表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
65/66

64 オレンジ

メアリからリボンを借りたセラは大急ぎで城に戻った。

お昼がまだなユリウスと交代するためだったのだが、

彼女が戻った時には既にユリウスは昼休憩に入っていた。

彼の代わりにいたのは「随分とゆっくりしたお帰りですねぇ」と微笑む

ドラウンと、呆れ顔にほんの少しの心配を混ぜたオックスだった。

教科書と向き合っているシャーロットからも似たような視線が飛んできて、

セラは本当に申し訳ない気持ちで一杯になる。


噂と言うものは本当に足が速い。

そして勝手に尾びれを長くしていくものだ。

それに加え、時間に正確なセラが帰って来ないとなると、

余計な心配をかけないはずがない。



本当に、申し訳ない。



ただ自分の精神ダメージの事しか考えてなかった事を、セラは深く反省した。

シャーロットの前で叱られるわけにもいかず、ドラウンと共に廊下に出た

セラは笑顔の圧に負け勢いよく「申し訳ございません!!」と頭を下げる。

その大きな動きに合わせてぶん!と動いたポニーテールに

目立つオレンジを見つけてドラウンは目を瞬かせた。



「それで、そのオレンジ色のリボンが遅刻の原因ですか?」

「はい…いつまでもヴェールヴァルド卿の

 リボンをお借りしているのもご迷惑かと思いまして…」

「あー…いや、彼は…全く、

 これっぽっちも、気にしていないと思いますがねぇ…」



しゅんと肩を落としたセラの言い分に

ドラウンは口の端を引きつらせ、遠い目をする。

彼の脳裏にはつい先ほど共に昼食を取った、話題の人物が浮かんでいた。

時に冷酷無慈悲だと言われるエリオルだが、彼もやはり人の子である。

仕事人間なのは相変わらずではあるが常にセラの行動を気にしている彼の姿は、

何処から見ても娘を心配するただの父親そのもの。

だから”愚かな男どもへの不快感と苛立ち”と

”娘が自分のものを付けているという妙な満足感”という感情に振り回され、

いつになく表情をくるくると変えていても、なんら可笑しくはないのだろう。

ただ、やはり傍目から見ている分には非常に珍しく、可笑しな光景だった。

触らぬ神に祟りなし、と一緒に食事をとったメンバーは

どうも気になる話題ではあるが、自ら逆鱗に触れるような

恐ろしい真似をすることが出来ず、そわそわした時間を過ごした。

後半は呟くような音量だったので、上手く聞き取れず首をかしげる

セラに彼は「いいえ、こちらの話ですので」と苦笑いを返した。



「それに…まあ、貴方の言いたい事も

分からなくはないですし…今回は多めに見ましょう」



ドラウンはこう言ったが、正しくは”セラがエリオルの

リボンをつけている現状はあまり好ましくない”からだ。

彼らが実は親子である事を知っているのは極一部の人間だけ。

知っている者たちからすれば、どうって事のないこの現状も、

知らない者たちが気づいてしまうと、どう転ぶかがわからない。

親子だと気づく者はそうそういないだろうが、

セラが”ヴェールヴァルド卿”に気に入られているという

認識はほぼ間違いなく、持つだろう。

そしてそれは同時に、ただでさえあまり良くない

セラへの認識を更に落とす事につながりかねない。

嫌がらせの報告は今のところ聞かないが、いつ聞かされても

可笑しくない状況になってしまうのだけは、ドラウンとしても避けたいところだ。

ついでに言うなら、それを防ぐことでセラの優秀なボディーガードから

彼らを守る事にもつながるのだ。

城内で血を見るようなことは遠慮したい。



「次はないですからね」

「はい。肝に銘じておきます」



しょんぼりと肩を落とすセラに

ドラウンは自分も随分とほだされたものだなぁと一人苦笑いを浮かべた。

そしていつまでもセラをしょげさせているわけにはいかない。

彼女には、しょぼくれた顔よりも笑顔の方が似合うのだから。

そしてさっきから容赦なく突き刺さる視線の圧もそろそろ辛い。



「オレンジというイメージはなかったですが、そういう色も似合いますねぇ」

「ありがとうございます。

 私としては、普段あまり身に着ける事のない

 色なので、ちょっと落ち着かないんですけどね…」

「ふふ、セラ嬢らしい答えですねぇ。

 ですが、それは年頃の娘さんとしてはちょっと心配になります。

 これを期にもう少しおしゃれを楽しむようにしてみてはいかがですか?」



ドラウンは微笑みを浮かべ話題を変えた。

褒められる事に慣れていないセラは照れてしまい、視線を泳がせる。

それに気づき微笑ましそうに目を細め、

良い事を思いついた!と言わんばかりに提案してきたドラウンに

彼女は居心地の悪さを誤魔化す様に「そうですねぇ」と苦笑いを浮かべた。


セラはおしゃれが苦手だ。

正しくは可愛い服を見るのは好きだが、着たいとは思わない。

どちらかというと、可愛く着飾った可愛い女の子を見ている方が楽しい。

それが彼女の正直な気持ちである。


それにセラは旅人である。

目立つ色を纏うとモンスターに見つかりやすいし、

動き辛いひらひらのスカートなんて以ての外だ。

セラの最優先はいつだって自由に生きる事。

可愛いく着飾るなんて、二の次どころか、数えると相当下の方だろう。

最低限の身だしなみは心得ているので、質素には見えても、

見すぼらしくはないラインをしっかりキープしてさえいればいいと彼女は思っている。



会話が途切れたタイミングでセラはてっきり部屋に戻りオックスと

交代するものだと思ったのだが、ドラウンに止められて目を瞬かせた。

不思議そうに見上げてくるセラに

彼は真剣な顔をして、そっと彼女の白い頬を撫でた。

突然のドラウンの行動とその優しい手つきに、セラの心臓が跳ねた。



「自分では気づいていないのかもしれませんが、顔色が悪いですよ。

 就任以来、ちゃんとした休みを取らせてあげられていない私が

 言うのもなんですが、疲れがたまっているのでしょう。

 こちらは大丈夫ですので、今日はもう休みなさい」



驚きからフリーズしていると、心配そうな表情で

「姫様も心配していらっしゃいますよ」と付け加えられ、

「大丈夫です」と強がることは出来なくなってしまった。

だから大人しく「…はい、すみません」とその言葉を受け入れる。

「しっかり休むんですよ」と念を押してドアの向こうへ戻っていった

ドラウンを見送り、セラは一人残された廊下でふうと息をついた。

そしてシロを連れて、ドアに背を向け歩き出した。


オックスに迷惑をかけている事は非常に申し訳ないが、

正直こうして時間を貰えたのはとても有難かった。

この城に来てから、まだ2週間ほどしか経っていないが

セラは思っていた以上に掛かるストレスが半端ない事を思い知り、

甘く見ていた自分を恨んだ。

そもそも集団生活だけでも、相当削られるのだ。

前世はその中に身を置いていたとのだから、大丈夫だと思っていたのに。

旅をし、自由を知った反動は想像よりもずっと大きかった。

シロと気ままに旅をしていた頃が懐かしく感じる。

そして何より、一人の時間がとても恋しいとセラは強く思った。



「失礼します」

「セラ嬢?」

「あれ、今日はもう休ませるって

 ドラウン副隊長言ってなかったっけ?」

「お休みを貰いました。

 でも、その前にこれを返さなくちゃと思って…」



セラが開けたドアは、詰め所のものだった。

いつも通り軽くノックをしてから入ってきたセラに中で休憩を

取っていたディルヴァとハーヴェイが驚いた顔で振り返る。

なんでここに?と怪訝そうな2人にセラが苦笑いを浮かべ

ポケットに大事にしまっていた”リボン”を取り出す。

途端に「あぁ」と納得した顔をし、何か言いたげな様子を見せる2人も

気になるが、それ以上にセラは彼らの足元が気になって仕方がなかった。



「…あ、これ?まあ見たらわかるかと思うけど、お仕置中」



セラの視線から言いたい事を察したハーヴェイが苦笑いを浮かべた。

その隣ではディルヴァが至極当然と言った顔で深く頷いていて、

セラの口からは小さく「うわぁ…」と引きつった声が漏れた。

視線の先には床で腕立て伏せをしている、アルフェリアの姿。

その広い背中には分厚い本が積み上げられていて

いつも真っ先にセラに反応する彼の余裕を根こそぎ奪っていた。



「~~~~~っ!!」

「…」

「いやいやいや。何しようとしてんのセラ嬢」

「ですが、」

「君はいいんだ。ドラウンだって許しただろう?」

「でも…」



言葉にならない悲鳴を上げているアルフェリアの隣へ移動して

そっと膝を折ろうとしたセラに、彼女の意図に気づいたハーヴェイが

慌てて立ち上がり、その細い腕をつかんだ。

呆れた顔で見下ろすと、アメジストが文句ありげに見上げてくる。

ディルヴァもハーヴェイを援護するために即座に言葉を投げかけてきた。

それでも、食い下がろうとするセラを

ハーヴェイが強制的に近くのソファへと座らせる。



「でもじゃないの。

 これは走らずのんびり歩いて帰ってきたアルへの罰なんだから」

「ハーヴェイの言う通りだ。例え遅刻を免れないとしても、

 せめて走って帰ってくるくらいの誠意を見せるのは当然だろう?

 私たちがそう考えるのを理解しているのに、

 やらないアルフェリアが悪い」

「そういうこと。だからセラ嬢が気にすることはないよ」



2人がかりで説得されてセラは渋々頷いた。

これが遅刻した王騎士への罰なのだとしたら、

自分もそれを受けるべきだと思ったからの行動だったのだが、

よくよく聞けばアルフェリアの自業自得だそうなので、恨めしそうに

見上げてくる視線には、セラはにこりと笑顔だけを返す事にした。


その時何を思ったのか、

狼サイズのシロがひょいっとアルフェリアの背に乗っかった。

突然の負荷に「ぐぇっ!?」と声を上げてアルフェリアが崩れ落ちる。

「あっ、こら!」咄嗟にセラがシロを叱り、退かそうとするも、

こういうときに限って知らんぷりをするのだから賢すぎるのも困ったものである。

本がばらばらと落ちるのも構わずに、伏せの体制を取るシロに抗議するように

アルフェリアがべしべしと床を叩くのを見てハーヴェイが噴出した。



「シロ、もう行くよ」

「わふぅん」



与えられている机の引き出しから取り出した封筒に

綺麗に折りたたんだリボンを入れたセラがそう声をかけると、

仕方ないなと言わんばかりの態度でシロが漸くアルフェリアの背中から降りた。

のそりと体を起こしたアルフェリアは「潰れるかと思った…!」と

言いながら、「面白い物を見た」とにやにやしているハーヴェイを睨む。



「すみません、アル先輩」

「んーん、いいよ。

 まあ、ディルヴァ副隊長の言う通り、自業自得だしねぇ」

「全くだ」

「あはは…それじゃ、返しに行ってきますね」



戻ってきたシロの頭を軽く小突き、

セラが申し訳なさそうにアルフェリアに謝った。

へらりとした笑顔で軽く許したアルフェリアに彼女は

もう一度ぺこりと頭を下げて、そそくさと執務室を出て行った。

ドアの向こうに消えたポニーテールを見送って、

アルフェリアはそれまで浮かべていた笑みを消し去る。

間近でその落差を目撃してしまったハーヴェイが

「怖ぇよ」と顔を引きつらせた。



「…セラちゃん、オレンジのリボンしてた」

「それがなんだよ?ちょっと意外だったけど、似合ってたじゃん」



ぽつりと呟いたアルフェリアに

ハーヴェイはひょいっと片方の眉を上げた。

そして先ほどの黒に映えるオレンジを思い出し、やっぱ女の子は

あれくらい華やかの方がいいな、なんて内心で思いながら感想を述べた。

ディルヴァもそれに同意するように深く頷いている。

そんな2人の傍で床に座り込んだままのアルフェリアは

「まあ、確かに似合ってたし、可愛かったけど」と同意したのち、

難しい顔で黙り込んだ。


ーー彼の脳裏には今、とある女性の姿が浮かんでいた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ