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65 美少年ズ

セラはぽかんとしていた。

彼女にとって、しっかり気合を入れないと対峙出来ない事案

(つまりは、ラスボス(エリオル)にリボンを返すというミッションである)が

思いのほかあっさりと片付いたからだ。

バタン!と勢いよく閉まった大きな扉の向こうから

「貴様、また性懲りもなく…!」だの「私の話をちゃんと聞け!!」だのと

漏れてくる怒鳴り声にセラは「そっか」と小さく呟いた。



「そうだよね。すっごく忙しい方、だもんね」



ぽつりと呟いた自分の言葉にセラはどっと体の力が抜けていくのを感じた。

そして数分間の自分の姿を思い出し、がくりと項垂れる。

この扉を前にしたセラはラスボスが

待ち構えている最終ステージへ挑む勇者の気分だったのだ。

正直エリオルには悪いと思わなくもないが、

セラからすると彼はやはりラスボス的なポジションなのである。

だから扉をノックするのには、実はかなり勇気がいった。

紫色のリボンとお礼の手紙を入れた封筒を渡すだけだというのに。

頭では簡単な事だとわかっていながらも、中々決心がつかず、

やたら深呼吸を繰り返し、ノックをしようと手を伸ばしては

引っ込めるというセラ”らしくない”動作を繰り返していた。

そうして、漸く行動に移したのが少し前。

結果は先ほど冒頭で述べた通り、実にあっけない程あっさりと片付いた。

拍子抜けしてしまったほどに。



「…クロフォード様、さまさまかな」



いつまでもその場にいるわけにもいかず、

シロを連れて歩きながらセラはそう呟く。

エリオルを訪ねてきたが、生憎彼は会議に出席しているらしく不在。

暫く帰って来ないとの事なので、対応してくれた

メルヴィスに封筒を渡して貰えるようにお願いした。

すると少し難色を見せたが、直後に襲った”爆音”に彼は

困ったようにほんの少し下げていた眉を限界まで吊り上げた。

そして口早に「私が責任もってお返ししておきます」と告げ、

勢いよく扉を閉めて爆音を作り上げた

元凶である人物のもとへと怒鳴り込みに行ったのだった。



「さて、これからどうしようか」

「くぅん?」

「本当は気分転換をしに行きたい所だけど、

 城からは出ない様にって釘をさされちゃったしなぁ…」

「わふん」



人気の少ない廊下を一人と一匹がのんびりと歩く。

窓から入り込む日差しの力強さにセラは眩しそうに目を細めた。



どうしようかなぁ…?

お休みを貰ったのは嬉しいけど、

部屋に戻ってじっとしてるってのはなぁ…

勿体ないっていうか、正直、性に合わないんだよねぇ…



うーんとセラは腕を組んで頭を悩ませた。

疲れているのは確かなのだが、こんな時間からベッドに横になる程ではない。

寧ろ今寝てしまうと変な時間に目が覚めて夜に眠れなくなってしまいそうだ。

許されるのなら、シロと一緒に森にでも行って思いっきり体を動かしたい所である。

これまでの様に自由に駆けるシロの背に乗せてもらい、森を満喫したいのだけど…



「…破ったら、なんか更に面倒な事になりそうだしねぇ」



例え、本当に森に行ったのだとしても。

今の状況を考えると、信じて貰えないだろうと簡単に想像がつく。

これ以上勝手な憶測が飛び交うのは避けたいので、周囲が落ち着くまで

うずうずする気持ちにセラは強引に蓋をする事にした。

するとつきたくもない「はぁ…」ため息が漏れてしまい、

何て素直なんだ自分…とセラは自分自身に呆れた。



「…図書室にでも行こうかな」



丁度、調べたい事もあるし。

そう思ったセラはくるりと方向転換をして、目的地へ向けて歩き出した。

今までののんびりした歩調とは違い、颯爽とした足取りで

トレードマークであるポニーテールと鮮やかなオレンジのリボンを揺らして。


図書室に辿りついたセラは感嘆の息を漏らした。

前にも一度着た事はあるが、何度見ても素晴らしい光景だと彼女はうっとりする。

高く聳える本棚の列、ぎっしりと詰まった書籍、インクの匂い。

元々読書家であり、歴史が好きな彼女からしたらこの場所は、

”最高”としか表現できない程に素晴らしい場所だった。

なんせ、普段はお目に掛かれない貴重な資料も多く保管されているのだ。


うきうきと弾む心を押さえ、セラは棚の間を縫い背表紙を見て回る。

心惹かれるタイトルの数々につい手が伸びてしまいそうになるのを、

ぐっと堪えて目的の書物を探す。

シロはというと閲覧用に設置されている机の傍にあるソファで丸くなっていた。

暫くしてセラが分厚い本を3冊程抱えて、戻ってきた。

それらを静かにテーブルに置いて彼女は気持ちよさそうに眠る相棒の

頭をそっと撫で、音を立てない様に椅子に腰を下ろす。

そして古い表紙を壊れ物を扱う様な、優しく丁寧な手つきで開いた。


セラは本を読み始めると没頭してしまう癖がある。

こうした静かで安全な場所では特に。

だから正面からじっとこちらを見つめる視線が、

いつから向けられていたものなのかすらわからず、彼女は混乱していた。

同時に、頭の片隅で今日の自分がとことんツイてない事を自覚する。

あまりの動揺に舐めていた飴を勢いよく噛み砕いてしまった。


今セラの目の前の席に座っているのは、

何処か全体的に色素の薄い儚げな雰囲気の美少年、

クラウシス=クランドールその人であった。



ちょ、まさかのエンカウント…!

言われた通り大人しく部屋で休んでいればよかった…!!



そう後悔するも、当然後の祭りとしか言いようがない。

あの中庭でのファーストコンタクト以来、一切絡む事も

顔を合せる事もなかったので正直安心していた人物とのまさかの再会、

そして理解に苦しむ現状にセラはパニックに陥りそうになった。



「…あの、」



視線も沈黙も痛い。痛すぎる。

それをどうにかしようと思い切って口を開いたつもりだったのだが、

出した声にありありと困惑がにじみ出ていて彼女は少し情けなくなった。

けれども目の前の相手は全く気にならなかったようで、



「今の”魔力吸収”の術式?」



と、挨拶だとかそういうのをまるっと無視して、

ストレートに疑問だけをぶつけてきた。

ビスクドールを連想させる程整った顔立ちに表情は一切なく、ひたとセラを

見つめるアイスブルーの瞳からすら彼の感情を読み取ることは出来ない。

けれども、敵意等の負の感情も全く感じられないので

セラは戸惑いながらも「ええ」と素直に頷く。

そうしてどうやら本を読みながら考えていた歌を無意識のうちに

口ずさんでいた事に気づき、セラは内心で悶えた。



「見せて」

「あ、ハイ…どうぞ」

「ん」



ずいっと無遠慮に差し出された手の平に、戸惑いを残しつつも

セラが素直に従うのは、たった今までガラス玉の様だった瞳に、

好奇心という色が浮かんだからだった。

短く発せられる声も先ほどよりも幾分か早く、弾んでいるように聞こえる。

だから大事に手に持っていた”青い飴玉”を素直に彼に渡してしまう。


ころん、と自身の掌の上に落とされた”興味の対象”を

彼、クラウシスは摘まみ上げ、窓から入り込む太陽の光にかざした。

すると小指の爪よりも小さなそれは光を反射し、

または吸収してキラキラと青く透き通った輝きを放つ。

その美しさに、2人は揃ってうっとりとしたため息を付いた。

角度を変えるごとに濃い青から水色へと違った輝きを放つそれを、

じっくりと堪能したクラウシスが「…凄い」ぽつりと呟いた。

次いで、アイスブルーの瞳がこちらに向けられる。



「こんな質の良い魔宝石、一体どこで手に入れたの?」

「それは、えっと…」



こてん、と小さく傾げられた首の動きに合わせて、

肩まであるプラチナブロンドのストレートヘアーがサラリと揺れる。

彼の背後に薔薇が咲く幻が見えたセラだった。

そしてクラウシスの疑問に口ごもる。

いつもならさらりと答えただろうこの質問に答えるには、

今のセラには少々棘が刺さりすぎていた。



…魔法にしか興味がないって専らの噂だし、

素直に答えても、彼になら、変に勘繰られる事もないか…?



どうしようかとセラが迷っていると、

そこへ第三者の声が割って入ってきた。

カツン、という足音と共に数冊の本を脇に抱えてそこに立っていたのは、



「初めて見る組み合わせだな。何をしてるんだ?」

「王子殿下…!?」



そう、フェリクス=ファルファドス王子殿下である。

スカイブルーの瞳を丸くして、ぱちぱちと瞬かせている

その行動は元々の可愛らしさを更に際立たせていてセラはくらりとした。

慌てて立ち上がると彼に「そのままで構わない」と断られ、

セラは引きつりそうになる頬を必死に堪え笑顔を作る。

クラウシスはペコリと軽く頭を下げていた。



「で、何をしていたんだ?」

「魔宝石を見せてもらってました」



…またもや美少年の登場だと!?しかも今度は可愛い系…!!

くっそ、ホントもう今日マジでどうなってんの…!?

うわぁあああ王子までそこ座るとかホントやめてぇぇええ!!!



意外ではあるが、どうやら仲がいいらしい。

慣れた様子でクラウシスの隣の席を引いたフェリクスに

セラは笑顔を浮かべながら、内心では盛大に悲鳴を上げた。


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