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 最初に感じたのは、感動や歓喜などではなく、眩しいという単純な生理現象だった。

 私の住む部屋には一つの火が灯っており、不思議と絶えずに部屋を照らしていた。

 だが、それでも薄暗いことには変わらなく、その暗さに私の目は慣れきっていたのだろう。


 痛いともいえるその刺激に、涙が出た程だ。

 シンさんは、私が感動していると勘違いしたのか微笑ましそうに私を見ていたけど、苦痛に悶えていただけなんだよね……。


 私が顔を上げると、其処には空というものが広がっている。

 何処までも続く青色に、どういう原理か悠々と、のんびりと浮かんでいる白色。

 物語で空が絵が描かれるとき、その描写は想像を膨らませるものではあっだが、所詮それは私の妄想だった。


 何故なら、その空は読者が空を見たことがあるという前提で描かれているからだ。

 私は、空というものはキャンパスのように広がる青色に、太陽という異質な存在感を放つ赤色が浮かんでいる、そんなものだと思っていた。


 だが実際は、空は単純な青色ではなく、何とも言い表せないような美しい色をしていたし、太陽は世界を照りつけているもののその姿は遥か遠くにあり、色も赤色とは言えないものだった。


 他にも、そういうことはある。

 庭に生えていた草木は、思っていたより緑色をしていなかったし、外気の空気は無味無臭で美味しいなんてお世辞にも言えない。


 美味しいというのが何かも知らないんだけど……。


 そんなことを考えながらにぼんやりと空を眺めていると不意に、背後から声が掛かった。


「終わったぞ」


 私とあまり変わらなく高いなのに、何処か年上のような錯覚を覚えてしまう声。


 私が振り向くと、其処には「よっ」と言い手を上げるシンさんの姿があった。


 世間でいう目鼻立ちがいい人の基準が分からないが、彼のことをかっこいいと考えたこともある。

 恐らく、容姿は整っていると言える筈だ。


 だが、黒髪黒目の地味な雰囲気に、存在を忘れてしまうような影の薄さが余り彼を目立たなくさせている。

 それに、優しげな顔とは裏腹にその飄々とした態度だ、彼はモテる方ではないなと思う。

 物語に出てくる王子様は、こんな感じではじゃなかった。


 でも、一つだけ王子様と共通することがある。

 それは、優しさだ。


 血に塗れたその外見は、私も最初そうだったように優しい人間とは程遠いと感じさせるだろう。

 だけど、勇気を出して対話してみると思っていたより優しかったし、思っていたより人の為に考える人だった。


「どうかしたか?また黙りこくって」


 彼にも何度か言われたが、私は集中すると周りが見えなくなる質のようだ、いつの間にか彼は私の右側に腰を下ろしていた。


「いえ、なんでもありません」


「そうか。なら、いい」


 そのまま、会話は途切れた。

 だが私達の中では、こういうことはよくある。

 私は会話慣れしていないし、彼は話す時は話すが基本は寡黙なので、よく沈黙が訪れるのだ。


 だが、それも嫌なものではない。

 私達は今、シンさんが住む屋敷の庭で、ぼんやりと腰を下ろしている。

 私達を照らす優しい温もりも相まって、その沈黙すらも何処か心地よかった。


「終わったんですね……大丈夫ですか?」


 そういえば、彼は終わったと言っていた。

 その態度が然程重要だと感じさせなかったので耳を通り過ぎていってしまったが、彼にとって大丈夫な筈がないのだ。


 あっ。

 なら、大丈夫ですかという安直な質問はするべきではなかった……。


「す、すみません。大丈夫な筈、ないですよね」


 私が一人戸惑っていると、その様子がそんなに滑稽だったのか、シンさんは私を茶化すように笑う。


「そんなに気を使わなくてもいい。そんなに顰めっ面していると幸せが逃げるぞ?」


「ええっと。すみませ、いや……はい。」


 危ない。

 また無為に謝ってしまうところだった。


 というか、このやり取りを何回繰り返すんだろう。

 ひょっとすると、私をからかうためにわざと私に謝らせようとしているかもしれない。

 その言葉も、私へのお返しに感じる。


 少しの間ジーッと彼を見ていると、彼は私が怪しんでいるのを察したのか素早く話題を逸らす。


「いや、本当に大丈夫だから、さ」


 こういうことが、本当に上手いよなぁ。

 まあ、いいか。

 今は、それ程重要なことではない。


「本当ですか?御家族の、その……遺体を整理されたというのに?」


 彼は、私に此処で待っていろと言い、先程まで一人で屋敷に入っていたのだ。

 御家族の遺体を整理すると言って。

 本当はついて行きたかったが、彼の有無を言わさぬ声色にたじろいでしまい、結局ついて行けなかった。


「慣れてるから……大丈夫、だ」


 彼はそう言うが、慣れてるなどとは分かりきった嘘だ。

 私とそう変わらない年齢の子供が人死に慣れているなんて、有り得る筈がない。

 そもそも、本当に慣れているのならばそんな表情はしない筈だ。


「嘘つき……」


 思わず、そんなことを呟いてしまったが、幸い彼には聞こえていなかったようだ。

 だが彼は、どこからどう見ても嘘つきだ。


 私の存在も大抵おかしいが、彼は何処か違うおかしさがあるのだ。

 子供の割に大人のように達観したことを言ったり、化け物を一人で倒したなどという妄言のようなことを吐いたり、全て嘘に違いない。


 だが、深い事情があると察して黙っていたのだ。

 なら、私はそれを一貫するべきだろう。


「皆、安らかに目を瞑っていた。原型をとどめていないものもいたが、きっと……」


 彼は、閉ざしていた口を開けて、そんなことを呟く。


 その言葉が大丈夫じゃないと思うんだけど……。


 その言葉は、まるで自分に言い聞かせているような危うさを感じさせた。

 彼はこうやって、自分の内に全てをとどめているような気がする。

 自分で全てを整理するのは、他人に弱いところを見せたくないという彼なりの思いがあるのだとおもうが、今は吐き出して欲しかった。


 気がつけば、彼の頭に手を乗せていた。


 突然の事に驚いたのか、彼は大きな声を上げる


「な、何だ……?」


 彼は、恥ずかしいのか私に抗議の目を向けるが、もうここまでしてしまったのなら、絶対に吐き出させよう。


「少しの間、頭に手を乗せさせてください。手が疲れたので」


 自分でも滅茶苦茶な言い訳になっていると思うが、彼は人の心情に敏感だ、私の思いが揺るがないことを察してくれるだろう。


「……ああ。分かったよ」


「ありがとう、ございます」


 やはり、分かってくれたようだ。

 後は、もう簡単だ。


 少し時間が経過した後に、私は考えていたことをそのまま伝える。


「泣けば、いいじゃないですか」


 シンさんが来てくれるまでを、思い浮かべる。


「誰だって、辛いことはあります」


 部屋から出ることが出来ないと分かり、読書以外にすることがないと分かったときは、幼いながらに深く絶望した。


「何度も、何度も、何度もあるはずです」


 風の音が聞こえ扉が開いたのだと思ったが、実は本のページが擦れた音だった。

 ドタドタという音で人がやってきたと思い、漸くこの部屋を出れると思ったが実はバランスを崩して崩れゆく本の山だった。


 あの時は、崩れゆく様をジーッと眺めていたなぁ。

 たぶん、認めたくなかったのだ。


「ですが、その度に抱え込んでいたらもっと辛くなるだけですよ」


 何度もそんなことがあると、いつの日かサッパリとそういうことが無くなった。

 私はそれを偶然だと思っていたが、違った。


 ただ、聞こえなくなっただけだった、

 無意識に、音を拒絶していたのだ。


「だから、吐き出す必要があると思います」


 シンさんが来て、漸く外に出れると思った時の感動は計り知れない。

 彼は、私の恩人に他ならないのだ。


「だから、泣けばいいじゃないですか」


 だから、ついて行きたいと願ったのかもしれない。


 いつの間にか、彼は涙を流していた。

 ポツポツと、物語によく描写される小雨のような涙が、途切れることなく流れていた。


「全部、本に書いていたこと……ですけどね」


 これが本当なら、こんなに照れ臭い思いをしなくていいのにな。

 そんな、人生で初めての嘘だった。


 



 

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