14 騎士様の報告
ルドガーとジェイルを見送ったあとリュグナードは
すぐにセラとシロを王都で最も有名な宿屋へと案内した。
いくら女王陛下の為に連れてきたとは言っても、
それでははいどうぞと会わせるわけにはいかないからだ。
恐らく門番たちから帰還したという報告がすでに届いているだろうが、
まずはリュグナードが城に赴き直接陛下に報告に行かなければ。
そしてそれから謁見の手はずを整えなければならない。
応接室で待っていてもらう事も考えたが、時刻が丁度昼時な事もあって
リュグナードはこの宿に連れてきたというわけだ。
ここの料理はその値段に納得するほどに美味しいので、
待たせてしまう間舌鼓でも打っていてもらおうという思いからだった。
あと今晩の宿としても丁度良かったというのもある。
勿論料金は自分が持つつもりでフロントに入るなりすっ飛んできた
支配人と話をしていると、居心地悪そうにシロを抱きかかえていたセラが
口を挟もうとしたのを視線一つで黙らせる。
彼女の事だから自分で払うと言い出すのはわかり切っていた。
けれども、リュグナードにも立場と言うものがある。
ここ王都オズファルドでは特に。
なのでダークブルーの視線を受けたセラも
すぐさま立場を思い出して口を噤んだのだった。
「ではこちらの準備が整い次第お迎えに上がります」
「あ、ハイ」
話し終えて振り返ったリュグナードが二人の話を
小さくなって聞いていたセラが口の端を引きつらせながら頷いた。
理由はあれよあれよとただでさえこの超高級な宿屋の、
更には一番高い部屋に泊る事になってしまったからだ。
場違いにもほどがある、と訴えるセラの前髪越しのアメジストに
リュグナードは頷きだけを返すが、
なんだそれは、どういう意味だ。
まだ出会って数日しかたっていないセラにその意味など分かるはずもなく。
内心でそう突っ込んでいる間に、「それではお嬢様」と
低く優しい声に話しかけられ振り返る。
にこりと愛想のいい笑みを浮かべた気品漂う年配の男性、
今までリュグナードと話していたこの超高級宿の支配人に
「ではご案内いたします」と促され彼女は最後にリュグナードに
もの言いたげな視線を寄こしてから、
居心地悪そうに赤い絨毯に足を踏み出した。
遠ざかっていく小さな背中を見送ってリュグナードはさっと踵を返す。
さて、それでは陛下の笑顔を頂きに参ろうじゃないか。
なんて内心とは言えどそんな言葉が浮かぶほど、
機嫌よくリュグナードは慣れ親しんだ自宅へ続く通りを歩く。
あちらこちらから掛けられる「リュグナード様、お帰りさない!」の声に
手を振る事で応えつつも、囲まれてしまわないように細心の注意を払いながら。
家に着くと彼はすぐさま駆け寄ってくる使用人たちに
「支度を整え次第すぐ城に向かう」と告げてすぐさまシャワーを浴び、
騎士服に身を包む。鏡を見ると見慣れた姿がそこにあり、
ここ数日の旅人スタイルよりもやはり落ち着くなぁとなんとなしに思った。
ただ、その一方でこの姿を見て
セラは何と言うだろうかとそんな事もぼんやりと考える。
あの少女の事だ。
騎士の正装に着替えたくらいで態度を変えたりはしないだろう。
そう思うのにもう一度鏡を確認してしまうのはいつもの自分のはずなのに、
何処か堅苦しく近づき難い印象を受けるからだろうか。
まあ、それでもこれが自分なのだからと彼は気持ちを切り替えて城へ向かった。
すると門番から「お帰りなさいませ」の言葉に続き
「執務室で陛下がお待ちですよ」と聞いて彼は満足げに頷いた。
告げられた部屋に向かえばその扉の前で警備にあたっていた
騎士たちがすぐにリュグナードに気づき、部屋の中に声をかける。
ひょこりと顔を出したオレンジに近い赤毛のまだ年若い騎士が
リュグナードを見て「おかえり」と言って人懐っこい笑顔を浮かべる。
そんな彼に「ただいま、アル」とリュグナードも笑みを浮かべて
返事を返した(つもりである)が、
如何せん相変わらず仕事をしない表情筋なのであまり変化しなかった。
けれどアルと呼ばれた彼はリュグナードと
付き合いが長いので上手にくみ取ったようである。
「陛下、リュグナード=エルトバルド、ただいま帰還致しました」
「あぁお帰り、リュグナード。
休ませるために休暇を与えたはずなのに
随分と興味深いものを持ち帰ったようだな?」
「ええ、大変有難いことに運に恵まれたようで」
ドアを潜って一礼し、部屋の主を見やれば
深い海の様な色を瞳を可笑しそうに細め、
澄んだ声がからかうような言葉を運んできた。
ペンを置き執務机を離れ、ソファの方に移動してきたその人、
ソフィーリア=ファルファドス女王陛下にローテーブルを挟んだ
向かいのソファを促され、リュグナードはそこに腰を下ろす。
「相変わらずの強運っぷりだねぇ、リュー兄。
俺も結構探したんだけどなぁ…どこで見つけたの?」
リュグナードが報告しようと口を開く前に、
そんな言葉を投げかけてきたのはドアの前で
待機しているアルと呼ばれた赤毛の騎士だ。
問いかけている間にドア前から移動してきて
空いているソファに勝手に腰を下ろし完全に話に入る気満々である。
彼のこの無礼だと怒られそうなほどに気さくな態度は
リュグナードの従弟でソフィーリアの幼馴染という
非常に特殊な立場だから許されるものであり、
更に今この部屋にいるのがこの三人のみなので
彼の態度に苦笑いを浮かべるだけで注意する者はいなかった。
ちなみに彼の本名はアルフェリア=ベルセリオスという。
「見つけたのはジクスロウの森だ。
旅人だというから街道沿いの宿屋じゃなく、
少し離れた場所にある小さな宿屋を重点的に回ってたら、
偶然見つけた…というか、突然降ってきた」
「え?」
「は?」
衝撃的な出会いをそのまま話せば、二人から怪訝な視線を頂く結果と
なってリュグナードは自分が悪いわけじゃないのに居心地悪そうに
「いや、まあ、そこはいいだろう、別に」と早々にその話をやめ、
訝しがる視線から逃げる様に次の話題に移る。
「彼女はセラというのだが、昼もまだだったので
現在は白鹿亭で昼食も含めて待ってもらっている」
「そうなのか。それで、彼女の印象は?」
「性格は…一言で言うと”お人よし”
困ってる人を見て見ぬふりが出来ない…というか、しない。
自由気ままに振舞っているように見えて、
一本筋が通っているような…決して曲げられない、
彼女なりの正義のようなものを持った人、だな。
出会ってから日は浅いが、俺にはそんな風に見受けられた」
「へぇ…リュー兄にそう言わせるなんて凄い人だねぇ…」
リュグナードの言葉にアルフェリアが
感嘆の声を上げると同意するようにソフィーリアが深く頷いた。
二人ともリュグナードを兄の様に慕い、またその長い付き合いの中で
正確に彼という人を理解しているが故に、セラというその旅人について
興味が深まった瞬間でもあった。
「ねぇ何歳くらいの人?可愛い?それとも美人系?
一人旅してるってくらいだからカッコいいお姉さん系とか?」
興味津々と言った様子でアルフェリアが矢継ぎ早に質問を飛ばすのを
また始まった、と二人は苦笑いを浮かべて「はいはい」と軽く受け流した。
アルフェリア=ベルセリオスという男は赤毛に映える垂れた深緑の瞳に
整った甘い顔立ちと均衡のとれた肢体を持つ色男だ。
何事も器用にこなして見せる非常に優秀な人材なのだが、
如何せん上記の言葉からわかる様に女好きであることが玉に傷なのだ。
「まあ、”カッコいい”と評するに値するくらいサッパリとした
気さくな人柄なので陛下と年も近いし気が合うんじゃないかと」
「そんなに若いの?」
「驚く事に、例の旅人は陛下より年下の少女だったんだよ」
「それはますます会うのが楽しみになってきたな」
リュグナードの言葉に二人は驚いたように目を丸め、
ソフィーリアはふわりとその美しい顔に笑みを浮かべた。
その嬉しそうな笑みに彼らはほっと胸を撫で下ろし、頬を緩めた。
彼女がここまで楽しそうな笑顔を見せるのが久々だったからだ。
何処となくほっこりした雰囲気で
「それじゃあ早速、その少女を呼ぼう」という空気が流れる中、
何かを思案するように黙り込んだリュグナードに二人は首を傾げた。
「どうした?」
ソフィーリアが問いかければ、リュグナードは珍しく煮え切らない態度で
「少し、気になる事が」と前置きをして、真剣な顔で二人を見やる。
その強いダークブルーの瞳にただ事ではないと感じた
二人は背筋を伸ばし、固唾をのんで次の言葉を待った。
そんな二人を見てリュグナードは未だに迷う心を叱咤する。
ただでさえ傷を抱えている大切な人をさらに傷つける事はとても怖い。
けれど、それ以上に”可能性の低いもしもの正解”が
彼の目に触れることなく通り過ぎてゆくのを見ている方が、
リュグナードには耐えれなかった。