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61 猫のお店

アルフェリアは店内のあちらこちらに猫のモチーフが

飾られているとても愛らしい空間で一人途方に暮れていた。

頬杖を突き、壁に飾られている猫の置物を見ては時折ふ、と

何処かアンニュイな笑みを漏らす彼は傍目からは

ただ黄昏ているだけにしか見えないほど絵になる姿ではあるが。

彼の内心は物の見事に大荒れだった。

故にいつもなら必ず微笑みを返しているはずの、

熱のこもった視線たちに彼は気付けないでいた。


結果から言うと、

セラを喜ばせるという目的は大成功だった。

なんせ彼女はこの店に足を踏み入れた時からテンションが

いつもの1.5倍ほど高いし、オーダーしたサンドイッチが猫の顔の形で

登場した時にはかつて見た事のない程のはしゃぎっぷりだった。

「可愛すぎて食べるのが勿体ない!」と言った彼女に運んできた

ウェイトレスだけでなく、キッチンの奥から出てきたシェフまでもが

嬉しそうに顔をほころばせて。

ただ「写メ撮りたい!」という言葉だけは誰も理解できず、

首を傾げたが聞き返す前にセラが「食べるのが勿体ない!」と言った

その口で勢いよく齧りついた事により飲み込んでしまった。

一口食べた彼女が「おいしーい!」と大変幸せそうに笑うのを見て、

みんなどうでもよくなってしまったのか、誰も問いかける事はなかった。

足元から聞こえるどう考えてもこの場に不似合いな

ボリボリというワイルドな音は、全員聞こえないふりを付き通した。

では、一体何がアルフェリアの心を荒らしているのかと言うと。



「あー、幸せ。お店は可愛いし、ご飯は美味しいし、もう最っ高!!

 王都にこんな素敵なお店があったなんて…!」

「ははは、気に入ってもらえたようで俺たちも嬉しいよ。

 実はこの店はオヤジが君から聞いた話を土台にして作った店なんだ。

 あーでもない、こーでもない、お嬢ならもっと、なんて

 言い続けたせいで1か月前に漸く完成したばかりさ」

「繁盛していると話だけは聞いていたんだが、

 正直なところ半信半疑だったんだ。

 聞いてた以上の繁盛っぷりに驚いていたろころだ」



そう、向かいに座る2人の男たちの存在だった。

通称”黒猫のナシアス”と”灰猫のスコット”と

呼ばれるゼドロス商会の幹部たちである。

どちらも二つ名通りの髪色をしているので非常に分かりやすい。

セラから言わせるとナシアスは醤油顔、スコットはソース顔のイケメンである。

この世界ほんとイケメン率どうなってんの…?と

最近出会うメンズのイケメン率の高さに思わずそう思ったセラだった。



「俺らにゃ似合わなさ過ぎて、茶だけ飲んだら帰るつもりだったんだが」

「シフォンケーキ、頼んでよかっただろ?」

「だな。お前の甘党のお陰でずっと会ってみたかった

 ”白猫のお嬢”に会えたんだからな」



昨日実際にヤールの話を聞いた時も思ったが、

彼らは報告書から想像していた人物像とは、随分とかけ離れた

人柄をしていてアルフェリアは疑っていた自分を殴り飛ばしたくなった。

ヤールは好戦的な性格が見て取れたが、

この2人は30代という年齢に等しく落ち着いていて何処か余裕がある。

そして何よりもアルフェリアをヤキモキさせるのが、

彼らのセラを見る視線だった。

セラの隣に座るアルフェリアにも友好的な態度をとる彼らだが、

それは彼女への態度とは明らかに一線を画していた。

まるで家族に対するような親愛の視線で彼らはセラを見るのだ。

そしてそれは彼らだけではない。

仕事中だからか、食事中のこちらに気を使ったのかはわからないが、

全店員がそれぞれの仕事をこなしつつも、ずっとセラを気にしている。

ちらちら、そわそわ、と向けられる何処か熱のこもった視線たちは

アルフェリアの心をざわつかせる。



「なんか、お嬢がそうやって喜んでくれるの

 見てたら俺もこういう店開いてみたくなってきた」

「単純だな」

「うるさい。お前だってちょっといいなって思っただろ?」

「まぁね。店員もお客も良い笑顔だし、

 ここはお嬢に成功させる秘訣とやらをご教示願いたいものだね」



テンポよく交わされる黒と灰の猫たちの会話に

セラがくすぐったそうに「いやいや、そんな大げさな」と首を振る。

けれど、軽食と一緒に猫グッズを販売しているこの店には

絶えず新しい客がやってきて「可愛い!」「噂通りの素敵なお店ね!」と

声を弾ませているのを見やる彼女の視線には隠し切れない喜びが浮かんでいた。



「だが本当に大繁盛じゃないか。

 俺も確かに猫は可愛いと思うが、

 一体何があそこまで女性レディたちの心を掴むのかねぇ?」



セラの視線追い、会計待ちの列に並ぶ女性たちを見て

スコットが思わずと言った様子でそう疑問を零した。

店内何処を見ても猫、猫、猫である。

猫にちなんだ二つ名を持つ彼らでも流石に猫を押しすぎでは?と

思う程店は猫で溢れかえっていた。

スコットに同意するようにナシアスが頷く前に

「スコットさん」高い声が真面目な色を宿して彼を呼ぶ。

「ん?」不思議そうに戻ってきた視線にセラはキリリとした顔を作った。

不意に変わったセラの声色にスコットだけでなく、

アルフェリアとナシアスもなんだ?と真面目な顔をして彼女を見やる。



「”可愛いは正義”なんですよ」

「「「は?」」」



「いいですか」と前置きをした彼女の言葉に男たちは声を揃えた。

疑問符を頭上に浮かべている彼らにセラは口を尖らせ、

まるで子供に言い聞かせるように言葉を続ける。



「だから、”可愛い”だけで価値があるんです。

 ”可愛い”はそこにあるだけで癒しと幸せをくれるので、みんな大好きなんです」



真面目な顔で何を言い出すのやら。

セラの持論を聞いた男たちは揃ってそう思ったが、

しかし店内には”可愛い”を求めてやってくる女性が後を絶たない。

それはつまり、目の前の少女が言う”可愛いは正義”という自分たちには

理解出来かねる持論が、間違ってはいない事を証明していた。

無言で店内を見渡せば、確かにみんな幸せそうである。

セラに視線を戻せば、彼女はほらね!と言わんばかりのドヤ顔だった。



「ふっ、そうだな」

「お嬢の言う通りだ。いやぁ、本当に参考になるよ」



噴き出したナシアスが震える声で同意し、

同じく笑いを噛み殺しながらスコットが頷く。

ここが店内で他に客がいなければ、2人とも遠慮なく声を上げて笑っただろう。

なるほど、これは”あの天邪鬼なへそ曲がり”が惚れるわけだと、

浮かぶ涙をぬぐいながら彼らは妙に納得した。



「じゃあもう一つ参考までに。

 お二人は猫を押しすぎだと言いますが、

 私からすればもっとごり押しすべきだと思うんです。

 やるならばとことん、ここまでやるかというところまで徹底的に」

「ごり押し…」

「…例えば?」

「そうですねぇ…まずは、値札の作り直しですかね。

 字も大きくてわかりやすいのはいいんですけど、

 どうせなら紙を猫の顔の形に切って統一したい所です。

 ウエイトレスさんたちのお揃いのエプロンの隅にでも

 肉球マークを刺繍したり、”隠し猫”を設置したり…

 細かいところを言い出すとキリがないので、とりあえずこの辺にしといて

 あぁ、あと”看板猫”を飼うってのもいいですね!」

「「”看板猫”?」」



次々にアイディアを出していくセラにナシアスとスコットはポカンとする。

にこにこと楽しそうな彼女には悪いが

その案たちが利益につながるとは思えなかったのである。

けれどもそれは2人だけなようで、アイディアを聞いていた

他のスタッフたちだけでなく、客たちの目までもが輝き出したのに

気づいた2人は驚きに目を瞬かせる。

そしてここは要らぬ事は言うまいと口をしっかりと閉じた。

この女性特有の雰囲気を前に余計な事を言ってしまうと酷い目に合う事を

2人は嫌と言う程知っているからだ。

なのでスタッフや客たちと楽しそうに喋り出した

セラを2人は紅茶を片手に見守る事にした。


アルフェリアはと言うと、より一層もやもやした気持ちが強くなっていた。

それはセラを見る2対の目が更に優しい温度を持つようになった事と、

セラには本当に商売人としての

才能があるという事を目の当たりにしたからだった。

そして何より、彼らと話している彼女はとてもイキイキしていて。

彼の深いエメラルドの瞳にはセラが今着ている

自分と同じ騎士の制服が、なんだか窮屈そうに、見えてしまって。

彼はその考えを振り払うように、残っていたグラスの水を勢いよく飲みほした。



「あっ、あの!」

「はい?どうしました?」



そろそろ席を立とうかというタイミングで、

食事を運んできたウェイトレスが声をかけてきた。

彼女の明るいヘーゼルの瞳がじっとセラを見つめてくるので、

なんだろう?と首を傾げて問い返す。

「メアリ?」「いきなりどうした?」

ナシアスとスコットが不思議そうに声をかける。

すると彼女は緊張した面持ちで、ちらちらとナシアスたちの方を

気にしながら、頬を染めもじもじした様子で口を開く。



「あの、いきなりすみません…!

 でも、どうしても、私、貴方に言いたいことがあって…!!」


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