表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
闇中輝眼  作者: 銀河狼
13/13

Scene 13 エピローグ

 殺人事件を担当する警視庁捜査一課はその日、午後三時をまわった頃にいきなり、上へ下への大騒ぎになった。

 所轄から殺人事件の一報が入り、その被害者がなんと、あの木内貴史らしい、というのである。

 なぜ断定ではないかといえば、首なし死体として発見されたからで、第一発見者は、三日前に出前をした日本料理店の店員で、器を回収に来て発見したのだ。

 何度チャイムを鳴らしても出てこないので、門に手をかけると、鍵がかかっていなかったため、これは勝手に入ってこいという意味だと思って、中に踏み込んだらしい。

 前にも同じことがあったので、不審には思わなかったそうだ。

 ところが、玄関には鍵がしっかりかかっていて、やはり応答はないので、様子をうかがおうと庭に回りこんだところで、遺体を発見したのだ。

 その連絡を受けてすぐ、館川と虎賀は現場に飛んでいったが、これがまた、当惑することになった。

 木内貴史の首の断面は、またしても獣が、力任せに噛み切ったようなひどい状態になっていたが、肝心の頭部がいくら探しても見つからないのである。

 周囲は血まみれだが、持ち去った痕跡は見つからない。

 遺体の傍に、土が軟らかくなっている部分があったそうだが、そこも埋めた跡とはどうも違うし、実際掘り返してみたが、なにも出ては来なかった。

 それにもう一つ不思議なのは、庭にある桜の樹だ。

 染井吉野は確かに、そろそろ花のシーズンは終わりを迎えているが、近所に聞き込みに行った者の話では、確かに三日前までは、満開になっていたというのに、散ってしまったどころか、すっかり枯れてしまっていたのだ。

 根元も徹底的に調べられたが、掘り返した跡も、薬品等をかけられた後もなく、これもどうしてそうなったのかわからない。

 三日前という符合からしても、なにか関係があるのではないかと、そこにいた誰もが首を思い切りひねる中、いきなり桜の樹は根元から、腐っていたわけでもないのに倒れ、しかもその下から、根にぐるぐる巻きにされた、木内貴史の首が発見されたのであった。

 もちろん、白骨化していたわけではない。無念の表情を浮かべていた首は、腐乱さえしていないのに、指ほども太さのある根っ子に、まるで抱え込まれるように絡みつかれていたのだ。

 倒れた樹によるけが人はなかったが、現場に戦慄と、ちょっとしたパニックが発生したのはいうまでもない。

 いかに経験を積んでも、こんな不可解極まりない事件に遭遇した者など、到底いるわけもなかった。

 若手の捜査員の中には寝込む者まで出たのも、ある意味無理はないだろう。

 その当事者の一人である虎賀は、さえない表情で、大塚にある東京都監察医務院に来ていた。

 三階建ての鉄筋コンクリートのこの建物は、東京都二十三区内で起きた、死因不明の遺体の司法解剖を行う医務院である。

 彼がここまで足を運んだ理由は、当然、例の木内貴史の死因を知るためだった。

 顔色がよくないのは、不思議な現象を目撃したせいではなく、すでに捜査が行き詰まりを見せてしまっていて、寝不足だからだ。

 本来なら、ピシッとしているはずの茶系の背広も、少しよれて、皺が目立っている。

「よう、きたな」

 一階の受付に行こうと入り口をくぐったところで、待ち構えていたらしい誰かから声をかけられた。

 本来、必要書類は送ってきてもらえるのだが、監察医からより詳しい話が聞きたかったので、連絡を入れてわざわざ出向いてきたのだ。

 それが、ここを訪れるための表向きの理由だった。

「例の、首なし死体の件だろう?」

 声の方を見るとそこには、こちらも忙しいのか、よれた白衣にぽつぽつと無精髭の生えた、四十半ばほどの眼鏡の男性が、その奥の瞳をしょぼしょぼさせて立っていた。

 虎賀は眉間に皺を寄せて、記憶の中をひっくり返した。

 面識はなかったが、覚えている顔の造作。

「え……と、狐塚こづか先生ですよね…?」

 写真で見せられただけなので、自信がなさそうに聞き返すと、虎賀より少し背の低い彼は、からからと陽気な笑い声を上げた。

「ああ、そうだ。俺の部屋で話そう」

 なにせかなり特殊な状態で発見されたし、解剖にはもちろん刑事が立ち会ったのだが、そうしたことに慣れているはずの彼らですら、気分が悪くなったのでというので、その結果を虎賀が代わりに自ら立候補して聞きにやってきたのだ。

 本当は、館川も一緒に行動すべきなのだが、彼は現在、やっと自宅に戻って休んでいるので、上司には捜査に行くわけではないから、一人で大丈夫だからと断りを入れた。

 これが終わって、書類を警視庁に持ち帰れば、虎賀も自宅に帰れることになっている。

 目配せされて首肯すると、先を歩き始めた狐塚の後についていく。

 一般人の出入りもある場所で、話ができる内容でもない。

 見るからに手狭な受付から、少し奥に入った、関係者のみ利用可能なエレベータに乗って、三階にわりあてられているという、狐塚の仕事用の個室へと向かった。

 彼はここでも、一、二を争う、腕利きの監察医なのだそうだ。

 しかし、こうしてこっそり観察する限りでは、気のいい中年にしか見えない。

 エレベータを降りると、白い、病院というよりは大学か研究所という雰囲気の廊下を抜け、いくつか同じような白いドアの並んだうちの一つに通される。

 中に入ると、それほど広くはない縦長の室内に、資料やら書類やらありとあらゆるものが、机の上に乱雑に積み上げられている有様に、正直虎賀は固まった。

 動いただけで、崩れてきそうだ。

「もてなしてはやれないが、勘弁してくれ」

 部屋の真ん中に集まっている、よくあるタイプの事務用机から、椅子を一つ失敬して、虎賀へとキャスターで転がす。

 机にもがたがたぶつけているので、大慌てで受け止めたが、思ったよりも安定しいるらしく、揺れても崩れてくるようなことはなかった。

 しかし、これだけ机があるというのに、狐塚以外誰もいないということは、人払いがされているようだ。

 そういえば、入り口でも待ち伏せされていたみたいだしと、目の前の人物に目をやる。

 両サイドの壁は、事務所などでよく見かける、灰色のスチール製の棚やら戸棚が占拠しているので、狭くて多少圧迫感がある。

 扉の正面の、唯一の窓の前にくっついている同じ型の机が狐塚のものらしく、その椅子を引っ張り出して、背もたれを前に、その上に腕を置いて逆向きにまたがるように腰掛けた。

 虎賀も、その前へと椅子を引っ張っていって座る。

 まだそっちの方が、広く床が見えているからだ。

「木内貴史だが……死因は、立花美和子と一緒だな。喉の噛み傷…どころか、食い切られちまったがな」

 おそらくは面倒くさいからだろう、短く切られている髪を狐塚は掻き回して、虎賀の顔をうかがった。

 名目上は、それを聞きにきたのだから、出だしとしては当然の話題だ。

「……そうでしょうね」

 それは予想されて、しかるべき死因だった。

 虎賀の落ち着いた態度に、狐塚はよくわからない唸り声を上げた。

 それから、急に顔を上げ。

「あんた、名前は……」

 少し考え込んでから、今更ながら、そう尋ねてきた。

 彼も写真は見たのだろうが、名前は忘れてしまったらしい。

「虎賀です。虎に、年賀の賀です」

 間髪いれずにそう答えると、狐塚は肩をいからせ、じっと虎賀の顔を、穴が開きそうなほど凝視する。

 そして、ためらいながら、一つの地名を口にした。

「……月城から来たのか?」

 そのあまりに直接的すぎる問いかけに、虎賀は吹き出したくなる。

 だいたいにおいて初対面では、こんな風に腹の探りあいになるのが常だが、彼はちょっと、そうしたことをするには感情が素直に表に出すぎているようだ。

「そうです」

 こういう人が相手では、あまり焦らすのはかえって気の毒なので、あっさり肯定すると、狐塚はそれで大いに安堵したようだった。

「そうか、それじゃあんた、上の人だな。こないだのパーティには参加したのかい?」

 膝をぽんとたたいて相好を崩しながらそう言うと、やっと思い出したようにごそごそと、机の上の、おそらく書類一式を探し始めた。

 それを見やって、虎賀は表情を曇らせた。

「いえ、仕事の方が急がしくて……」

「確か、あんたの相棒は、あの館川さんだって聞いたぜ? それじゃ、無理ないや」

 あの人、、まさしく刑事そのものって感じだからな。

 そう言って、またからからと笑うと、かき分けた書類の山の中から、これだこれだと、封筒に入れてあるそれをようやく見つけ出して、虎賀へと差し出した。

「これがそうだ。……それじゃ、まだ、あの三人には会ってないわけだな」

 それを、軽く頭を下げて受け取って、いきなりまじめな顔になった狐塚に言われたことに、無言でうなずいた。

 空気が少しばかり重さを増す。

 狐塚は、重苦しそうに息を吐いた。

「それじゃ、次に会う時でかまわないから、あんまり頻繁に事を起こすなって、釘を刺しておいてくれ。まだ、ごまかさなくても大丈夫なようだが、こちとらその度に、寿命が縮む思いしてるんだからな。いくら人間の一生が短いって言っても、お前さんの相棒みたいに、忘れない奴が出てくるからな」

 虎賀は、はあ、とその剣幕に気おされながらも、困惑して首をかしげた。

「狐塚さんが、直接言えばいいんじゃないですか?」

 それに、狐塚はとんでもないとぶんぶん手を振った。

「俺は、あのパーティに呼ばれるほどの血筋じゃないんだ。だから言ってるのさ」

 狐塚も、月城の出身ではあるが、瞳の色すら変わらない。

 事情に通じているというだけで、後は、ただの人間と差はないのだ。

 虎賀は、それならとため息をついた。

「……わかりました。でもまだ、先の話でしょう」

 承知したものの、次のパーティが開かれるのは、少なくとも四ヶ月後になるはずだ。

 その時に自分が注意をするということは、それまで、野放しということにはならないのだろうか。

 虎賀のもっともな疑問に、狐塚は渋い顔になった。

「その前に機会があるんなら、頼んどきたいが、いろいろ事情もあるしな。他の連中からも、注意ならぬ嫌味は相当言われてるだろうし、まさか墺守だって馬鹿じゃないから、それくらいは、自粛するだろう」

 ただ……と、言いよどむ。

「ここんとこ、インターバルが短くなってきてるようだから、それが気にかかってるんだがな……。職業柄、あんたが言ってくれるのが、一番効果がありそうなんでな。一応一族にかかわることだから、頼むよ」

 片手を顔の前でたて、すまなそうにいうのに、虎賀はうなずいた。

「狐塚さんが気にすることはありませんよ、そのために来たようなものですから」

 それに、狐塚はさらに渋面になった。

「……やっぱり噂になってるかい?」

 やはり気にはなるらしい問いかけに、虎賀は、天井を見上げ、しばし考え込んだ。

 なんと言ったらいいのだろうか。

「……噂にならない方が、不思議でしょう。彼は『異端』ですから」

 いたましげなその声音に、狐塚は目を伏せた。

 彼が、悪いわけではない。

 それは、天が与えた宿命であり、彼が望んで得たわけではない。

 わかってはいるはずなのに、同族の者さえ、彼を忌み嫌う。

 生気をすすって、命をつなぎ続けるがゆえに。

 しかしそれを、やるせないとは思っても、自分達はどうすることもできない。

 彼自身、同情されることを、快くは思わないだろう。

 だからこそ彼は、ありとあらゆる感情を呑み込んでいる、新宿という街に身を潜めているのだ。

 あの街は、どんな存在も拒まないし、受け入れもしない。

 ただ、流されるように生きるだけ。

「ま、よろしく言っておいてくれよ。あんたの相棒にもな」

 立ち込める暗い空気を振り払うように、あえて狐塚が明るくそう言えば、虎賀もはいと返事をして立ち上がった。

 胸の内を、隠して。

 用はこれで全部済んだ。

 必要な書類は受け取ったし、狐塚に会うという本当の目的も果たせた。

「それでは、また……といいたいところですが、あまり顔を合わせないほうがいいんでしょうね、私達は」

 別れの際の常套句を口にしかけて、虎賀は気がついて、肩をすくめる。

 それに、狐塚は笑った。

「まあ、職務上はまた会うこともあるさ。その時には、三人が元気だったかどうか聞かせてくれよ。俺達は、忙しくない方がいいんだからな」

 それは暗に、彼らに会うまでは、個人的には会わない方がいいということだろう。

 自分達の存在は、人に知られてはならない。

 それが、一族の不文律。

 冗談めかしているそれに、虎賀もここに来て初めて、にこやかな笑顔を浮かべた。

「刑事としちゃ、困るんだろうが、この件が無事迷宮入りするのを祈ってるよ」

 狐塚の皮肉に、虎賀は苦笑すると握手を求めた。

 人間は、一族以上に、異端に対して容赦がないから。

「これからよろしくお願いします。それでは、失礼します」

 瞬きをした虎賀の瞳が一瞬、鈍色に光る。

 だから、人間の中に、こうして紛れ込みながらも、自らを偽る。

「ああ、気をつけてな」

 その様にうなずいて、部屋を出て行く背中を見送るだけにとどめる。

 送ることはしない。こう見えても忙しいのだ。

 虎賀を話をするために、助手達をこの部屋から追っ払ったのだから、もうすぐ不機嫌になりながら戻ってきて、次の仕事へと追い立てられるに違いない。

 自分の担当したわけだが、あの事件は近々、闇から闇へと葬られることになるだろう。

 どんなに優秀な刑事であろうとも、解決できるはずもない。

 本当の闇を知らない、人間達には。

「知らない方がいいのさ」

 この真実はな……。

 呟きは、誰もいない部屋に溶けた。


 闇中輝眼

 これにて『闇中輝眼あんちゅうきがん』終了です。

 ここまでお読みくださいまして、本当にありがとうございました!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ