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第三話 魔王様は、せいじょのごきげんをとった!


「でも………不思議ですね」

「えっ」


 そのとき、聖女に驚くべきことが起こった。

 ドラゴンのステーキを一口頬張った聖女の眼から、ぽろぽろと涙がこぼれ始めたのである。

 

 一方のガイゼルは、完全に顔面蒼白になっていた。


 さっきから変なことを聞き出してしまい、聖女の地雷を踏み抜きまくっているのは、他でもない自分である。


「お、おい、貴様。なにか、吾輩は悪いことでもしてしまったか? なにかその……気に障ることでも?」


 ガイゼルは恐る恐る聞いた。


 それはそうである。ただでさえ、ガイゼルのミスのせいで、聖女のメンタルをいたずらに傷つけてしまったのだ。


 何かまずいことでもしてしまったのだろうか。ガイゼルの不安は頂点に達していた。


「い、いえ……魔王は恐ろしい人類の敵だとずっと教わってきて……ずっと魔王を倒すためだけに旅を続けてきたのですが……その魔王に、ここまで話すなんて……


 本当に、私は……どうしようもないですね……」


 そういうと、聖女は微笑んだ。

 ほんのかすかに、ではあったが、微笑んだのだ。




 その時、その聖女のほほえみを見て、魔王ガイゼルの脳裏に天啓が走った。



 ――そうだ。これだ!!



 これしかない。魔王ガイゼルは思った。

 自分の目標は、あくまでも人類の救世主である"勇者たち"と対峙して、魔族の王たる魔王として戦うことである。


 正直、聖女から色々な話を聞いて心が揺れたが、そんなのは関係ない。


 そう。この魔王ガイゼルは、人間を何とも思わぬ恐怖と絶望の魔王なのである。

 そして、そんな魔王は、物凄く残酷な計画を思いついてしまった。


 ガイゼルは考える。

 要するに、目の前のぼろぼろでみすぼらしい聖女を元気づければいいだけの話である、と。


 なんでこんな簡単なことに気が付かなかったのであろうか。

 この聖女に笑顔を取り戻させ、この聖女を再び魔王討伐へのやる気を持っていただく。


 そうすれば、このガイゼルは、心置きなく戦闘に興じられる、というものである。


 ガイゼルは、テーブルの下で、聖女から見えないようにぐっと握りこぶしを作り、覚悟を決めた。


 ――吾輩に、聖女の事情なんて知ったことではない。精々、この女を励まして、戦う気を起こさせてやろう!!


  


 そして、その日から、魔王ガイゼルによる恐怖の"聖女応援作戦"が始まった。

 

 まずは、女性にはプレゼントが重要である、という人間界の書物を隈なく読んだガイゼルは、美しいと言われる花々を取り寄せ、聖女に毎日送った。


「クックック……これで聖女は、やる気が増すであろう。どれ、この一番人気の告白?に使われる花とかいうやつも送ってやるか。クックック……精々英気を養うのだな、聖女よ……」




 ガイゼルの策略は続く。 

 次にガイゼルは、毎日、聖女の話を心から熱心に聞くことにした。


 聖女が教会の腐敗を訴えれば、ガイゼルは、侵略した土地で教会を刷新させよう、と言い、聖女が孤児院に残した子供を心配すれば、ガイゼルが私財を投げ打ち、孤児院を作る、と約束した。


「クックック……とりあえず魔族側の勢力に飲み込まれた地では、教会の腐敗した上層部を刷新し、今まで取り立てられることのなかったまじめな連中を取り入れるとするか……」


「ほうほう……この地方には、孤児が多いとな……。どれ人間の貴族を打ち負かしたときに、奪った金品を孤児共に返してやるとするか……。クックック……これで聖女も気兼ねなく吾輩と戦えるであろう……」




 それだけでなく、ガイゼルは人間側の書物も参考にして、必ずや聖女に一人の時間を与えた。


「ほうほう……。この『愛しの彼女を虜にする100の方法』という本は中々有益だな……。ずっと近くにいるのではなく、時たまプライベートな時間を優先させてあげるのも良い、とな。

 どれ聖女よ。今日はふりーたいむ、というやつじゃ。精々、自由に過ごすがよい!」


 そうすると、ガイゼルの目論見通りに、徐々にではあるが、聖女の顔に、表情が戻るようになってきた。


 自身の作戦の方向性は、間違えていなかったのである。

 ガイゼルは有頂天だった。


「なになに? 王国にいたときには外出が許可されていなかったから、綺麗な夜景が見たい、だと? 

 いいだろう。吾輩が直々にドラゴンの背に乗って、煌めく星々を貴様の眼に刻み付けてやるとするか……」






 そして、そうこうしているうちに、ついに勇者一行が、地下迷宮を抜け、魔王城にたどり着く、という知らせがもたらされたのである。


「よしッ!!」とガイゼルは思わずガッツポーズをした。


 やっと、やっとである。

 色々前途多難だったが、それも今日で終わりである。勇者たちは度重なる罠や、戦闘でボロボロになっているが、きっと"治癒の力"を使える聖女がいるのであれば、すぐさま勇者たちも回復できるだろう。


「聖女よ……、いよいよ明日だ。覚悟はできているだろうな」とガイゼルは正面にいる聖女をじろりと睨んだ。


 ガイゼルの目の前でたたずむ聖女は、まるで別人のようだった。

 くすんだ肌は、栄養満点の食事で改善され、うつむきがちだった瞳も、まっすぐにガイゼルを見返している。自信に満ち溢れた顔つき。


 ガイゼルはおそらく、自分と戦う覚悟を決めたのだろう、と納得していた。


「クックック……いい顔になったな……」


「えぇ。私にも生きる意味ができたのです」


「んん?」とガイゼルは疑問を抱いたが、まあいいか、と流した。

 

 "生きる意味"が、なんなのかはよくわからなかったが、その"生きる意味"とやらが、聖女を立ち直らせたならば、非常にいいことである。


「魔王さま」


 正面から自分を真っ直ぐに見つめる聖女に、若干の疑問を覚えつつも、ガイゼルは返事をした。


「なんだ」


「実は……新しい服……ドレスが欲しいのです」


「えっ」


 魔王ガイゼルは、訝しげに聖女を見た。

 教会の純白のローブと言えば、聖女の象徴ともなる重要なアイテムである。それを容易く手放す……???


「いいのか……?」


「ええ、もうこの服に未練はありません。それより私は決別したいのです」


「そ、そうか……」


 静かに言う聖女だったが、こちらが圧倒されるほどの雰囲気が聖女にはあった。

 

 しばし考えたガイゼルだったが、まあでもいいか、と結論を下した。


「フンッ……吾輩のメイドにでも相談するがいい」


 純白のローブに身を包んだ聖女と、漆黒の衣装を身に纏う魔王という構図は、非常にかっこいいと思っていたのだが、まあ、本人が衣装を変えることでやる気が増すなら問題はないだろう。


「よし、聖女よ。吾輩は明日、勇者が来るまで、魔王の間にて待つ。貴様は後から遅れて、広間に入ってくるのだ。吾輩との関係を疑われてはならぬぞ」


「はい。もちろんです」

 そう言って、聖女はほほ笑んだ。


 なんで、こいつ今から戦う相手に向かって、こんな笑顔を向けてくるのだろう、と魔王ガイゼルは思ったが、まあいいか、と頭の片隅に置くことにした。


 基本的に、ガイゼルは深いことを考えないタイプなのである。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 動機と結果があってないけど、聖女からすれば素晴らしいまでのスパダリであるwww
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