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第二話 魔王様は、せいしんてきダメージをうけている!


「クックック……どうだったか、聖女よ。我が絶対的な湯浴みは!」

「……どうも……」


 ガイゼルはシャンデリアが怪しく煌めく応接間で、聖女と共に食事を摂っていた。


「クックック……ドラゴン肉のステーキだ。その味わいは絶品。貴様の舌では、その旨さに焼き尽くされてしまうだろう」と何やら訳の分からないことを言いつつ、必死に魔王ガイゼルは別のことを考えていた。


 目下のところの悩みは、どうすれば、勇者パーティと正々堂々かっこよく後世に残るような名勝負ができるのだろうか、という点である。




 先ほど、聖女が湯浴みをしている際に、装置を使って、勇者パーティを覗いてみたものの、彼らはより一層ひどい状況になっていた。


 なんと、先ほどまでいちゃついていた勇者と戦士と魔法使いが、どうやら揉め始めているようなのだ。

 じっくり聞き耳を立てていると、ガイゼルには、やっとその原因が分かった。


 業を煮やした勇者が「で、いつになったらこの迷宮を抜けられるんだよ!」といら立ちを爆発させれば、


「知らないわよ、私、剣の事しかわからないし」と戦士が答え、魔法使いも、「私も魔法の事しかわかりませんので」とけだるそうに答える。


「はぁ!? ふざけんなよ! だいたい食糧もいつの間に尽きかけてるしよ!!! あの女がちゃんと管理していないせいだろ!!」


 なるほど、と魔王は思った。

 どうやら勇者たち一行は、基本的に戦闘を自分たちで行い、そのほかの雑事を全部、聖女に丸投げしていたらしい。

 だから、聖女だけを別の道に向かわせたせいで、収拾がつかなくなっている、と。



「正気か……?」と魔王ガイゼルは、勇者パーティの滅茶苦茶っぷりに戦慄した。


 確かに、戦闘も大事だが、先々のことを考えるのであれば、戦闘以外の雑事――例えば、食糧の調達や、ダンジョンの探索など――が最も重要だ。

 まさしく、縁の下の力持ち、というわけである。





 そんな勇者パーティの崩壊っぷりを思い出しながらも、ガイゼルは、聖女への接し方を決めかねていた。

 どうすればいいのだろう。


 まあ、まずは話題を変えてみるか、とガイゼルは思った。

 なるべくなら、パッと明るい話題を――


「そ、そうだ。聖女よ! 貴様の両親は、どうなのだ? ご両親も、娘が聖女になり、魔王討伐の旅の旅に出たとなれば、さぞ鼻が高かろう――」


 そもそも、なんで元凶たる自分がこんなことを言わなければならないのか、という疑問は横に置いておくことにして、白髪紅眼の魔王は、必死に話しかけた。


「……両親の顔は知りません」


「えっ」


「私、孤児なので」


「えっ、こ……孤児?」


「……はい」


 ――魔王ガイゼル、痛恨のやらかしである。


「ま、まあだが、その……両親がいないからと言って、人の価値は低くなるようなものではないぞ!! 

 現に我が配下のゴーレムは、そもそも作り手の顔すら覚えておらん! 気落ちせずに、頑張るのだ聖女よ!!」と必死に励ましつつも、魔王ガイゼルは、一心不乱に次の一手を探していた。



「そ、そうだ!! 聖女よ!!!」

 

 そして、ガイゼルは、一筋の光明を見出した。


 女神教――という存在を思い出したのである。孤児や貧民に優しくすべし、とされる女神教では、孤児を引き取って育てているところもあるという。きっとこの聖女も、そこで才能を見出された類だろう。


「女神教はどうなのだ?? 女神も、必死に巨悪に立ち向かう貴様の姿を見て、さぞ喜んでいるに――」


「あそこは腐ってます」


「えっ」


 絞り出すような聖女の声に、魔王ガイゼルの顔がゆがんだ。


 ――いやまさか嘘だろ、これ以上悪化するはずが……。


「女神の教えは忘れさられ、教会は腐敗しています。違法な献金に、人身売買。そうして、貯め込んだ金品で上層部は肥え太っています。聖女の候補生も、聖女すらも使い捨て。所詮、聖女と言えど、お飾りに過ぎないのですよ……」


「えっ、いやあの……」



 魔王ガイゼルはドン引きしていた。これまでにないほど、ドン引きしていた。

 え? 教会ってそんな感じなの??


 混乱しすぎて、もはや、食事の味もわからなくなってきた。

 だいたい、もうちょっと女神頼むからしっかりしてくれよ、と魔族の天敵である女神にエールを送りたくなる始末。

 もうさっぱり訳が分からない。


「そ、そうだ!!!」


 もはや、魔王ガイゼルは恐怖と絶望の魔王という仮面を空高く放りなげて叫んだ。


「そ、それなら、貴族はどうなのだ?? 貴様ほどの強さを持ち、活躍した人材であれば王国だって爵位を用意して、それはそれは立派な待遇を――」


 聖女の強さを魔王ガイゼルは実感済みであった。

 後方支援担当という一見、評価しにくい聖女の力をガイゼルは見抜いている。


 たしかに、戦闘は大事ではある。しかし、何か月もかかる旅やダンジョンの攻略ともなれば、後方支援の役割はより一層重要さを増す。

 一体、だれが宿の手配をするのか? 立ち寄った村の人々とのやり取りは? 食料に備品の貯蓄は??? 勇者と言えど、金が無尽蔵に手に入るわけではない。その辺のやり取りは? 

 そして、負傷者を治癒できる、という聖女の癒しの力。


 そう。

 聖女の素晴らしさはここにある。


 ガイゼルだって、自分が住む魔王城をできるだけ、黒と赤のカッコイイ色合いに統一し、気分を盛り上げる巨大な玉座を用意するのに、どれほど周囲の部下の力を借りたことか。

 勇者パーティと対峙するのは、魔王の役目であるが、その雰囲気づくりは魔王一人ではきっとできなかった。


 だからこそ、聖女だって、彼女だって人間界では、評価されてるに違いない。

 ガイゼルはそう思ったのだが――


「そんなことありませんよ魔王」


 バッサリ、あっさり、ガイゼルの発言は切り捨てられた。


「そもそも、私は貴族からは嫌われているのです。教会の聖女候補生には、貴族の息女も多々いました。

 貴族たちは、きっと自分の息女こそが、聖女に選ばれると希望を持っていたのでしょう」


 無表情のまま、聖女は淡々とつぶやく。


「そんな中で私が選ばれてしまった。何の後ろ盾もなく、孤児という高貴な血も入っていない私が。私に対する感情なんて説明するまでもないのです」


「そ、そっかあ……」


 魔王ガイゼルは、赤黒い飲み物に口をつけながら、感想を口にした。

 一見、ワインのようにも見えるが、ガイゼルはアルコールが苦手なため、それはただの雰囲気作りで、中身は高級ブドウジュースである。

 いつもなら美味しく飲めるジュースが、ちょっと塩辛い。


「そんなことがあったのか……」


「だいたい、王国の貴族たちは、魔族との戦争を望んでいるのですよ」


「えっ」


 初耳である。


「な、なんでなのだ……?」


「自分たちの権益のために、です。魔族との戦争という名目で税を課し、人を雇い、自らの勢力を広げようと必死なのです」


「えっ」


「貴族の中には、領地での失政を魔族のせいにする者もいます。楽ですからね。自らの失態で、領地に被害を招いたとしても、『魔族が作物をダメにする呪いを使った』とか。

 案外、その程度の話で、純粋な人は騙されてしまうものなのですよ」


「………………」


 今度は、ガイゼルが黙り込んでしまう番だった。

 というか、もうぶっちゃけ恐怖の魔王ガイゼルは、人間に恐怖を感じ始めていた。


 人間の倫理観ヤバくない??


「仲間として、紹介された3人も最悪でした。女好きで、プライドだけは高い勇者。実力はあるけど、倫理観がなく、旅先でも好き勝手を繰り返す戦士。パーティ内での不平不満を和らげるために、私を仲間外れにしようと勇者に媚びる魔法使い」


 この世の地獄かな、とガイゼルは思った。


「勇者が2人と関係を持ち始めてからは、さらに状況は悪化していきました。

 王国から支給される金銭の管理は私が任されていたのですが、3人は好き勝手使い始めたのです。もちろん、その割を食うのは私でした。私が切り詰めなければ、旅もままなりませんからね。3人が高級な宿で散財しているとき、私は乾燥したパンを一人でかじっていました」


「いやあの……」


「勇者の仕事はご存じですか? 国々を回って、人民を鼓舞するという役割も我々にはあったのですよ。しかし、3人はそんな仕事も忘れて、宿にこもり切っていました。何をしていたかはお分かりですよね。

 我々は必死に戦いましたが、救えない命もあります。そんなときに、私一人で謝りに行くのですよ。三人が宿で楽しそうにしているとき、私は必死に頭を下げて回っていたのです」


「辛いならもうその辺で……」


「だけど、世間は勇者一色でした。救世主の勇者がどれだけクズだろうが、そんなことはもみ消されます。

 しまいには、3人は私の――聖女の力が及ばず、私が足を引っ張っているのだ、と非難しました。王国もその非難に食いつき、私なんかがパーティにいるからだと――」


 

 も、もうやめてくれ、頼むからやめてくれ、というのがガイゼルの本音だった。

 闇が深すぎである。

 魔族は基本的に、力こそ正義の脳筋連中なので、ガイゼルは、こんな細かい、というかくだらない内輪揉めをしている人間側にドン引きだった。


 もはやガイゼルが諦めかけたとき、聖女がぽつりとつぶやいた。


「でも………不思議ですね」

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