神の起こした奇跡
順調に執務をこなしていたらいつの間にか明日はアナスタシアとオブリーの婚礼だ。
魔力さえなければ今頃はもう既に自分の妃になっていたであろう縁戚でもあり幼馴染みの事を考える。彼女が幼い頃からずっと、今では王太子付き魔法執務官のエイナル・オブリーの事を密かに想っていたのは知っていた。しかし、まさかあの堅物が魔法最高敬称まで取り彼女を迎えるために爵位を取るとは想定外だった。何が彼の押さえていた想いを変えさせたのかは知らないがまぁ、めでたい事だと思いながら執務机の引き出しを開ける。そこには小さな箱が入っていた。それを取り出しそっと開けてみる。中には派手さはないが高価な石がはめられた上品なデザインの指輪が入っていた。離宮で若くして亡くなった実母が国王から貰った指輪であり、亡くなる前に一人息子に授けた品だ。
「あなたがいつか好きな人ができてその人に想いを伝える時に渡して欲しい。」
そう、願いを込められ譲り受けたが彼は成長するにつれあの指輪の持ち主は現れない気がすると思い、王宮に帰る際も母親が使っていたドレッサーの引き出しにそっと置き去りにしてきた。だが先日思いもかけず、すぐ側にその持ち主に相応しい人物がいることに気付き慌てて取りに戻ったのだが、果たして彼女は受け取ってくれるだろうか?
「失礼します、バイラルですが入ってもよろしいでしょうか?」
小箱を引き出しに戻し入室を促す。今日も一分の隙のない装いで仕事の話をする。椅子の肘掛に片肘をついてこめかみに手をやり話を聞き終わるとアルベリヒは全く関係のない話を始めた。
「明日の婚礼には招待を受けていたな。パートナーはいるのか?」
いきなりの話題に少し面食らいながらも律儀に答えてくる。
「いいえ、一人で参ります。」
「お前は俺の花嫁候補には関心があるが自分の相手はいないのか?」
「・・・はい。私はまだ仕事が面白く感じますし、以前は実家の方からもそのような話はありましたが少し適齢期を逃したのか最近はそのような話もありませんし。」
「好きな相手もいないのか?」
「あの、お言葉ですが殿下?私の心配より殿下の方がお先に決まらないと・・・」
「じゃあ、いないんだな?」
「はい。え、もしかして配置替えが何かですか?」
「いや、参考に聞いたまでだ。」
最近の殿下はおかしい、嫌な予感がする・・・。
「殿下、もしどちらかから私にお見合いのお話があるのでしたらお断りくださいね。」
お、そうきたか。読み違えるとはな。
「ああ、そうするよ。俺の有能な秘書官に結婚で引退されては敵わんからな。」
そして一夜明け婚礼の儀の後、花嫁の恒例行事で投げられた花束がなぜか見知らぬ少年によって秘書官の手に渡っていた。
「祝福だ、受け取れ」
いま、両手で花束を抱えたその有能な秘書官は目眩を覚えていた。婚礼の儀の麦の奇跡、そしていま一瞬現れた紺碧の瞳の少年から受け取った花嫁の花束・・・。あっという間に奇跡だ祝福だと周りを人々に囲まれる。
「ルディ様、バイラル秘書官をあの人垣から助け出してあげられますか?お顔の色が優れません、心配です。」
「うん、でも下手に近付くと僕が彼女の相手に仕立て上げられそうで・・・おかしいな、お相手が決まっていたら現れそうなのに。」
「じゃあ、私が行こうあの様に揉みくちゃにあっていては哀れだ。」
と、その場はヤルナ将軍が人混みをかき分け秘書官にたどり着き助け出した。成る程、外見は男性に見えても中身は女性だから噂に登ってもすぐに誤解が解ける。
「っはぁ、ありがとうございましたヤルナ将軍。全くどういった意味で私にこれが渡されたのでしょう?」
「思い当たる事はないのですか?」
「ええ。」
秘書官に尋ねながらルディはカリンが秘書官の頭上を驚いた顔でジッと見つめているのも気になったが、とにかく披露宴会場まで移動しようということになった。
披露宴が始まり招待客らはそれぞれ今日の主役を祝福しダンスをする者、談笑する者と様々に楽しんでいた。その会場で我に返った秘書官はコートと花束を侍女に預け飲み物を受け取ると会場を見渡す。まず、王太子は上座にいるのですぐに見つけられた、後は彼の側に付き花嫁候補達を紹介しなければ・・・と彼に近づこうとするとアルベリヒ自ら彼女の元へ向かってくる、その表情は些か不機嫌に見える。目の前まで来ると給仕から飲み物と軽食を受け取り秘書官に庭に出るよう促す。テラスから言われるがままに庭に出てガーデンテーブルの席に着くなり問い詰められる。
「アレはどういう事か説明してくれるか?」
「は?えっと、あの花束の事ですか?」
「他に何がある、お前は好きな男も婚約者もいないんじゃなかったのか⁉︎」
なんでそんなことで自分が責められなければいけないのかと思いつつも正直に答える。
「殿下に申し上げた通りでございます。一番困惑しているのは私です!ガウス様によると私に花束を渡した少年は主神ハーヴェイの仮の姿だと言うし、もう何が何だか・・・」
そこでふっと気が緩んでしまった。疲れた、婚礼の儀での奇跡とやらにあたったのか頭がうまく働かない、せっかくの王太子のお見合いをセッティングし遅くまで働き頑張ったのに・・・大体何故自分が責められなければいけないのかさっぱりわからない。
「・・・だな?」
へ?
「あ、すみません。よく聞こえませんでしたあの・・・もう一度仰って頂けますか?」
「責めるように言って悪かった。ただ、昨日の今日で話が違うしあれが神の授けた祝福なら君は幸せになれるのだろう。だか、まだ想い人はいないのだな?」
「は、はい。」
それを聞いてアルベリヒは安心したように微笑みながらポケットから何やら取り出した。
「ならば、まだ俺にもチャンスはあるわけだ。」
「は?」
アルベリヒは椅子に座るファンテーヌの前に跪いた。
「え、ちょっ、殿下⁉︎」
「ファンテーヌ・フォン・バイラル子爵令嬢。この指輪を受け取り、私の人生の伴侶になっていただきたい。」
ええぇ〜⁉︎
「だ、ダメです!頂けませんそれはお母様の形見ですよね?私のような下位貴族の娘ごときが殿下の伴侶など無理です!」
「そうかな?今日はなかなかに有望な花嫁候補を招待客に紛れさせているようだが、彼女らに私の手綱が取れるとは思えん。仮にあの中から選んだとしても愛情のない世継ぎのためだけの結婚生活は不幸ではないか?」
バ、バレてた・・・。
「その点、君は私をよく知っているし国政もよくわかっている。それにな、思い出したんだなぜ俺の秘書官に引き抜いたか。」
「何故でございますか?」
そういえば、王宮に帰られてしばらくしてから突然異動させられた。
「妹姫達のところにいた頃はよく笑っていたな。」
あぁ、そういえば確かに毎日気負わず楽しかった。
「調べたら頭も切れるし仕事もできる、それに何よりあの笑顔を側に置きたかった。まぁ、俺が不甲斐ないせいかその笑顔は段々見られなくなったがな。」
「申し訳ございません。殿下の秘書官たる者、それも女ですから隙を見せたりして殿下にご迷惑をおかけしてはいけないと思いまして・・・」
「うん、それは間違っていない。だからやはり妻にするなら君がいいんだ。」
「いえ、でも・・・!」
「陛下も貴族ならば身分の上下を問わないと仰っている、つまり君には資格が十分ある。それに・・・一目惚れだ。最近自覚したが間に合ってよかった。もう一度言う、どうか私の人生の伴侶になって欲しい。君でなければ駄目だ、君に王太子妃以前に私の妻になって欲しい。」
視界がぼやけてきた涙がポタポタと落ちるのを殿下がハンカチで拭ってくださる。本気だ本気で仰っているのだ。早くに亡くされたお母様の大事な指輪をこんな私に受け継げさせようとするほどに。
「アルベリヒ様・・・ありがたく申し出を受けさせて頂きます。」
その時の彼の表情を私は一生忘れないだろう。幸せそうに笑って私を抱きしめ耳元で囁いた。
「必ず幸せにする。」