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Shadow hides──その犬たちは少女の番をする  作者:
【第二章】誰が為の遠吠え
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第14話(1)

 風竜が目覚めたのは、強盗事件発生から翌々日のことだった。


 ぼやけて輪郭の定まらない視界に、見慣れない真っ白な天井と鉄の匂い。視界に焼き付いた男の影。

 ただ漠然と、知らない場所だと思った。


(あ、オレ、死んだのか)


 訳も分からずそのようなことを考えたが、間もなく認識が間違っていることが明かされる。

 カーテンが開けられる音がして、淡い日光が差し込んできた。目が眩んで眉間に皺を寄せる。その様子を見たからか、これまた知らない声が聴こえた。


「ふ、風竜さん……? 気がついた……?」


 デジャヴを感じたところで、やっと自分はまだ生きながらえていることを理解する。我ながら某・平たい黒光りする虫並みのしぶとさだと呆れた。


 錆びたかのように動かしにくい首を右へ向ける。そこには、菫色の虹彩が瞬いていた。


「あんた、だれ。ここドコ」

「あ、え、えと、僕は、その」


 童顔の男は顔を青ざめさせる。限界まで眉を八の字に下げ、肩を縮こませてみせた。

 スタッカートの効いた意味をなさない音を発して、彼は素早く後退していく。壁際に背がついても後ろへ下がろうと足踏みした。


 あからさまに怯えた様子だったが、少年は構わず声を掛ける。千万路組の構成員かと尋ねると、バイオレットの両目を持つ彼は首肯した。

 素直な回答に風竜は、仲間ならいいやと再び眠ろうとする。先ほどから体が痛くて仕方なかったのだ。


 だが安眠は妨げられる。


「っおい風竜! 起きてんのかッ!!」


 聞き覚えのある怒号が殴り込んでくる。思わず少年は飛び起きた。

 軽くも鋭利な音で、布の隔たりが勢い良く開かれる。ぱっと明るくなった寝台の隣、入ってきたのは金髪の青年だった。

 彼は額に血管を浮かび上がらせるほど、頭に血が上っている。遠慮せずにぐいっと距離を詰められ、胸に人さし指を突きつけられた。


 深雲は畳み掛けるかのように、一昨日のことについて怒鳴った。自分に飽き足らず、詩歌にまで暴力を振るおうとしたとは何のつもりなのかと。


「覚えてねぇとは言わせねぇぞッ! 言影持ってねぇだとか嘘まで吐きやがってッ」

「は、何それ、言影持ち? オレが?」


 ピアスの彼の台詞に、少年は笑いながらも困惑の表情を浮かべる。意識が戻ったばかりともあって、彼の記憶は混濁しつつあった。


 童顔の男が、なんとか深雲と患者を引き離す。

 落ち着くように説得したが、金髪は風竜に殴られたことに相当腹を立てているようで背を向けてしまった。


「次やったら許さねぇ」


 刺々しい台詞を吐き捨てるその横顔は翳っていた。よく見ると、頬や腕には無数の絆創膏が皮膚を覆っている。


 気を取り直し、紫の目をした彼が話を切り出してくれた。


「ぼ、僕は(つるぎ) 知時世(ちとせ)と言います。境沢くんの、ルームメイトで、ここに一緒に住んでるんだ。それで、本題、なんだけど」


 (つっか)えつつも彼は丁寧に話し出す。

 まずは少年にどこまで覚えているのかと尋ねた。彼は唸りつつ、巨漢が現れて戦闘になったことは明瞭に記憶にあると言う。


 黒革グローブが嵌められた両手を見つめた。肉を殴った感覚は、頭よりも体の方がよく覚えている。


 順を追って思い出していた彼は、ふと口を噤んだ。あ、と零した声は萎み、指先が震える。


「オレ、みんなのこと殴っちゃった」


 頭に稲妻が打ち込まれる。俯いていた少年は首を(もた)げ、背を向ける深雲に視線を遣った。彼がこちらを振り返ってくれることはない。


 話をやめた彼に続いて、知時世が気まずそうに口を開いた。

 当時のことを覚えているのであれば問題はない。今回の枢要は、風竜が“暴走”したことについてだ。


 詩歌たちからの話によると、戦場に戻ってきた少年の右頬には証が在ったらしい。恐らく暴走の原因は、彼の持つ言影によるものだろう。


「てことはオレ、発現したってこと?」


 そうだと言いたいのだが、と言葉を濁らせて知時世は手鏡を取り出す。向けられたそこに映るのは、頭に包帯を巻いた自分だった。


 彼はまじまじと見つめると小首を傾げる。自身の頬に、件の“証”はなかったのだ。


 怪訝な顔つきになる彼に、青年は何故か早口になって説明する。

 知時世が発明した言影分析機で調べたところ、見たことのない結果が出たらしい。それは彼が、()()()()()()()()()()()というものと同然の数値だったのだ。

 しかし現在の反応はなく、非言影所持者であることに違いはないらしい。つまりは詠唱することによって発現するというのだ。


「厳密に言うと響さんの効力に触発されて表面化したというか、補われたというか、とにかく超レアケースだったんだよ!」


 上気した顔で説明し、彼は手元のバインダーを愛しそうに抱きしめる。

 楽しげな様子に、風竜は理解が追いつかずにいた。すると深雲が童顔の青年を止め、話題を逸らさないように言う。


 はっとした知時世は慌てて弁解した。どうやら言影オタクらしく、この手の話になると歯止めが効かなくなるそうだ。


 一つ咳払いをし、彼は説明を続ける。検査結果は他にも出ているといい、バインダーを広げて見せた。


 詠唱は《飼い殺せ、愚者の名を(コール・マイ・ネーム)》。

 効果は身体能力を限界まで向上させる、且つ理性を手放すという諸刃の剣だ。彼曰く、簡単に言えば暴走するのだそう。


「そ、それを止めるためには、じょ、条件があって」


 彼は白い指で資料の下を指さす。そこに並んだ文字が示す内容は。


「飼い主に名前を呼ばれること、だよ」


 知時世の台詞に、過る小さな組長の弱々しい姿。


 助けを乞うていた彼女を、果たして自分は助けられていたのか。彼は唐突に不安に思ったのだった。

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