一緒に
当たり前、だ。
転生、それは文字通り生まれ変わりを指す。
ならば、何もかも洗われて記憶をも失う、それは然るべきことなのだ。
顔を上げると其処には、俺の言葉をどう解釈すればいいか考えあぐね、顰めっ面をしている少女の姿がある。
その様子は俺と同じ、紛れも無い人のそれ。
だが、彼女は地球ではなく、この世界の住人。
俺とは、違うんだ。
そう考えると、幾ばくかの疎外感が生まれた。
俺は一人、か。
ああ、寂しい人生だな……。
ふと、そんなネガティブな考えが浮かんでしまう。
それでは駄目だと他のことに思考を巡らせようとしても、結局は後ろ向きな答えに辿り着いてしまい、ちっとも思考は前進しない。
ダメダメ、だな。
この子を救ってやらないといけないのに、俺がこんなんじゃ……。
少女を見つめながら俺は、自嘲気味に顔を顰めてしまう。
すると、彼女は俺に見られていることに気がついたのだろう、伏せていた目線を俺に向けた
そして、頰を膨らまして不満そうに俺に告げる。
「さっきから、顰めっ面ばっかりしてます!良くないですよ!幸せが、逃げてしまいます!」
思っていたより大きな声を出してしまったからか、彼女は尻すぼみに小さく声を発した。
「あぁっと……。えっと、そう、本に書いていたので……」
思わず、吹き出してしまう。
勝手に怒り出して、勝手におどおどと戸惑う、そんな様子が酷く可笑しかった。
更に、その言葉すらも自分に跳ね返っている。
「まあ、君も顰めっ面してたけどな」
そう笑いながら言うと、彼女はやっと気がついたのだろう、しまったと言わんばかりに目を見開いた。
「あ、あ!偉そうに言っておいてこんなの。す、すみません……」
「謝らなくていいって。俺の意味不明な言葉の所為でそうしてたんだろ?」
「はい……」
そう言うと、彼女は目を伏せた。
そして、静かに「でも」と呟き、柔らかな笑みを浮かべながら顔を上げた。
「二人で一緒に顰めっ面してたんですね。なんか、可笑しい」
彼女は、クスクスと笑う。
「確かにな。で、今は二人で一緒に笑ってる」
冷静に考えるとそこまで可笑しいことではないが、彼女があんまりにもしつこく笑うので、つられるように俺も笑ってしまった。
ひとしきり笑い合った後、俺と少女は真剣な表情をして向かい合っていた。
頃合いを見計らって、俺が真面目な話を切り出したのだ。
俺はここが何処なのか、何故血に塗れていたのか、今からどうしたいかなどを説明した。
基本的には包み隠さずに話したが、万が一のことを考えて俺は、前世の記憶を持つ転生者であることだけは隠して話を進めた。
だから、強力なスキルを使用できるといってもそれだけで化け物を倒せるのか、など少し疑問点の残る話になってしまっていただろう。
だが彼女はその間、驚くことや悲しげな表情を見せることはあれど、基本相打ちのみで此方の事情に深く踏み込んで来ることはなかった。
その様子は、再度『ハロー』と英語で言ってしまう程に大人びていたが、此方を気遣っているという気持ちが伝わって来て有難くはあった。
「……ま、こんなところだな」
俺が話し終えるのを察すると、彼女は早速口を開いた。
「まず。心中お察しします。そしてご家族の方々に、ご冥福をお祈りします」
「ありがとう……」
心の底から、そう思った。
「そして、シンさん。本当に、お疲れ様でした」
彼女は、さんをつけて俺の名前を呼ぶ。
語り始める前に俺は、少しだが自己紹介をした。
そんな訳で、彼女は俺のことをシンさんと呼ぶようになったのだ。
俺の前世の名前は、浅田紳助という。
だが決して、俺の前世の名を素直に教えた訳ではない。
この世界では、浅田紳助という名前は目立って仕方がないだろう。
その所為で何か厄介な事態が引き起こされる可能性も、十分に有り得る。
俺は、何の因果か今世でもシンと付く名前を付けられた。
だからこの世界では、折角なのでシンフォード=アルサライトと名乗ることにしたのだ。
「事情は何となく、分かりました。ですがシンさんだけ私のことを何も知らないのは、不公平です。だから、私も少しだけ自己紹介……させて下さい」
彼女は、自己紹介と言うと少し頰を赤らめた。
疑問に思い、俺は首を傾げる。
「顔が赤いが、どうかしたか?」
「私、お恥ずかしながら、人と会うのが初めてなんです。だから、初めての挨拶や自己紹介が嬉しくて……」
成る程、最初に顔を赤くさせていた原因がやっと分かった。
俺の笑顔でそうなった訳ではない、と。
ま、まあそうだよな……。
安心出来たのだが、同時に一抹の寂しさも感じてしまったことは秘密にしておこう。
「なので、会話があまり上手に出来ないかもしれません。そこは、許して下さると幸いです」
彼女の喋り方に何処か違和感を感じていたが、そういうことだったとは。
人と喋った経験が無いのだ。
声量に不自然な凹凸がついてしまうのも仕方がないだろう。
「で、では。自己紹介しますね!」
「おう」
「私の名前は……無いです。好きな食べ物は、分かりません。苦手な食べ物も……分かりません」
「お、おう」
最初はあんなに張り切っていたのに、今の彼女はどんよりとした雰囲気を醸し出している。
重い重い!
ひたすらに重いからそれ以上はやめろ!
まずい。
この空気を変えなくては!
「え、えっと、そうだ!趣味なら分かるか?」
「は、はいっ!趣味は、読書です。何もすることが無かったので、趣味は読書以外にあり得ません!」
彼女は花開くような笑顔を浮かべている。
だが……。
重いわ!
その背景が重過ぎて同情しか湧かねぇよ!
「本当に、読書は素晴らしいんです。最初は字も読めず悪戦苦闘していましたが、読めるようになると私の小さな世界が広がったように思えて……!」
そう言う彼女の表情に一切の陰りはない。
だけど……。
重いって!
小さな世界とか言うなよ、涙が出るだろ。
「読書っていいですよねぇ。是非シンさんも読んでみて欲しいです。特に、この本はドロドロの悲恋が私の中にある何かを刺激して、良いんです!」
そう言いながら、彼女はダンシングプリンセスという本を俺に向けてグイグイと差し出してくる。
俺は、それを手で制しながら自己紹介の続きを促す。
彼女は、好きな事の話になると永遠に喋り続けれるタイプだ。
一旦、別の話題に移さなくては。
「ま、また読む!だから今は自己紹介の続きをしてくれるか?」
「あ、すみません。つい私の本への愛情が……」
漸く正気に戻ったのか、彼女は一度俺に謝罪して、コホンと咳払いをする。
「では。私は、先程も言いましたが名前や出自などが全て分かりません。ですので、今までの私の生活をお話ししますね」
そこからの話は、あまり長くはなかった。
彼女は、ずっと前からこの部屋の外に出ようと試みていたが、ドアは開かず窓も一切無いので脱出は叶わなかったという。
なので、諦めてこの部屋に山積みになっている本で暇潰ししようという結論に至ったらしい。
そして、今日もまた変わらずに本を読んでいたら、突然俺が部屋に入って来た。
たったそれだけだ。
「だから、今とっても嬉しいんです。シンさんが来てくれて、良かった」
だが、その淡白さが余計に俺の気持ちを煽った。
彼女の言葉には歓喜が溢れているが、ただ俺みたいなやつと出会っただけで幸せと感じる。
そんなのは不幸だと思った。
だから、余計似彼女を連れ立ちたいと思い、気がついたら口が開いていた。
だが。
思いの強さは、俺と同じだったようだ。
それよりも早くに、彼女は声を発した。
「先程、シンさんは人を守る為に、強くなる為に、自分の家族のような人達を生まない為に旅をしたいと言いましたね」
そうだ。
俺は自己紹介の際に先んじて、自分の意思を彼女に伝えたのだ。
シンの、いや、俺の家族を救えなかった贖罪のため。
奇しくも前世と同じ自分本位な理由だが、それは偽りのない思いだった。
「私は、その意思に感銘を受けました。ですから……いや、これは私の我儘なのかもしれません。シンさんと共にありたいという、ただの私のエゴです。」
彼女は座っていた姿勢を正し、上体を前方に倒して額を床につけた。
所謂、土下座というやつだ。
「どうか、私を行かせてください」
そして力強く、再度言った。
「どうか、一緒に」




