53 大混乱
※セラ視点です。
顔から火が出る。
そんな表現をセラは今、身を持って経験している。
心情的にはただ”出る”だけじゃなく”噴き出る”と表したいくらいに。
猛烈に恥ずかしい。
いや、正確には、照れくさくてしょうがない。
―――現在、進行形で。
ヤバい。
兎に角、何だ今の、ヤバい、心臓ウルサイ。
そんな言葉ばかりが脳裏をぐるぐるしていて、
他に何も考えられない。
ただ、尋常じゃないくらい、熱い。
それなのに、いつの間にか機能を停止し、また勝手に再起動させたらしい
耳が周囲の騒めきを拾い上げ、とどめを刺しにかかってくる。
羞恥心が込み上げてきて思わず顔を隠す様に俯けば、
普段は視界に入ってこないサイドの髪が滑り落ちてきた。
赤く染まり点滅するHPゲージに
追い打ちをかけるようにフラッシュバックが起こる。
逃げる様にぎゅうっと目を瞑っても、瞼の裏で再生される真剣な顔に
心臓がまた性懲りもなく、ひときわ大きく脈打った。
あんな風に頬を包まれた事なんてなかった。
大きな手の平はびっくりするくらい、大きくて、冷たくて。
でも、見据えてくる瞳はそんな手の平とは正反対に、熱を含んでいた。
女子力なんてかすかにしか持ってない私だけど、
その熱が示す感情に気付かない程鈍くはない。
――いつから?
いつから、そんな風に…私を、
あんな低くて、真剣な声、初めて聴いた。
脳内でリピートされ続ける声に動けずにいると、
ふと足元にあった気配がとてつもない殺気を放つ。
「っ、だめ!!」
咄嗟に声を張り上げた。
それはほぼ反射だったように思う。
シロが何で!?と言わんばかりに私を見上げてきた。
金色の瞳にかつてない程の怒りを宿していて、
その証拠に私に向けてまでシロが牙をむいている。
大きく鋭い爪が今すぐ駆け出したいと言わんばかりに石畳を引っ掻く。
「ガルルルルルルっ!!ガウっ!!!」
「ちがっ、ちがうの。
ヤールを庇うとか、なんかもう、そういうんじゃなくて、」
不満を露わにし、ヤールが去っていった方に顔を向けて
がちがちと牙を鳴らすシロを慌てて抱え込んだ。
確かに、今シロを自由にするとヤールの命は危ないが。
それでも、今、私がシロを自由にしてあげられない、理由は、
「お願い、一緒にいて…!
今、一人にされたら、私、ちょっと、もう色々なんか無理だから…!」
そう、私の為だ。
脳内がこんがらがっていて、今にもショートしそうなの。
一人にしないで。お願いだから。
今一人にされると耐えられる自信がない。
発狂しそうだ。
喉の奥といわず、体の奥底から飛び出てきそうな、
奇声を飲み込むのに必死んだもの!
そんな気持ちを込めてシロを抱きしめていると、
私の必死さが伝わったのかまだ唸りながらも子犬サイズへと姿を
変えてくれるのだから、私の相棒本当に優しい!男前!愛してるっ!!
「シロありがとっ大好き!」
「がうっ!う゛ぅううう、がるるるる…」
思わず抱き上げてぎゅうっと抱きしめる。
シロは相変わらずヤールが消えた方を睨んで
唸り声を上げてはいるけど、私を優先させてくれるようだ。
シロの気遣いがめちゃくちゃ有難い。
そしていい加減、本当に居た堪れないのでこのまま退場しよう。
シロを抱えたまま部屋に戻ろうと踵を返し、
リュグナード様の存在を思い出した。
っていうか、目の前にいた。
「っ、失礼します!!」
見開かれたダークブルーの瞳と目が合って、恥ずかしさがぶり返してくる。
何かを言われる前に勢いよく頭を下げて、駆け出した。
馬鹿。
馬鹿ヤール!何も、こんな所で、
あ、あんな事しなくてもいいじゃない!!
脳内で文句を言えば言う程、顔が熱を持つ。
滲む視界で、すれ違う人全員から向けられる訝しむ視線や、
飛んできた「廊下を走るな!!」という注意にすら無視を決め込んで
部屋に駆け込んだ。
勢いよくドアを閉めて、そのままずるずると座り込む。
すっかり忘れていた鞄が肩から滑り落ち、
”子供向けのお菓子”が床を転がり、キラキラと輝いた。
勝手に脳裏に浮かぶ、
完成品を手にして自慢気な、子供っぽい笑顔。
「~~~~っ、ヤールの、ばかぁ…!!!」
語彙力のなさが半端ないが、もうそれしか出て来ない。
”サバトラ”じゃなくて”馬鹿猫”とでも改名してやりたいくらいだ。
明日から一体どんな顔して仕事しろっていうのよ…!
リュグナード様にもばっちり見られてたし、
その他にもたくさんの人がいたわけで…!
部屋から一歩も出たくない心境である。
ヤールに対しての文句と明日への不安が次々に浮かび上がっては、
初めて意識した”異性としてのヤール”がチラつき、
エラーばかり起こしている思考をさらに混沌へと突き落す。
何て言うか、正直な話、”弟”とかそんな感じに思ってた。
だって私、これでも一応精神年齢では彼より年上なので。
ひねくれ者のやんちゃ坊主だった頃から知ってるから、
今でも時折見せる子供っぽさに可愛いなぁと微笑ましく思っていたのに。
向こうだって私の事をまるで”妹”みたいな扱いをする事だってあったのに。
まさか、そんな相手から思いを寄せられていただなんて。
リュグナード様やアル先輩みたいな感じの華やかな
イケメンではないけど、ヤールだってしっかりイケメンの部類に入る。
よく言えば、艶のあるミステリアスな美丈夫と言った所だろうか。
性格は癖はあるが、話しがすすむにつれて味が増し、
恐らく、どんな漫画やゲームでも一定のファンが付くタイプの人種。
人気ランキングで序盤から5位~7位あたりにいて、
最終的にはメインキャラを押さえてちゃっかり3位内に入っちゃう感じの。
結局何が言いたいのかと言うと、ヤールはモテる。
若干胡散臭くはあるが、気さくだし、
捻くれてはいるがあれで実は家族思いだ。
喧嘩っ早い一面もあるけれど、その根っこは正義感からくるものだし、
なんだかんだ言って面倒見のいい男なので、モテないはずがないのだ。
今までだって何度も言い寄られているのを見た事があるし、
何なら酒場では常に美人に囲まれているのも知っている。
ヤールなら、より取り見取りだろうに。
なんで、私?
浮かんだ疑問に、また脳が勝手に真剣な顔のヤールを思い描く。
そのせいで折角落ち着き出していた心臓と、
下がってきた体温がまた暴走を始めた。
「…あー…もう!!」
無理っ!!
ほんと、いらないっ!こんな、こんな恥ずかしいのも、
苦しいのも、思考がまとまらないのも!全部!!
っ、そりゃ、あれほど真剣に向けられた好意を、
純粋に嬉しいとは、思うけども!!!!
でも!!
…あぁ、駄目だ。
これ以上下手に考えると、
込み上げてくる羞恥に耐えられない。死んでしまう。
嬉しい。恥ずかしい。どうしよう。どうしたら。
ぐるぐる回る思考で頭が可笑しくなりそうだ。
「よし、シロ!!寝るわよ!!」
「きゅーん…?」
自分でも乙女としてどうかしてる、とは思うけども。
限界なのだから仕方がない。
一度寝て、頭をリセットしよう。
うん。それがいい。後の事は起きてから考えよう。
今はもう、何でもいいから振り回される感情と
こんがらがる思考から逃げ出したい。
何言ってんだ?こいつ。
そんな感じでシロが見上げてきたが、気にせず抱き上げてベッドに向かう。
じたばた暴れながら「わぅ、わっふ!」まだ文句を言っている。
「あ、私が寝てる間に出て行ったりしたら駄目だからね!
シロは私の癒しなの。寝苦しいかもしれないけど、
お願いだから、私が起きるまでちゃんと抱き枕になっててね?」
「ぐるる………わふぅ…」
お願いと何度も頼み込むと、
必死さが伝わったのかシロはしぶしぶだが、承諾してくれた。
抱き枕に丁度いいサイズまで大きくなってからゴロンと横になるシロに
遠慮なく抱き着いた。
大きなため息を頂いたが、そこはまあスルーの方向で。
毎日念入りに手入れしているおかげで毛並みは最高である。
ふわっふわ具合を堪能しながら
無理やり思考をスリープモードへと持っていく。
こんな時、旅をしている間に勝手に身に付いた
いつでも何処でも寝れるというスキルが大変ありがたい。
まさかこんな場面で感謝する羽目になるとは思いもしなかったけど。
薄れゆく思考でぼんやりと浮かぶ、幼いあの日。
ごめん、ヤール。
起きたらちゃんと、しっかり考えるから。
エラーが多発してる思考回路を正常に戻すための強制終了だから、
ゆめには、でてきちゃ、だめ、だから、ね……