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60 5人目

マルコと別れたセラはシロを連れて食堂を目指していた。

相変わらず勝手に集まる視線の多さにげんなりとしながらも、

表面上はいつも通りのマルコ曰く”大人びた可愛げのない”様子で。

カツカツといつもよりも少し早足で歩くセラの歩調に合わせて

高い位置で結ばれたポニーテールが揺れる。

ふと何気なく傍にある窓に目をやったセラはそこで漸く、

自身のトレードマークを作り上げている”モノ”の存在を思い出した。

余りの衝撃に目を見開き、不自然なほどにビタリと動きを止めてしまう。

凝視するのは見慣れた黒髪を飾る、深く上品な紫。



やっばい。

完全に忘れてた…!



朝一番で起こった最初の予想外の出来事を思い出し、

セラはサァっと顔を青くした。

そして今までちょっとは感じていた空腹が完全に消え失せた事を感じ、項垂れる。



そりゃ、一難去ってまた一難とは言うけど、続きすぎじゃない?

というかハードルが高すぎない?

姫様やヴィオラからの質問攻めだって結構なダメージを

食らったっていうのに、それ以上の難題降りかかってきすぎだわ…

お父様とか…ラスボス最近出現しすぎだし…

まあ、ここが彼の住処、じゃないや、職場なのだから、

仕方がないのは仕方がないのかもしれないけどさぁ…!



がくりと肩を落とした彼女はどうした?と問いかける様に

足元から見上げてくる金色の瞳にへらりと力ない笑みを返した。



「ごめん、シロ。お昼ご飯外に食べに出てもいい?」



このリボンの代わりになる紐を買いに行くついでに。

最早セラ的にはお昼ご飯が”ついで”な心境である。

そんな彼女の思いが通じたのかシロも「わふ」と一つ吠えて、同意を返した。

同意を得たセラはくるりと方向転換をして、足早に廊下を突き進む。

お昼休みはすでに三分の一が費やされてしまっていた。



「セラ殿」



駆け足気味に門の前までやってきた

セラを呼び止めたのは、これまた見知らぬ剣騎士だった。

濃い赤毛に緑の垂れ目。

何処か親近感を覚えるその容姿を見た途端、セラは今度は何だ!?と

厄介事に身構えていた気持ちから尖っていただろう視線をぱちりと瞬かせた。

そのままふらりと倒れたくなる気持ちをどうにか堪え、

不機嫌丸出しの仏頂面でキラッキラと

光輝く薔薇のエフェクトを背負った男を見やる。



こ、このタイミングで、5人目ぇぇえッ!?

嘘でしょ!?正直今それどころじゃないよ…!?

これ以上ややこしくしないでぇ…!!



内心ではそう叫び、引きつりそうになる頬を必死に抑え込む。

しかし、見れば見るほど、誰かに似てる…でも、流石にそれはないか。

うん。ないない。違っててほしい。

そんな彼女の思いは完全なる現実逃避の末の願望である。

こちらを鋭く睨みつけてくるグリーンに彼女は

脳裏でウィンクをかました男を即座に消去した。



「…何か?」

「どちらへ向かわれるので?」

「…昼食を外で取ろうかと思いまして」



怪訝そうな視線を隠しもしない男に

セラはにこりとよそ行きの笑みを浮かべて答える。

急いでるのに!と焦る気持ちは顔には出さずに、

じっとこちらを伺う様に見てくるグリーンを見返した。



これは、あれか。

もしかしてヤールに会いに行くと思われてるのかな?

っていうか会いに行っちゃ駄目なの?

そりゃ、今はまだちょっと気持ちの整理が出来てないし、

時間が足りないから行かないけど、

近いうちに会いに行く予定なんだけどなぁ…



うっかりしっかりヤールに

ときめかされてしまったセラの心は実は既に決まっている。

ならば返事は早い方がいいだろうと思い、

時間を作って伝えに行こうと思っていた。

けれど、何故初対面の彼が態々自分を呼び止め、

行き先を問いかけてきたのだろうかと考えて

とある推測に辿り着いた彼女は無意識に眉を寄せた。



…まさかとは思うけど、私の行動、見張られてたりする?

そりゃ彼らの悪評は知っているし、昨日の今日でその評判が覆るわけが

ないのも、従って彼らと仲がいい私が疑われるのもわかるけど…

ヤールに返事をしに行かなきゃいけないんだもの。

いざとなったら振り切ってやろう。



セラがそう心に決めていると

丁度目の前の男も何やら考えを決めたようだった。

への字を描いていた唇が重々しく開かれる。



「…私も、ご同行させて頂いても?」

「……何をお疑いになっているのかは存じませんが、

 お名前もわからぬ殿方と一緒に食事をするのはご遠慮したいですね」



どう考えが纏まったのか、同行を申し出てきた男に

セラは胡乱な視線を隠す事なく素っ気ない態度で言葉を返した。

呼び止めておいて名乗りもしない男に払ってやる礼儀などない。

セラの態度に男はカチンときたようだった。

鋭い視線が交差し、お互いに一歩も引かぬ苛立ちを弾けさせる。

そんな2人にお腹が減っているシロが苛立った様子で唸り声を上げると、

馴染みのある深緑よりも明るいグリーンの瞳は驚いた様子で視線を移した。

空腹のせいでいつもより鋭い金色の瞳と目が合うと彼は少し怯んだ様子を見せる。

思わず、情けないと思ってしまったセラは嫌な笑みを浮かべそうになった

自分に気づき、慌てていつも通りの笑みを意識した。

不機嫌なシロを前に怯えるなと言う方が無理があるのだ。



シロが昔から私にだけは甘いからって、

それを鼻にかけるような事はするな、見っとも無い。

シロと一緒にいたければ、虎の威を借りる狐のような真似だけはしちゃ駄目。



まるで呪文のように、自分自身に言い聞かせる。

これは常々注意している事だった。

自分が嫌いな人種にならないように心がけているのと、

恐らくではあるがセラがそういった態度をとるとシロが離れて行ってしまう気がして。

頼もしすぎる相棒は時にセラの心を傲慢にしてしまう事もあるのだ。

シロはセラにとってとても大切で、大好きな相棒である。

これからも一緒に旅をしたいと思っている彼女はいつもこうして己を戒めていた。



だからこのまま笑顔で「空腹でシロの我慢が切れそうなので、

ご飯を食べに行ってきますね。ご機嫌よう」とでも告げてこの場を去ろうとした。

流石に無理やりついてきたりはしないだろう、

そう思って口を開こうとしたその時。



「あっいたいた!セラちゃーん!」



無駄に明るく人懐っこい声が響いた。

思わず、2人揃って眉を寄せてしまったのは仕方がないだろう。

2人にとって知った人物の声であり、

共通して何となく今は会いたくない人物だったのだから。

手を振りながら駆けてくる彼はセラの前に立つ男に気づいて

「あれっ」と声を漏らした。

そして眉を寄せた事にセラは驚いた。



「テオ…セラちゃんと何してんの?」

「別に。アンタに関係ないだろ」



つい先ほど似たような会話を聞いたばかりだなぁと

セラは目の前にいるよく似た配色の男2人をぼうっと眺めた。

シロが唸るのを宥める為にしゃがみ込んで喉を撫でてやると

彼は仕方がなさそうにため息をついて、目を細めセラの手にすり寄ってくる。



可愛い。

めっちゃ癒される。

やっぱりシロがいなきゃ、私、生きていけない。



直視したくない現実と蓄積し続けるストレスにそんな事まで思ったセラだった。

そんな彼女の心境など知らない2人は

何故かどちらも眉を寄せ、若干嫌そうなオーラを放っている。

現実逃避からか頭上で交わされる何処か剣呑な雰囲気漂う会話を

セラの耳は努めて拾わないように努力した。

「チッ」と舌打ちが聞こえたので顔を上げると、

不機嫌極まりないグリーンと目が合った。

会話を聞いていたわけではないし、どうしようとセラが反応に困っていると、



「テオファルド」

「え?」

「だから!俺はテオファルド=ベルセリオスだ!」



一方的に名乗り、突然の出来事に呆けるセラを気にする事なく

彼は「失礼する!」と大きく宣言し、大股で去っていった。



「セラちゃん、ごめんね。あいつホント愛想も態度も悪くてねぇ…

 何か失礼な事言われたりしてない?」

「…いえ、大丈夫です」



「シロくんも、ごめんね?」とシロにも謝罪を入れたアルフェリアは、

しゃがみ込んだまま遠ざかる背中をポカンと見ているセラに手を差し出した。

流石に取らないわけにはいかなくて、そっと手を乗せると

絶妙な力加減で引っ張り上げられる。

いつもの視線に戻ったセラにアルフェリアは申し訳なさそうに、

それでいて気まずそうに頬をかいた。



「…まぁ、気づいたとは思うけど、あいつ俺の弟なんだよねぇ。

 ホント俺と正反対っていうか、堅物すぎて面白みの欠片もない男だけど」



愚痴る様にそう言ったアルフェリアは次の瞬間には

「ご飯食べに行くんでしょ?俺も一緒していい?」と

いつものヘラヘラした笑みを浮かべて問いかけてきた。

その変わり身の早さと、同じ内容の言葉を言っているにも関わらず

血の繋がった兄弟だというのに雲泥の差もある態度の違いに

セラは乾いた笑みを浮かべて「はい」と頷いた。

正直に言うと断りたかったが、残念ながら駄々を捏ねて無駄にする時間がないのだ。


アルフェリアと連れ立って賑わう通りを進む。

おすすめの店に案内しているアルフェリアは機嫌よさそうで

常ににこにこと笑顔を絶やさず、話しかけてくる。

それは彼の通常運転ではあるが、城にいる間も一部の人間から

突き刺さってくる視線と同じ、嫉妬を含んだ鋭い視線の数々に

セラはアルフェリアの話に頷きながら顔が引きつらない様に必死だった。

いつか本当に刺されるんじゃないかと、彼女は気にしていた。



「ここだよ」

「わぁ…!可愛いお店」



アルフェリアに連れて来られたのは意外にも大通りではなく、

それから数本離れた裏路地にあるこじんまりとした店だった。

猫の顔の形に切り取られた木製の看板には

”猫好きによる猫好きのためのお店・キャットテール”と書いてあり、

セラはとても驚いた。



なんだこの妙に親近感の湧くキャッチコピー。

前世か。



なんて突っ込みを入れていると「どうぞ、レディ」なんて

気障ったらしい言葉と共にアルフェリアがドアを開けてくれた。

ドアの向こうは、セラにとって何処か懐かしく感じる内装になっていて

彼女は思わず感嘆の声を上げる。

飲食店ではあるようだが、猫をモチーフとした雑貨なども販売されていた。


店内はまさに”猫好きの為のお店”を名乗るに相応しかった。

いたるところに猫を模る装飾が施され、扱う商品も猫に特化している。

この世界でこういった店に出会うのは初めてで、

自然とセラのテンションが上がる。


きょろきょろと店内を見回すセラの表情に自然な笑みが

戻ったのを見てアルフェリアはそっと胸を撫で下ろした。

他の客の迷惑にならない様に小声で“可愛い”を連発する

セラにつられる様にして浮かぶ笑みをそのままに、

アルフェリアが空いている席に彼女をエスコートしようとした。



「…もしかして”白猫のお嬢”か?」

「はい?」



不意に傍のテーブルから聞き慣れない声が、彼女を呼んだ。

その”呼び方”にアルフェリアはハッとし、内心で大きく舌を打った。

噂の的になっているセラの心を少しでも軽くしてあげたくて。

前に他の女性から教えてもらった、彼女が好きな”可愛いもの”を

集めて作られたようなこの店に連れてきたと言うのに。



馬鹿か、俺は!



そう、アルフェリアが後悔しても、もう遅い。

あの時の彼女が大の猫好きだった事を失念していた。

店内を見渡せばどこもかしこも、可愛らしい猫の装飾ばかり。

思わずセラを連れて店を出たい衝動にかられるも、

既に彼女は「…あっ!もしかして、”黒猫”さんですか?」と

声をかけてきた男たちに友好的な笑顔を向けているため、

断念せざるを得なかった。

無理に連れ出したりすると、角が立ってしまう。

だから渋々すすめられるままに、彼らと同じテーブルについた

アルフェリアは男たちの背後にあった可愛らしい猫の置物を鋭く睨んだ。

完全な八つ当たりだ。


それに気づいた男たちが静かにまるで猫の様な笑みを

浮かべたのを見て、彼はぐっとテーブルの下で拳を握った。

そうでもしないと嬉々として子犬姿のシロと一緒に

可愛い猫のイラストが描かれたメニュー表をのぞき込む、

セラの細い腕を今にでも掴んでしまいそうで。


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