最終話 聖女は、まおうに、ほほえんだ。
それからの戦は、一方的だった。
勇者パーティの頭脳である聖女が、魔王に与したのである。
普通、人間側で敵勢力に寝返ったともなれば、いろいろと言われることもあるかもしれないが、元来、魔族はさっぱりしたタイプが多い。
魔族としては、「まあ魔王が認めたなら、特段反対する必要もないよな」とあっさりした反応であった。
むしろ、聖女に回復してもらったり、苦労話を聞いたりしているうちに、
「そんな境遇で、まじめにやっているやつなんて、魔族には一人もいないぞ! この女は正気か!?」と、魔王の部下からの聖女への好感度は、うなぎのぼりであった。
一方、勇者側は、敗北に敗北を重ねた。
それならばと、聖女の代わりに、勇者の眼に適う新たな女性をパーティに入れてみたものの、どうもパーティが上手く機能しない。
4人で気分転換に、と好き放題遊んでいたが、路銀がなくなってしまったのだ。
王国に無心してみるものの、戦況の悪化で財源が悪化している王国にそんな金はない。
訪れた村で親切にされても、「飯のレベルが低い」だの、「女のレベルが低い」だのと文句を垂れる勇者パーティの悪評は急速に悪化していく。
そうやってカツカツの状態で再び魔王と聖女への復讐を誓うが、金もなく、敵にも負け続けた勇者パーティの仲は、急速に悪くなり――
あるとき、仲間内で勇者は刺殺された。
人類の救世主を失い、堕落した王国が士気が異様に高い魔族側に勝てるはずもなく――
主に聖女によって、王国の主だった人間は断罪され、全然思うような戦いができていないガイゼルも、若干の疑問を抱えたまま、人間側の後始末に奔走した。
「やっと終わりましたね」
「まあ、それもそうだな」
人間側との戦いを終えた二人は、魔王の間にて、最初に会った時のように向かい合っていた。
一つ違うのは、聖女が、魔王を近くで見下ろしていることだろう。
聖女は、自分より頭一つ分下にいる魔王を優しく眺めた。
その間も、聖女の手はわしゃわしゃと魔王の白髪を撫で続けている。
「………………」
「おい貴様」
「………………はい?」
「ええい!!! もうやめんか!!」とナチュラルに上の方から、自分を撫でてくる聖女に対し、恐怖と絶望の魔王――ガイゼルは吠えた。
「せっかく渋い感じに構えておるのじゃ!! いい加減、この吾輩を子ども扱いするな、と言っておろうが!!!!!」
「………………なんでですか?」と聖女は、理解できないといった表情をする。
「せっかく、かわいらしいのに……」
「だから、いやなんじゃ!!! 吾輩はもう300歳だぞ!! 貴様なんぞよりよっぽど生きておるのだ!!」
「でも魔族としては、まだまだ子供ではないですか。お酒も飲めませんし」と余裕そうに聖女が笑う。
最初見たときとは様子の違う聖女に戸惑いつつも、ガイゼルは、精一杯声を張り上げた。
「ええい! 馬鹿にしおって!!! 吾輩を愛おしそうに撫でるな!!
おい、メイド!! 何をにやついている!!! なに?? このくらいの身長差が可愛いだと??
覚えておれ!! そのうち聖女――貴様の身長なんぞとっくに抜かしてやるわ!!!」
むきになって、真っ赤になる正直な魔王を目にして、聖女はほほ笑みを隠せなかった。
聖女がなぜ一番最初に無言だったのか。
もちろん、自分自身が絶望しきっていた、というのもある。
しかし、そんな限界寸前だった自分は、"魔王の間"の玉座に偉そうに座る少年を見て、呆気にとられたのだ。
紅の双眸に、豊かな白髪。そしてねじれた角。
もちろん魔力は、強大な魔王そのものだった。
――でも、その姿はまるで、孤児院でよく世話をしていた子供たちくらいの姿で。
驚きのあまり、聖女リリアは、言葉を発することができなかったのだ。
それからも、純粋に、まっすぐぶつかってくる魔王に、何度救われたことか。
気が付けば、聖女は、この口癖が尊大な少年に親近感を覚え始めていた。
「ええい! 人間との戦も終わった!! 今日からは、特製の牛乳を山ほど飲むぞ!
すぐに、こっちが貴様を撫でる側に回ってやる!! 覚えておれよ!!」とこちらに息巻く若き魔王に、聖女は心の中で呼びかけた。
――ええ。その時を、楽しみに待ってますよ、魔王様。
魔王ガイゼル。
若き頃より、魔王として君臨した彼は、実力と慈悲深さを兼ね備えた『慈愛と希望の魔王』として、歴代でも屈指の名君と謳われるようになる。
人間、魔族分け隔てなく接した彼の統治には、長きにわたって繁栄を享受したという。
――そして、その横には、常に同じくらいの身長の人間の女性が傍らにいた、とも。
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ちなみに、第一話で地味に登場していた”地味顔の聖女”は1個前のヒロインでした笑。
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