭しく一礼する。
「私には新兵器――恋愛小説というものがございます」
「なんだそれは?」
「ずばり、女性の胸を苦しくさせる方法が載った書物です」
「ほぅ……それはそれは……」
「しかも」とリンリルネが続ける。
「これは、聖女様が『好き』と仰っていた書物です。
つまり、この書物に書いてある方法を試せば――」
「聖女に一泡吹かせてやれる、という寸法だな」
「ええ。さらにこの書物は、かつて魔王様も参照された『愛しの彼女を虜にする100の方法』の著者によって書かれた書物。きっと魔王様のお役に立つかと」
「あぁ、あの書物か!」
ガイゼルは思わず手をたたいた。
たしかに、勇者パーティと戦うことはできなかったものの、聖女はあの書物のおかけで、元気になってくれたのである。
「クックック……なら、効果は高そうじゃな。
面白い。その案に余が乗ってやろう」
ガイゼルは自らの八重歯を見せて、獰猛に笑った。
ちなみに、ガイゼルは"この八重歯を見せながら笑う"といった仕草が、相手に威圧感と恐怖感を与え、かっこいいと思い込んでいたが、実際は、この仕草をするたびに、
「知らない人に威嚇する犬みたいでかわいい!!」とメイドの中で評判になっていたことなど、ガイゼルは知る由もなかった。
その日から、またしてもガイゼルの特訓の日々が始まった。
リンリルネから受け取った小説を、穴が開くまで読み続け、小説に対する解釈をノートにまとめる日々。
さらに、ガイゼルは、小説を実践することも忘れなかった。
聖女に見せかけた仮想人形を相手に、書物で学んだ知識を実践する。
「ほぅ……最近は、"バックハグ"なるものが人気なのか……」
「なるほど。バックハグをしてから、『おもしれー女』と耳元で囁く、とな。
いやこの場合、『おもしれー女』と囁いてから、バックハグをする、という手もありか」
そこまで考えたガイゼルは、いや待てよ、と思い直した。
たしか、聖女はこの書物を好んでいたはず。
ということは、である。この手は読まれている可能性が高い。
「となると、いっそのこと、逆の手順にしてみるか。
前からハグをして、『つまらねー女』と耳元で囁く」
悪くないな、とガイゼルは思った。
「クックック……待っておれ、聖女よ。
貴様の心に!! 圧倒的な恐怖というものを刻みつけてやろう!!!」
ちなみにこのときガイゼルは、月明かりの下で吠える自分が、威厳に満ちあふれていてちょっとカッコいいと感じていたが――
メイドの間では「駄々っ子みたいで可愛い」と評判だった。
身長同じくらいのエピソードが見たいという声があったので……!
ちなみに聖女はそれほど身長が高いわけではありません。
つまり、魔王様は……???