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47 黒→白?

会議室は未だかつてない程静まり返っていた。

いや、正確には凍りついていたというのが正しいだろうか。

この場を作り上げた元凶はというと呑気に紅茶で喉を潤している。

くあぁああというシロの大きな欠伸でハッと我に返ったエリオルは

一人優雅に紅茶を楽しんでいる娘が実は物凄く怒っている事に気づき、

内心で頭を抱えた。



どうすればいい…?

この場はどう納めるのが得策だ…?



必死に思考を動かし考えながら、フリーズしたままの同僚たちを

見やるが誰も彼も相当ショックだったようで視線が合わない。

何故お前たちが私以上にショックを受けてるんだ…?と

疑問に思いつつも彼はここは私一人で切り抜けるしかないのか、と

覚悟を決めてこほんと一つ咳ばらいをした。



「…それは、”彼ら”の事で間違いないな?」

「私の事でもありますけど」



暗にセラは違うよな?と聞いたというのに、

どストレートな返球にエリオルは耐えきれず右手で額を覆った。

我が娘ながら強いな…と途方に暮れそうになるのをぐっと耐え、

彼は娘の真意を探る為必死でその頭脳を回転させる。



怒りの原因はゼドロス商会を、

いや若旦那であるヤールを悪く言われたからか…?



そう考えるのが妥当な気はするが、どうもしっくりこない。

考え込むエリオルの様子を見ながらも

セラは追撃の手を緩める気はないらしい。

矛先を相変わらずの無表情で固まっていたリュグナードに替えて

「ね、リュグナード様」にこっと笑う。

その笑みを前にリュグナードは頬を引きつらせながら、

「……そう言えば、そうだったかもしれない」とポツリと呟いた。

彼の脳裏には情け容赦のない見事な回し蹴りが浮かんでいた。



「あの、理由を、お聞きしても?」



真っ向から対峙している明るいアメジストに

いつもの柔らかな温度が見つけられず、思わず体に力が入る。

そしてつい出会った頃の様な聞き方をしてしまったリュグナードに

セラは内心でビビりすぎでは…?私、そんなに怖いかな…!?と

思いつつも、まあいいやと作り笑いを続行しながら考える。


騎士が嫌いな理由。

何かあるたびに真っ先に疑われるのはまあ、しょうがないとして。

いつだって上から目線で、傲慢な態度には腹が立つし、

しつこく追い掛け回されるのも嫌いだ。

なので、これまで”嫌いだから関わらない”様にしてきたのに。

嫌いな人たちにまで態々お節介を焼く程セラも優しくはない。

だというのについ悪態をついてしまった理由は、



「…騎士様は騎士様としかお話しないから、ですかね」



彼らが本物の騎士だったから。

セラが嫌っている騎士たちとは違い、お手本のような、

まるで絵本に登場する騎士様たちのような理想の騎士だったからだ。



「…それは、どういう…?」



戸惑う面々を前にセラはへらりと力ない笑みを浮かべた。

本音を言えば今でもセラはこの王都から飛び出したい。

その気持ちは騎士になったあの日から変わりはないが、

けれども日が経つにつれ、彼らの人柄に触れるにつれて、

もやもやとした感情が生まれてしまった。

お人よしもいい加減にしろと自分でもそう思うのだけれど。

放っておくには、勿体なさすぎる。

そしてここを正しておけば、ちゃんと改善してくれることが分かるから。

昔捨てたはずの期待が、ひょこりと舞い戻ってきてしまった。



またお人よしって、お節介だって言われちゃうなぁ。

でも、たぶん間違ってないと思うから。

きっと呆れた顔をした後で

頭をぐしゃぐしゃになるまで撫でまわして褒めてくれる。



脳裏に浮かぶ、2人の顔にセラは小さく笑みを浮かべて、

知らず知らずのうちに入っていた力を抜いた。

拒絶の色が濃く出ていたセラの雰囲気が緩んだのを

感じて彼らはほっと胸を撫で下ろした。

が、セラの言う言葉の意味が全くわからないので誰もが口を噤んだままだ。

時折こちらを伺う様に向けられる視線にセラはセラで迷っていた。



意地悪しないで答えるべきだろうか…

いや、でも、出来るなら自分で気づいて欲しい…



そんな葛藤が脳裏を埋め尽くす。

結局集まっている面々の多忙を理由にセラが口を開こうとした、その時。



「…なるほど」



不意にぽつりと納得の声が落ちた。

静かなその声には何処となく、感心しているような雰囲気すらあって、

セラは驚いたように声の主を見やる。

目が合うと深い色合いのアメジストがまるで褒める様に、

ゆったりと細められ、セラは小さく息を飲んだ。



エリオルはセラの言葉に霧が晴れたような気分だった。

そして実に的確な表現だとも思った。


態々”嫌い”だと告げてきたのは、

こちらに”嫌う理由を考えさせるため”である事に彼は気づいた。

そしてもう一つ、気づいた事がある。

騎士は騎士としか話さない。

だから―――真実までたどり着けないのだ、と。


一人納得し、深く頷いているエリオルに

「あの、エリオル様?」とリュグナードから戸惑いがちな声がかかる。

その声に集まっている視線を見返せば

何一人で納得してるんだと視線で説明を促された。

ふむ、と一つ頷いたエリオルはさてどうしようかと考える。

エリオルからしてもこの件についてはセラの気持ちに近い考えだ。


出来るなら自分で気づいて欲しい。

それは同僚であり友でもある彼らへの期待。

けれども、それを悠長に待つだけの時間は残念ながら、ない。

そしてこの機会を不意にするのも愚策。

最善の手は自分で過ちに気づき、そして改める事だが、今回は仕方がないか。


と、有能な彼の頭脳はそう結論をはじき出した。



「…結論から言おう。私はゼドロス商会は白だと思っている」



こほんと一つ咳払いをしたエリオルは

真剣な顔で言葉を待っている面々をぐるりと見渡し、静かな声でそう告げた。

騎士団の見解とは真逆の答えにセラ以外の面子が騒然となる。

当然だ彼らは皆ゼドロス商会は黒だと思い込んでいるのだから。



「何故だ?怪しいと思っていたからこそ、

 自領の騎士を使ってまで調べていたんじゃないのか?」

「そうだ。彼らが白であるという証拠を探っていた」



心底理解しかねる、と言った様子でリナルドが問いかければ、

エリオルはいつも通りの平坦な口調で更にとんでもない事を言い出した。

彼らからすれば”エリオルが調べている”事もゼドロス商会が

黒である疑いを強める要因だったので、とんだ食い違いにあちらこちらで

唸り声が上がった。


その様子にセラは言葉の大切さを痛感した。

言わなきゃ伝わらないし、確認しなきゃ真意はわからない。

みんながみんな、何も言わずに同じ方向に向けて歩めるはずがないのだ。


ケロリとした態度のエリオルを前に面々は絶句し、

リナルドまでもが言葉をなくし額を覆ってしまったので

今まで静観していたソフィーリアが苦笑いを浮かべてエリオルに向き合う。



「その理由は?」

「第一に騎士団での悪評のわりに、市民たちからは支持が厚い事。

 第二に彼らが揉めるのは騎士とだけであり、

 報告書では必ずゼドロス商会が一方的に悪いと処理されている事。

 最後にこれだけ躍起になって探っているのに、一向に何も出て来ない事」



つらつらと語られる理由に

リナルドたちはグサグサと心が刺される思いがした。

エリオルの指摘は単純明快であり、彼らとしては灯台下暗しそのものだった。

積み重なる報告書、その中に書かれた悪しき内容にすっかり

信じ込んでしまっていたが、今考えると可笑しい事に嫌でも気づく。

ぐらつき出した考えと、それ以上に悪事を見落とさぬようにと

かけていたつもりの眼鏡が、いつの間にかくもっていた事に

気付かずにいた自分たちに彼らは眩暈がしそうになった。


そんな彼らの様子を見てセラはほっと胸を撫で下ろした。

どうやら、エリオルのお陰であんな抽象的な表現でも真意は伝わったらしいと。

間違いの理由に気付けなかったのは、仲間を信じているから。

同じ志を持ち厳しい鍛錬を経て、騎士となったその心を自分も持っているから。

その気持ちはわかるし、出来るならセラだってそう信じたい。


けれど悲しい事に、現実はそうはいかないのだ。

いや、彼らだってそれは知っている。

現に彼らの目の前にいるセラがそれを暴いてきたのだ。

彼女の報告書を読むたびに酷く落胆したのを彼らもよく覚えていた。

それでもゼドロス商会に対しての眼鏡のくもりに気づけなかったのは、

彼らはセラとは違い、白黒はっきりさせない所為でもある。

そしてそれはゼドロス商会からの嫌がらせだ。

騎士たちが勝手につけた”尻尾”を必死に探す彼らを

あざ笑うために、彼らはあえて自ら白だとは主張せず、

ヤールに至っては黒だと思い込ませるような行動を取る。

ただそんなヤールにも独自のルールというものが存在し、

相手が悪さをしなければ突っかかりはしないし、

殴りかかってこなければ、とっつかみ合いはしないのだが。



「…最初から白だと思っていたのなら、何故そう言わなかった?」

「白黒どちらにせよ、確証が掴めなかったからだ」



疲れ切った様子でリナルドが問いかけると、エリオルは

何を当たり前のことを言っているんだ?と逆に問い返してきそうな

態度でそう答えた。

確証を持たずに、態々事態をややこしくする男ではないのだ。

合理主義者のエリオルらしい返答に口を閉じるしかないリナルドだった。



「何度も接触を試みたのだが、

 何故か彼らは我が領では非常に大人しいのでな」



捕まえて直接話を聞く事も出来ないと

何処か面白くなさそうなエリオルにセラは引きつった笑みしか返せなかった。

内心ではそりゃ、そうでしょうよと思いながら。

何故ならヴェールヴァルドの騎士は王都の騎士に劣らず、

理想の騎士揃いなので”態々喧嘩をする必要がない”のだ。

基本的に騎士と相性の悪い旅人や傭兵、

一部の商人たちからも密に一目置かれているくらいに。



「…つまり、彼らの悪評は騎士たちが

 故意に作り上げたものだという事ですか…?」

「その可能性が高い」



ぽつりと呟いたのはドラウンだ。

エリオルがそれに頷きを返し「何のために…」と呟いたライゼルトは

こちらを向いた2つのアメジストに慌てて「失言でした!すみません!!」と頭を下げる。



「まあ、信じたくない気持ちはわかる」



謝罪を受けて頷いたエリオルにライゼルトは胸を撫で下ろした。

そっと抑えた心臓はドッドッと盛大に脈打っている。

剣騎士の隊長を務める彼ですら、ゾッとするほど恐ろしい視線だった。

エリオルは間違いを認めない者を心底嫌い、改善しない者を見限る。

どうやらこの親子はそういうところが似ているらしい。

めちゃくちゃ怖いな、と一同は心を一つにした。

そんな恐怖に慄く彼らなど気にせず、エリオルは口を挟む事なく

じっと様子を見守っていた愛娘に視線を向ける。



「私の推測はあっていたか?」

「流石ヴェールヴァルド卿です。御見それ致しました」



ゆるりと浮かべられた笑みの美しさにセラは一瞬フリーズしかけ、

慌てて「はい」と頷いた後、ゆっくりと頭を下げた。

感服したと態度で示すセラだが、それを見たエリオルが

何処までも他人行儀でやたら壁のある娘に内心で

しょんぼりと肩を落としている事など思いもしなかった。

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