第一話 魔王様は、こんらんしている!
「クックック……ようこそ、勇者諸君。ひとまずは、よくぞここまでたどり着いた、と褒めてやろう」
そう言いながら、恐怖と絶望の魔王――ガイゼルは、ゆっくりと身の丈をはるかに越える玉座から立ち上がった。
そして、無謀にも、この"魔王の間"に踏み入れた人間共を見ようと振り返る。
「クックック……しかし残念ながら、貴様らの旅は、ここで終わりだ。人類の救世主だのと崇められている貴様らは、この吾輩の圧倒的な力に、ひれ伏すことに――ん?」
一瞬の空白。
魔王ガイゼルは、目の前の光景に首を傾げた。
おかしい。おかしいぞ。
だって、なぜなら――
眼の前には、女一人だけしかいなかったからである。
あれ、おかしいな、とガイゼルは思った。
部下からの報告では、勇者パーティは4人のはずである。
男性の勇者に、女性の戦士と魔法使い。それに聖女を加えたパーティで、ガイゼルも、「ほぅ……バランスのよさそうなパーティだな」と闘うのをそれはそれは楽しみにしていたのだが。
「むっ、貴様……聖女か」
「………………」
目の前の女性はなぜか一言もしゃべらず、ずっとうつむいたままだ。それに、服もところどころが破けたりして、非常にボロボロである。
とてもじゃないが、人類の救世主とは呼べないような姿。
しかし、ガイゼルの眼は見抜いていた。
顔はフードで覆われており、こちらからは見えないが、目の前の女は、おそらく聖女だろう。よくよく見れば、ローブには女神の刻印もされている。
「………………」
若干気まずい沈黙の中、魔王ガイゼルは予測していた。
魔王城は、ひどく入り組んだ造りになっており、内部構造を熟知したものでないと、中々、この"魔王の間"まではたどり着けない。
きっと、この聖女は仲間とともに、魔王城に足を踏み入れたが、一人はぐれてしまい、先に着いてしまったに違いない。
「ほう……なるほどな……」
魔王ガイゼルはなるべく残酷そうに笑った。
「そういうことなら、お仲間の姿を見せてやろう」
「………………」
相変わらず聖女らしき女は喋らない。
まあいいか、と思いながら、ガイゼルは指をパチリと鳴らした。
魔力が大気を震わし、なにやら映像のようなものが浮かび上がる。
これはガイゼルが、今回、勇者パーティを迎えるにあたって、魔王城にわざわざ設置した装置の一つである。ちなみに、指パッチンも一か月かけて練習した。
「これは特殊な装置でな。魔力によって、遠隔したものの状況を映し出せるのだ。さあ、仲間が魔王城のダンジョンで迷い、絶望にあえぐ様子を見るがいい!!!」
当初のガイゼルの目論見だと、この装置は素晴らしい効果を発揮する予定だった。この装置で仲間が戦っている状況や、仲間が追い詰められたりする様子を映し出し、「クックックック……」と不敵な笑みを聖女に向けて浮かべる。
まさに理想的な魔王である。
ガイゼルはそう思って、必死にこの装置を魔王城内に、何十個も設置していたのだが――
『あ~~~、やっぱあの女がいなくなると清々するよな!!!』
「えっ?」
ガイゼルの耳に聞こえてきたのは、必死に聖女を探すでもなく、魔王相手に士気を高める勇者パーティでもなく、ひたすら軽薄そうな男の声だった。
少し遅れて、映像がはっきりとしてくる。
そこは、魔王城の地下にあるダンジョンだった。
そこでは、3人の人物が会話している。いや、そこまでなら問題がないのかもしれない。しかし、話している内容がめちゃくちゃであった。
『あの女、ほんとグチグチうるせーんだよな!』と映像の中で、二人の女性の腰を抱きながら座る男が大声で話す。
『やれ平民には優しくしろ、だとか。一々、俺に指図しやがってよ!!』
『えぇ~。でもアデルったら、アンタは勇者なんだから、あの聖女サマと結婚するんじゃないの?』
勇者の右横で、しなだれかかる赤髪の女が言う。
『旅に出る前に、国王の爺さんの前でそう言ってたじゃん』
『あんな場だと、そう答えるしかないだろ。だいたい、俺はいやだよ。あんな幸が薄そうな女』
『まあどう見たって、私たちの方がいい女ですからね』と左に位置する青髪の女もケタケタと笑い始める。
『それにしても、傑作でした。二股の道で、一人で行けばって言われていた時のあの女の顔と言ったら……!』
『どうせ、それぐらいしか役に立たない女なのさ。治癒だとか、補助魔法だとかしか使えないくせに、前線で体張ってる俺たちに指図するなよって話だよな』
「………………」
魔王ガイゼルは、この空気に耐えきれなくなり、パチンと指を鳴らした。
勇者たちの会話もシャットダウンされる。
おそらく、今のが勇者たちだとしたら、勇者たちの言っていた『あの女』とは十中八九、目の前のボロボロの聖女の事だろう。
目の前の女性は、いまだに何も言わなかったが、さっきの映像を見せられたせいだろうか。少し嗚咽の入った声が聴こえてくる。
き、気まずい……! 吾輩、もの凄い気まずい……!!
というのが嘘偽らざるガイゼルの本音だった。
「ま、まあ人間関係というのは、その……難しいものでな。ええっと、まあ仲が良ければいいというものでもないし……」
「………………うぅ」
「そ、そう! 魔族でも、結構揉めることはあってな! 例えば、頭脳派の悪魔族と、肉体派のオーク族は仲が悪いし――」
「………………」
「そ、そもそも! 貴様が悪いわけではない、と吾輩は思うぞ!!
そのつまり、だ。人間関係というものは、常に変化するもので、あの……普段暗いやつが、意外と職場では明るかったりなどすることもあるし、確かに、パーティメンバーとの関係構築がうまくできていなかったとしても、それで一概に貴様の人間性が否定されるわけでは――」
「………………うぅ」
――ぜ、全然響いていない。
顔は良く見えないが、明らかに聖女は辛そうに見える。
その様子を見て、ガイゼルは必死に頭を回転させていた。
お、おかしい。吾輩の思い描いていたプランとだいぶ違うではないか!!
ガイゼルは物心ついた時から、圧倒的な強さを誇る魔王に憧れ、研鑽を続けてきた。
ガイゼルが憧れたのは、かっこよく勇者たちと刃を交える魔王の姿である。
人類と魔王の戦いの数々は、輝かしい歴史として人々や魔族の記憶に残っていた。
もちろん、人間側が勝つこともあれば、魔族側が勝つことだってある。
そうやって一進一退の攻防を、2種族はずっと続けてきたのだ。
当然、魔族に生まれたガイゼルの推しは魔王だったが、その魔王と正々堂々と戦い、時には勝利した人間側にもガイゼルは惜しみない賛辞を送っていた。
例えば、数十年前に、当時の魔王と戦いを繰り広げた"地味顔の聖女"なんて、今でも魔族の中では語り草となっている。
そんな風にして、ガイゼルは強くなり、周囲にも魔王と崇められるようになったのだ。
そして、そんなときに、因縁の勇者パーティが、ガイゼルの城を訪れる、という情報が手に入ったのだ。これでテンションが上がらない魔族がいるだろうか。いや、いるわけない。
しかし、現状はどうだろうか。
ガイゼルは、あくまで客観的に自分の行いを見直してみた。
パーティメンバーと問題を抱えている聖女に対し、遠隔装置を使い、パーティメンバーからの悪口を本人に見せつけてしまったのだ。
これが、誇りある魔王のすることだろうか。
――ち、違う……! 絶対に違う……!
ガイゼルは心の中で吠えた。
自分がしたかったのは、こんな精神的攻撃ではなく、正々堂々と互いの誇りをかけ、命を尽くして戦うかっこいい戦闘であった。
間違っても、こんないじめっ子みたいな真似事はしたくなかった。
「あー、その勇者パーティが、来るまでは時間がかかりそうであるな」と魔王ガイゼルは、恥を忍んで独り言を言った。とはいえ、聖女にも聞こえるくらいの声量である。
「だからその……、湯浴みが空いているんだが……そのう……吾輩は先ほど入ってしまっているし………他の誰か――ちょっと最近風呂に入れていないやつとか――が入ってくれてもいいのだがな!!!!」
我ながらだいぶきついな、と思っていたが、とりあえず視線の端で、聖女がわずかにうなずいてくれたので、魔王ガイゼルは、ひとまずほっとした。
最近、ドラクエにハマったので投稿です。
本日中には、さっくり完結予定。
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