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12 少女の名は、

馬車にお邪魔して一泊した翌日。

小雨が降る中一行は昼前に王都にたどり着いた。

大きな門の前から伸びる長蛇の列を悠々と追い越していく

エクエスの上でセラはまたその身を縮こまらせていた。

状況はこの間と同じ。何故またこうなったのかというと、

ヘル=ヴォルフはあまりにも目立つ上に、人々のパニックを招きかねないからだ。

ごもっともな正論を突き付けられても、どうにか回避したいと粘ったセラだったが

業を煮やしたルドガーにより強制的にエクエスの背に乗せられ現在に至る。

残念ながらタンドリーやローストに人を二人乗せる事はできないので

それ以上駄々をこねるわけにもいかず、しぶしぶ口を噤んだ。

漆黒のエーデル=ベナードもとてつもなく目立つので

すぐさまリュグナードに気づいた人々のきゃあきゃあ、わいわいと騒ぐ声に

セラは更に小さくなった。女性なら誰もが羨む状況だという事は理解しているが、

羞恥心でいっぱいな彼女は喜ぶどころから今にも泣き出しそうである。

いつもの如くフードを目深に被り俯く彼女は自分では気づいていないだろうが

あれでは逆に目立つと彼らの後ろを行くルドガーとジェイルは思った。



「リュグナード隊長、お帰りなさいませ!」

「ああ、ただいま」



門に近づくと遠目でも目立つエクエスをすぐさま見つけた騎士が駆け寄ってきた。

ひらりとエクエスの背から降り、手を差し出すリュグナードに合わせて

セラが降りやすいように態勢を低くするエクエスに周囲が騒めく。

騎士団はエクエスがそのような行動に出た事に対する驚きから、

他の人々は絵本の中の憧れを目にしているの様な思いで。

そんな中でセラは居心地悪そうにしながらもリュグナードに恥を

かかせるわけにはいかず「ありがとうございます」とか細い声で呟き、

そっとその手を借りて地面に降りた。

視界の隅でルドガーとジェイルが笑いを堪えているのを見つけて、

キッと睨むが涙目ではさらに笑いを誘うだけだった。



「そちらはもしかして…!?」

「ああ。悪いが先に彼女たちをお願いできるか」

「勿論です。イザベラ、クロック!」

「畏まりました。さあ、お嬢様こちらへ」

「お兄さん方はこちらへどうぞ」



フードを被ったままだが、だぼっとした外套から伸びた腕の細さに

女性だと気づいた騎士が驚いた顔でリュグナードを振り返る。

そしてリュグナードが頷いたのを見るとキラキラと輝く目をセラに向けてきた。

彼の顔には流石リュグナード様!と大きく書かれている。

イザベラと呼ばれた女性騎士は会釈したセラと目が合ってもにこりともしない。

けれど返された一礼はとても綺麗なもので、颯爽と前を歩く彼女に

セラはスーツが似合いそうだなぁという感想を持った。

脳裏に浮かんでいるのはピシッとしたパンツスーツを着こなし、

シルバーフレームの眼鏡をかけた秘書スタイルの彼女。うん、文句なしに似合う。

そんな事を思いながらチェックが行われる部屋へと通された。


ちなみに棟梁たちとは列の最後尾で別れた。

騎士隊長であるリュグナードと客人扱いのセラが並ぶ必要はないからだ。

すっかり懐いた子供たちがセラを別れる事に駄々をこねたので

王都にいる間にもう一度遊ぶ約束をした。

ルドガーとジェイルがちゃっかり付いてきているが、

二人とも苦笑いを浮かべるだけで特に何かを言う事はなかった。



「では、こちらで荷物を確認させて頂きますね。

 あとボディチェックも行いますので武器なども全て外してください」

「はい」



イザベラに促されるままに荷物を部屋で待機していた

他の女性騎士たちに預け、外套を脱ぎ武器を外していく。

セラは元々動きやすさを重視していて他の旅人たちに比べると軽装なので、

外套さえ脱げばそれ以上脱ぐものはない。

それなのに意外な場所から出て来るナイフや魔宝石、針などと言った

所謂隠し武器に女性騎士たちの視線が徐々に胡乱なものに変わっていった。

だが彼女はリュグナードが連れてきた言わば客人にあたるので、

彼女たちはぐっと口を噤んで自分の仕事を黙々とこなした。

イザベラも本当にこの少女が…?と

信じられない思いでボディチェックを開始しする。

白いシャツの上に重ねられた皮のベストが彼女の線の細さを強調していて

この危険な世界を一人で旅が出来るほどの実力者だという事がどうにも信じられなかった。


イザベラのボディチェックを受けながらセラは既に疲れ気味だった。

エクエスの背に乗せられた瞬間からごりごり精神的なものが削られている。

今も彼女たちの様々な感情の籠った視線に身が焼き切られそうだ。

彼女の脳裏では赤くなったHPケージが点滅し、

ピコンピコンと今にも幻聴が響いている。

他の旅人たちから10年ほど前から王都への出入りが

厳重になったとは聞いていたが、まさかこれほど細かいとは…と

漸く解放されたころには、げんなりした様子を隠すのが億劫になる程。

ちらりとシロを見れば待ちくたびれたのかドアの横で丸くなっていた。

武器を元の位置に戻しながらふと窓から見えた空は泣き止んでいたので

外套は羽織らずシロと共に腕に抱える。



「お待たせ…」

「お疲れ。随分と遅かったな?」

「まァお前はあちこちに武器を仕込んでっからなァ…」



部屋を出て3人と別れた場所に戻ると、

早々にチェックを終えてセラを待っていた3人を見つけ急ぎ足で駆け寄る。

疲れた顔をしたセラにジェイルが気遣う様に声をかけた。

面白がる様な視線を投げかけつつルドガーが告げた言葉に

ぎょっとしたリュグナードにセラが「護身用ですよ」と苦笑いを浮かべる。

それからこれから潜る高く立派な門を見上げた。

扉の真上に位置する場所にはエーデル=ベナードの彫刻があり、

その雄々しい角の部分には7色もの魔宝石が惜しげもなく使われている。



「では、参りましょうか」



リュグナードに促され、セラは一番最初に門を潜った。

彼らの目がしっかりと自分に向けられているのを自覚しながら、

いつも通りの自分を意識して。

門を抜け更に数歩進んで、振り返る。

ふわりと舞ったポニーテールは依然、漆黒のまま。

彼女の口元には緩やかな笑みが浮かんでいた。



「ねえ、――お腹すいたわ」



その笑みを前に彼らは息を飲んだ。

澄んだアメジストに真っ向から見据えられ

ごくり、と喉を鳴らしたのは一体誰だったのか。


10年前から王都の門には特殊な魔法が掛けられている。

どんな魔法でも解除してしまうと言われるほどのとても強い魔法が。


だから彼らはもしかしたらセラの黒髪が

銀色へと変化するのではないかと思っていたのだ。

そうなれば、いくら記憶がなかろうが

彼女がエリューセラだという決定的な証拠になる。

黒いままの彼女の髪にリュグナードはひそかに落胆し、

ルドガーとジェイルはほっと胸を撫で下ろした。



「何処かおすすめのお店はある?」



不自然に固まった彼らを気にする事なく、

また返事を求めていない独り言のような気軽さでセラが問いかける。

ハッと我に返った3人が答える前に彼女はまたくるりと前を向き、

「あそこのパン屋さんおいしそう!」とシロを連れて駆けていく。

その身勝手さに半ば唖然としつつも、

そろりと視線を動かし顔を見合わせた彼らはお互いに肩をすくめて見せた。

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