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見て、月だよ  作者: 不覚たん
第七部 蛇足

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71/82

その頂にあるもの 三

 十三階――。


 景色は他のフロアと変わらない。

 そのはずなのに、まるで時間が止まっているかのようにひっそりとしていた。

 風もないから、空気が鬱滞している。


 サルが顔をしかめた。

「以前、ここには厄介なヘビが棲みついていてな。そいつのせいで、自由に行き来できなくなってたんだ」

「じゃあ、このアパートは十三階で分断されていたと?」

 俺が尋ねると、彼はしわっぽいサル顔をさらに渋くした。

「そーゆーこったな」

「そのヘビは、なぜそんなことを?」

「知らねーよ。ここには頭のおかしな連中しか住んでねーんだからな。みんな自分勝手な理屈でしか動いてねェ。おおかた、そいつにとっていい餌場だったってだけだろ」


 このフロアにはセンさんしかいなかった。

 一人で三味線を弾いていた。

 俺に危害を加えることもなく、ただ行かせてくれた。

 いったい彼女は何者なのだろうか?

 いちど、きちんと話したほうがいいかもしれない。


 *


 十四階、十五階、十六階と進んだ。

 襲ってくるのは目のうつろな連中ばかり。血肉に飢えた食人鬼。だが、俺たちの敵ではなかった。いまのところは。

 しかし疲労はあった。


「少し休憩しませんか? ちょうど知り合いの家があるんです」

 俺の提案に、日暮さんもうなずいてくれた。

「助かるよ。俺もそろそろ座りたかったところだ」


 ただ、本人がいるかどうか分からない。

 俺はドアをノックして、中に呼びかけた。

「ジュリエットさーん! 霧島でーす! よかったら開けてくださーい!」

「……」

 しばらく反応がなかった。

 不在か、と、あきらめかけたそのとき、カタリと鍵の開く音がした。


「お邪魔します」

 ドアを開ける。

 中には誰もいない。


「なんだ? 罠じゃねーのか?」

 サルが不審そうに廊下から覗き込んだ。

 が、俺は構わず中に入る。

「大丈夫ですよ。知り合いですから」

 きっとトイレだろう。

 意外とシャイなのだ。


「ジュリエットさん、ごめんなさい。少し休憩させて欲しくて」

 するとトイレのドアがバンと開き、オカッパ少女が顔を出した。

「うちは無料の休憩所じゃないんだけど」

「あとで埋め合わせするから」

「その言葉、忘れないで」

 フッと笑みを浮かべて、ドアを閉めた。

 出てくるつもりはないらしい。


 日暮さんは溜め息だ。

「ずいぶん顔が広いんだな」

「けど、前回来たのはここまでですよ。ここから先は未知の領域。あとはそっちのサルが頼りになると思う」

 信用していいのかはまだ分からないが。

 あの金にがめついサルが無料で道案内をしてくれるなんて、怪しすぎる。


 サルはへらへら笑ってる。

「おうよ! 大船に乗ったつもりでドンと任せてくれ!」


 もし普通に階段をあがるだけなら、十六階くらいは数分で行ける。

 しかしここは階段の場所があちこち飛んでいる上に、敵の襲撃もある。サルを助けるという給与外労働まで発生してしまった。まだ動けるが、それでも疲労は蓄積していた。

 上へ行くほど危険度が高まるのだ。ここで夜を明かすのは悪い手ではない。


「日暮さん、提案があるんですが。ここで一泊して、残りは明日にしませんか?」

「俺もそう考えていた。この銃は、意外と体力の消耗が激しくてな」

 彼の銃は、事務所のメンバーが使用しているのと同じタイプ。使用者の「気」を消費して発砲するものだ。しかし「気」とはいうが、普通に体力を奪われているとしか思えないが。


 ムダな発砲の多い和木巡査は、もともと骸骨みたいな顔なのに、さらにゲッソリしている。

 銃の撃ち過ぎで過労死しそうだ。


「ん? 待つっちゅ。あいつがトイレにいるなら、おしっこするときどうすればいいっちゅ?」

 ちゅみみがそんなことを言い出した。

 前回の悪夢がよみがえる。

「小さいほうは風呂場で済ませてくれ。家主の許可は得ている。ただし、絶対に流すこと! 絶対にな! 大きいほうは……。俺にも分からん」

「そうっちゅか。ま、普通に風呂入ってくるっちゅ。覗いちゃダメっちゅよ?」

 誰が覗くかよ。


 *


 俺もシャワーを浴びた。

 接近戦をしていることもあり、返り血を浴びまくっていた。ここでは血が金になるが、さすがに空気に触れて乾燥したものは価値を失う。一円にもならない命のやり取り。余計な労働と言うほかない。


 サルが近づいてきた。

「なあ、あんた。聞いたぜ。文車の皇帝と、レジスタンスのリーダー、両方の首を刎ねたんだってな」

「そうだが……」

 当事者から話でも聞いたのか?

「恐れ入ったね。ただの人間が、まるで神みてーにケンカ両成敗をやってのけたってわけだ」

「茶化すなよ。戦場に神なんかいない。あの場にいたら、俺以外の誰でもそうしたはずだ。俺は偶然その場にいただけの個人に過ぎない」

「それで? 恨みも買わずにいままで無事に生きてこられたのか?」

「レジスタンスは俺を恨んでないし、王朝のほうは新しい皇帝がうまいこと取りなしてくれたからな。けど、いつ殺されてもおかしくはない」


 もともとレジスタンスは、王朝を打倒したのち、議会制の政権を発足させるつもりだった。朽拿が新しい王になろうとしたのは、完全な勇み足だ。レジスタンスも、担ぎ上げた神輿を間違えたことに気づいていた。


 王朝は……。一部の守旧派が、俺を嫌っているのは知っている。だが俺が朽拿による支配を突っぱねて、首を刎ねたことは、少なからず評価されていた。おかげで王朝は滅ばずに済んだ。


 両陣営の思惑が、たまたま噛み合った。

 というか、ふうちゃんが裏で手を回してくれたおかげで、俺の問題は最小化された。

 運がよかった。


 サルはニヤニヤしていた。

「そう謙遜するなって。俺は感謝してるんだぜ。あの暴君をぶっ殺してくれたんだからな」

「俺はただ仕事としてやっただけだ。思想はない」

「好きだぜ、そういうの」

 なんだこいつは?

 なにが目的なんだ?

 気味が悪いな。


 *


 体を休めていると、かすれた「通りゃんせ」が流れ始めた。

 あのクソデカいウーパールーパーは、いまだにトラウマだ。戦闘とかいうレベルじゃない。災害だ。斬っても斬ってもダメージにならない。幸い、アパートが音楽で出現を知らせてくれるからいいものの……。


「少しいいか?」

 そろそろ寝ようかというとき、朽拿が声をかけてきた。

「時間なら腐るほどある」

「そうじゃない。ちょっと内密の相談があるんだ」

「分かった」

 ここじゃ話せないようなことだろう。

 俺を暗殺するつもりじゃなければいいが。

 いちおう刀を持っていくか。


 *


 ひっそりと静まり返った廊下に出た。

 ぬしの姿はすでにない。痕跡さえない。


「で? ご用件は?」

「理解していないのか? あのサルのことだよ」

 朽拿は、まるで自分だけが気づいているといった様子だ。

「あいつのことなら俺も信用してない」

「彼はましらの末裔だ。王朝の力が弱った今、国家転覆を狙って攻めてきてもおかしくない」

「一理ある」

 一笑に付してもよかったのかもしれない。大袈裟だと。だが、俺もいまの王朝の行く末は気になっていた。邪魔するヤツは歓迎しない。


 朽拿はかすかに溜め息をついた。

「よかった。まともに聞いてもらえなかったらどうしようかと。みんな最初は僕の意見を笑うんだ。そんなことあるけがない、考え過ぎだ、ってね。けど、最終的に僕の言った通りになる。天才とは孤独なものだ」

「苦労してきたんだな」

「分かってくれとは言わない。だが君は、僕ほどじゃないが、まあまあ頭は回るらしい。そこだけは認めよう」

 ずいぶん上から評価してくる。

 これではレジスタンスでも嫌われていたはずだ。九字羅の甥ということ以外、特に見所もない。いや、実際、頭もいいのかもしれないが。


 俺はつい笑った。

「けど、どうするんだ? 天才軍師どのにはなにか策でもおありなのか?」

「皮肉はよせ。それを一緒に考えようというんじゃないか。一人の脳では限界がある。僕は自分だけでなんでもできると考えるうぬぼれ屋じゃない」

 これでうぬぼれ屋じゃないのか。

 そもそも、あのサルを助けたのは朽拿だ。なにか策を用意しておいて欲しかった。まあ自分から動いた点だけは評価してやってもいいが。


 師匠は言っていた。

 可能な限り情報を集めろ、と。

 もし必要な量の半分しか情報を得られなかった場合、そのまま戦えば俺たちは命の半分を失う。


 俺はしばし思案したのち、こう応じた。

「いまはまだ泳がせてもいいかもしれない。意図がひとつも見えない状態だからな。俺たちを案内するフリして、罠にハメる可能性もある」

「なぜ?」

「あくまで可能性の話だよ。とにかく、あいつがボロを出すのを待つんだ。あるいは待つだけでなく、誘発する」

 あのサルは聞いてもいないことを勝手に喋る。

 きっと揺さぶりをかければ、こちらの期待以上の回答を出してくるはず。

 そういうヤツだ。


 *


 翌朝、口論で目を覚ました。

「なんで流さないんですかぁ!?」

「ひぃぃっ」

 サルが、ジュリエットに包丁で追い詰められていた。

 どうせ夜中に風呂場で小便をして、そのまま流さず寝たんだろう。自業自得だ。

「霧島さんが流すよう説明しましたよね? なんで流さないんです? 確固たる思想に基づいて流さないんですか? それとも忘れてましたか? 自分の家じゃないから?」

「ち、ちち、違うんだ! 流したつもりだったんだ! ただ、寝ぼけてて……」

「寝ぼけてた? そんな程度の低い脳味噌、要ります? 摘出してあげましょうか?」

「た、助けてくれ!」

 いまこの場でジュリエットがサルを始末してくれたら、だいぶ話が簡単になる。


 だが、どうせ不命者は生き返るのだ。

 このまま死なれては、サルの目的が分からないまま、恨みだけ買うことになる。


 俺は勢いよく土下座した。

「ごめんなさい! この不始末は俺の責任です! このクソザルに代わって、心からお詫び申し上げます!」

「……ふぅん?」

「いまは手持ちがないのでアレですが、前回同様の慰謝料をお支払いするとともに、のちほど可能な限りおもてなしさせていただきます! どうかひらにご容赦を!」

「まずは流してきて」

「はい!」

 即座に立ち上がって風呂場へ。

 ただシャワーで流すだけでなく、石鹸で床や壁も洗い流した。服が濡れようが関係ない。サルの痕跡を残さないよう、完璧に仕上げなければ。


「終わりました!」

「いいでしょう。許します。私も、これ以上、友達を失いたくありませんから。ケーキ食べ放題、楽しみにしていますよ」

「お任せあれ!」

 問題を起こしたクソザルは、尻もちをついたまま詫びのひとつもない。まあ怖すぎて喋れないんだと思うが。


 なぜ俺がサルの小便の世話をせねばならないのか。

 いや、いい。

 これでサルに絡む理由ができた。このネタで絡みまくって、情報を引き出させてもらう。労働の代償は、情報だ。どうしても喋らないようなら、俺がジュリエットに代わって脳を摘出してやってもいい。


(続く)

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