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英雄の墓

それから。


数日後。


ノンマルト王国の外れ。


王都から少し離れた場所に。


小さな丘があった。


そこからは。


王都の街並みが見える。


城の尖塔。


家々の屋根。


市場。


大通り。


そして。


人々が暮らす街。


その丘の上に。


一つの墓が建てられていた。


墓を建てたのは。


ミツヒロだった。


誰かに頼むこともなかった。


騎士団に任せることもしなかった。


石を探し。


運び。


削り。


土を掘った。


何度も手に傷を作りながら。


一人で。


何日もかけて。


ようやく。


一つの墓を作り上げた。


大きな墓ではない。


立派な墓でもない。


ただ。


一人の人間が眠るには。


十分なものだった。


墓石には。


文字が刻まれている。


『人類の平和のために命をかけた勇者、ここに眠る』


その前に。


カオル。


リュウ。


ミツヒロ。


三人が立っていた。


誰も。


口を開かなかった。


風が吹く。


墓前に供えられた花が。


静かに揺れる。


しばらくして。


リュウが。


墓碑銘を見つめた。


「……綺麗な言葉だな」


ミツヒロは。


黙っている。


カオルも。


何も言わなかった。


リュウは。


しばらく墓を見つめていた。


そして。


静かに口を開く。


「犠牲者は、いつもこう無様に死んでしまう」


カオルが。


顔を上げる。


リュウは。


墓に刻まれた文字を見たまま。


続けた。


「その犠牲者に投げかけられる言葉は、美しいものばかりだ」


「……」


「英雄だった」


「……」


「人類の平和のために命をかけた」


リュウが。


乾いた笑みを浮かべる。


「所詮、綺麗事だ」


風が吹き抜ける。


墓前の花が。


大きく揺れた。


「こいつは、英雄らしく死んだんじゃない」


リュウの声が。


少しずつ震えていく。


「民衆に石を投げられて」


「……」


「魔王を復活させられて」


「……」


「身体を操られて」


「……」


「最後には」


リュウは。


一度。


言葉を止めた。


「俺たちに殺された」


カオルが。


俯いた。


あの日の光景が。


今でも消えない。


ジャムルの身体。


血。


虹色の糸。


広げられた両手。


そして。


最後に見せた。


笑顔。


カオルは。


拳を握った。


「……それでも」


小さな声だった。


ミツヒロが。


墓石を見つめる。


「こいつが守ろうとしたものは、本物だった」


リュウは。


答えなかった。


しばらく。


三人の間に沈黙が流れる。


やがて。


丘の下から。


小さな足音が聞こえてきた。


トタトタ。


三人が振り返る。


一人の少女が。


丘を登ってきていた。


小さな手には。


花が握られている。


少し息を切らしながら。


少女は。


三人の前で立ち止まった。


「あの……」


カオルが。


優しく少女を見る。


「どうしたの?」


少女は。


墓を見る。


そして。


三人を見る。


「ここに……ジャムル様がいるんですよね?」


三人の表情が。


変わった。


その少女は。


あの日。


ジャムルが身を挺して守った。


あの少女だった。


カオルは。


静かに頷いた。


「……うん」


少女は。


墓の前まで歩いていく。


そして。


両手で持っていた花を。


そっと置いた。


小さな花だった。


高価なものではない。


けれど。


少女が一生懸命選んできたことが。


その花を見れば分かった。


少女は。


しばらく墓を見つめる。


「……あの日」


三人が。


黙って聞いている。


「ジャムル様は」


少女の声が。


少し震えた。


「私を助けてくれました」


カオルは。


何も言わない。


少女は。


花を見つめる。


「あのとき……怖かったです」


小さな手が。


ぎゅっと握られる。


「みんなが怒ってて」


「石が飛んできて」


「ジャムル様が……私の前に来て」


少女は。


胸の前で手を握った。


「私を守ってくれました」


風が吹く。


少女の髪が揺れる。


「……だから」


少女は。


墓石を見る。


そこに刻まれた名前。


ジャムル。


その文字を。


小さな指で。


そっとなぞる。


「私も」


三人が。


少女を見る。


少女は。


涙をこらえながら。


それでも。


まっすぐに言った。


「私が勇者になって」


一度。


息を吸う。


「皆を助けるんだ」


カオルの目から。


涙が落ちた。


けれど。


少女は。


それを知らない。


少女は。


墓の前で。


まっすぐに立っている。


「ジャムル様みたいに」


その言葉を聞いて。


ミツヒロは。


目を閉じた。


リュウも。


顔を背けた。


誰も。


何も言えなかった。


やがて。


少女は。


小さく頭を下げる。


「……ありがとう」


そして。


丘を下っていく。


三人は。


その背中を見送った。


しばらくして。


カオルが。


墓の前にしゃがみ込む。


墓石に刻まれた名前を。


指でなぞる。


「……ジャムル」


返事はない。


ただ。


風が吹く。


丘の草が揺れる。


遠く。


王都から。


鐘の音が聞こえてきた。


今日も。


人々は生きている。


子供たちは笑っている。


店は開き。


市場には人が集まり。


道には人が行き交っている。


平和な一日が。


始まっている。


それが。


ジャムルが。


命を懸けて守ろうとしたものだった。


けれど。


その平和を。


誰が作ったのか。


誰も知らない。


勇者が。


魔王を倒した。


そう。


人々は思っている。


王国は。


そう語るだろう。


そして。


誰も知らない。


その平和のために。


一人の勇者が。


自分の故郷に。


殺されたことを。


それでも。


丘の上には。


墓がある。


そこに。


ジャムルは眠っている。


故郷を守るために。


最後まで。


勇者だった男が。


そして。


いつか。


この墓の前に立った少女が。


本当に勇者になる日が来るのか。


それは。


まだ。


誰にも分からない。


ただ。


あの日。


一人の少女を守った勇者の意思は。


確かに。


次の誰かへ。


受け継がれた。


風が吹く。


墓前の花が揺れる。


遠くで。


子供たちの笑い声が聞こえる。


カオルは。


もう一度だけ。


墓石に向かって。


静かに言った。


「……おかえり」


返事はない。


それでも。


風が。


優しく吹き抜けた。


――魔王使いの勇者、故郷に帰る。

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