13 祝福の旅人
さっきまで雨が降っていたせいで人通りの少ない門前の大通り。
検問を終えた馬車が石畳の上をガラガラと音を立てて通り過ぎていく。
「…隊長殿、あんたを信じてあいつを任せて平気なんだな?」
「勿論です。決してセラ殿に悪いようにはしません」
いつの間にかシロを店先で待たせ中に入り、嬉々として
パンを選んでいるセラをガラス越しに眺めていたジェイルが口を開く。
す、とリュグナードに向けられた晴天を連想させる色の瞳が
強い光を宿して決して嘘をつくことを許さない。
それをしっかりと受け止めて、リュグナードは深く頷いた。
二人をじっと見つめていたルドガーが、ふと張り詰めていたものを
緩める様に息を吐き出し、ぐるりと首を回す。
「んじゃ、これで心配事はなくなったわけだし、俺たちは行くかァ」
「そうだな」
気を張っていたせいで凝った肩をほぐすようにしながら
ルドガーがそう言うと雰囲気をやわらげたジェイルが頷く。
「…もうですか?」
「あァ。偽物捕まえなきゃなんねェしな。早ェ方がいいだろ」
「それはそうかもしれませんが…」
「あら、二人とももう行っちゃうの?」
リュグナードの問いにルドガーが答えていると、
ひょこりとその巨体の後ろから大きな袋を抱えたセラが姿をのぞかせた。
長い前髪の向こうのアメジストが残念そうな色を浮かべるのを見て
二人は穏やかにその目尻を緩ませ「ああ」「おぅ」と頷く。
「そう…なら、これ持って行って。
こっちのはタンドリーとローストも食べられるわ」
「いいのか?お前の昼飯だろ」
「私一人でこれだけ食べるわけないでしょ」
二人のあっさりした態度に
セラも引き留めることなく頷き抱えていた袋をルドガーに渡す。
受け取った彼がニヤリと笑って意地悪な事を言うのを
口を尖らせて反論して、彼女はそわりと視線を泳がせた。
「セラ殿?」
「――セラ」
セラらしくないその態度にリュグナードが不思議そうに声を
かけるのとほぼ同時に、甘い声が彼女を呼んだ。
男であるリュグナードでもどきりとするほどの声の主は
これまた女性が卒倒するだろう笑みを浮かべ、そっと両手を広げて見せる。
リュグナードが?を頭に浮かべる前に彼の腕に見知った人物が飛び込んだ。
「リュグナード様がいるのに…ジェイルの馬鹿!」
「いいだろ別に。別れを惜しむのは普通の事だ。恥ずかしがることじゃない」
「ジェイルの言う通りだぜ。そもそもこれをやり始めたのはお前だろ?」
「わかってるから、今こうしてるんじゃない!」
長く逞しい腕に包まれ、
文句を言うセラをリュグナードは唖然とした面持ちで見ている。
だがそんな事は彼らにとっては大した問題ではなく、
いつもの様に軽口を叩きながら彼らにとっての当たり前の、挨拶を。
飄々とした態度を崩さないジェイルが
くつくつと喉の奥で笑いながらセラの腰に両手を添えて抱き上げる。
直ぐ傍には袋を片手に持ち直したルドガー。
驚くことなく抱き上げられたセラはちらりとリュグナードに視線を送り、
照れくさそうに笑ってからそっと二人の頬へと両手を伸ばし額を寄せる。
「「「汝、祝福の旅人」」」
それを合図に三人が声を揃え、
再開し別れる度に繰り返してきた言葉を紡ぐ。
「「「我は祈る。其方の旅路に幾多もの幸があることを。
新たな出会いが汝に笑顔をもたらすことを。
何よりこの別れが、決して最後にならぬことを」」」
交わされる視線はどれも優しく、穏やかで、
それでいて強い願いが込められ彼らの偽りなき本心を伝えていた。
神聖な儀式の様なそれにリュグナードは無意識に息を殺し、見入っていた。
最後に頬を寄せた彼らは微笑み合い、セラがぎゅうっと二人の頭を抱きしめる。
「二人がどうしようもないくらいお節介で、
どんな困難も乗り越えていける強い人だって事はわかってるの。
…だけど、それでも。どうか無理な無茶だけはしないで。
もっと自分たちを大事にして。あと、お酒はほどほどにね」
「安心しろ、どっちも死なねェ程度を心得てる」
「セラに会えなくなるような馬鹿はしないさ」
ぽつり、ぽつりと呟くように告げられる彼女の願いに二人は可笑しそうに、
けれどもくすぐったそうに笑いながら頷き、ジェイルがそっと地面へと下ろした。
セラは気づいていた。
二人が態々王都までついて着た本当の理由に。
もし、この黒髪が銀色に戻るような事があればセラの反応次第で、
彼らが冗談ではなく国外逃亡すら本当になし得ようとしていた事を。
そんな危ない事をセラのためならやってのける
覚悟を決めてしまう彼らが大好きで、とても大切で。
同時に心配になってしまうのだ。
いつかその優しさで傷ついてしまうのではないかと。
「好きなように生きろ、セラ。
お前が望むなら俺たちはいつだって力になってやる」
「お前ホント俺の事言えないだろそれ。
だが、ルドガーの言う通りだ。お前も無茶はするなよ」
「善処するわ」
代わる代わるセラの頭を撫でて二人は最後に呆けているリュグナードを見た。
真っすぐな二つの視線を受けてリュグナードの背筋が伸びる。
「んじゃ元気でなァセラ、隊長さんも」
「縁があればその時はまたよろしくな」
「はい。お二人もどうかお元気で」
二人の思いを受け止めて、しっかりと頷いたリュグナードを
光り輝くものでも見ているかのように目を細めるようにして、二人は笑う。
そしてくるりと背を向け、去っていった。
門に向けて歩いていく後ろ姿を見送っていると、
すぐさまルドガーの右手が紙袋に入ったのが後ろからでもわかり、
当然それを咎める様にすぐさまジェイルの拳が彼の肩を小突く。
ルドガーが文句を言わないわけがなく、いつもの言い合いを始めたようだ。
残されたセラとリュグナードはそんな二人を見て、こっそりと笑い合う。
いかにも二人らしい、別れだった。




