その頂にあるもの 四
旅が再開した。
先の見えぬほど長い廊下。
いつ誰が襲ってくるともしれない危険地帯ではあるが……。
「いや、おサルさんね、困るんだよね、ちゃんと流してくんないとさ」
「さっき謝っただろ!」
俺の苦情に、サルはあろうことか反論してきた。
もっとムキにさせて喋らせたほうがいい。
「それだけじゃないよ。命を救ってやったのにさ。恩はどこに消えたんだ?」
「だから道案内してやってるんじゃねーか」
「道案内? 案内できるほど詳しいの?」
「バカにするな。俺の縄張りは三十階なんだ。アパートのことは上から下まで全部知ってる」
三十階?
それが事実だとすれば、かなりゴールに近い。
しかもいま「縄張り」と言ったか? 仲間たちもそこにいる可能性がある。合流されると厄介かもしれない。
案外、朽拿の言う通り、王朝に対してなにかを仕掛ける気でいるのかも?
「下まで? 開かずの扉も?」
「おいおい。ホントになにも知らねーんだな。開かずの扉なんて都市伝説だよ! あるわけねーだろ!」
あるし、俺は中にも入ったのだが……。
このサル、適当にフカしているだけじゃないだろうな。
「分かったよ。認める。道案内はあんたに任せるよ」
「ったく。めんどくせー人間だな。最初からそうしとけってハナシ」
すると脇道から「肉じゃァ!」と老婆が飛び出してきたが、和木巡査が「発砲します!」と蜂の巣にした。
サルはびっくりして目を見開いていたが、ほっと息を吐いた。
「ったく、治安の悪さは相変わらずだな」
「警察があのザマだからな」
俺の指摘通り、和木は死体に向かって「発砲します!」と射撃を続けていた。それを日暮さんが肩をぽんぽんして止める。
サルは皮肉っぽく笑った。
「警察? そんなの問題じゃねぇよ。そもそも警察なんて、御所の周りしか見回らねーだろ。上は放置状態。俺らは、俺ら自身で身を守るしかねーのよ」
「下で暮らさないのか?」
「簡単に言うんじゃねーよ。居場所がねーんだよ。特に俺らは……おっと。喋り過ぎちまったな。とにかく、俺らは迫害されてるんだ。敵も多い」
王朝だけでなく、カニとも争っているようだしな。
敵ばかり増やしていては、勢力が拡大することはないだろう。戦いとは所詮、潰し合いなのだ。減ることはあっても増えることはない。すり減る一方だ。方針を変えない限りは。
「未来がよくなるといいな」
「なるさ、すぐにな」
俺の皮肉に、サルも皮肉っぽい笑みで応じた。
やはりなにかありそうだ。
*
十六階、十七階、十八階……。
小競り合いはあったものの、特に問題もなく進むことができた。
だが二十階。
フロアに足を踏み入れた瞬間、異常さに気づいた。
壁が傷だらけだ。
「ああ、斬りたい……なんでもいいから……斬りたいんだ……」
ひょろりとした男が、廊下にぽつんと立っていた。
両手がハサミになっている。
もしやシザーなんとかってヤツか……。いや、あの赤いライダース・ジャケット……。カニ? いやエビか? ザリガニかもしれない。
暗い目をした若い男だった。
「斬りたいんだよぅ……」
ハサミをシャカシャカ動かしている。
このエリアの命をすべて狩り尽くし、空虚な気持ちにさいなまれているかのような。
俺は殺気を感じ、あわてて抜刀した。キィンと火花が散った。
男はもとの位置に立っていた。おそらくこちらへ一撃を加えて、さっと飛びのいたのだ。男の目がギョロリと動き、こちらを捉えた。
「いま……俺の攻撃を受け流したのか? 人間が?」
「安心しろ。運がよかっただけだ。次は死ぬ」
俺の皮肉に、男はにこりともしなかった。
「お前……普通の人間ではないな……?」
「普通の人間だよ」
いちど獣になって風輪に飛ばされて以降、自分がどういう扱いになっているのか正確には分からないが。俺自身、なにか変わったつもりはない。
男は告げた。
「俺の名はアミキリ……友はいない……すべて斬ってしまう……」
「俺は霧島だ。偽名だけどな」
「偽名とは無礼だな……。相手に対し、名を名乗る度胸さえないか……」
「ふん。こっちは個人情報保護の観点からそうしてるんだ。逆にな、あまり簡単に自己をさらすなと俺は言いたい。取り返しのつかないことになるからな。分かったら以降は、あんたも偽名を名乗ることだな」
「えっ……? えっ……?」
混乱している。
この文化も文明もないような場所に、現代の価値観を持ち込むべきではなかったか。
「発砲します!」
予期せぬタイミングで、和木巡査が発砲を始めた。
こういう「待て」ができないイヌに銃を持たせてはいけないと思う。行政は一刻も早くこいつから銃を取り上げたほうがいい。
アミキリはひょいひょいと謎のポーズをキメながら銃弾をかわした。
火薬で発砲するタイプと違い、飛翔速度はそんなに早くない。プロ野球選手の投げるボールくらいか。距離があれば回避でき……なくもない。目がよくて、体が反応できれば。
「みんな目をつむれ!」
朽拿が印を結んだ。
目を?
すると目をつむっても分かるほどの閃光が起きた。
つい薄目を開くが、まぶしすぎて直視できないほどの光。熱はない。ただの目くらましかもしれない。
アミキリはハサミで目を覆っていたが、だが遅かったのだろう。少しフラついていた。
いま撃てば当たる。
だが、日暮さんも和木巡査も顔を覆ってしゃがみこんでいた。どちらも反応が遅れたクチか。
サッとちゅみみが駈け出した。
アミキリは音と気配だけを頼りにハサミを振る。が、空振り。
その背へ、俺は刀を突き立てた。
「悪いな。先を急いでるんだ」
「姑息なマネを……」
「恨むなら、あんた自身の強さを恨むんだな」
刀をねじってから引き抜いた。
アミキリは床へ崩れ落ち、そのまま絶命。
俺は血をふって納刀し、両手を合わせた。
サルが不快そうに舌打ちした。
「ンだよテメー、クソ強ぇじゃねーか」
「強くはない。ただ素人が刀を振り回してるだけだ」
「ふざけんなよ。アミキリって言ったら、十三階のヘビみてーな存在だぞ? そいつを殺しといて、強くないだと?」
なにを怒っているのか分からない。
もっと簡単に俺を殺せると思っていたのに、その予定が崩れたか。
「俺が一人でやったならともかく、チームワークでやったんだ。あんたでも俺の代わりはつとまったはずだ」
「だが、最初の一撃はどうだ? あんなの、普通は防げやしねぇ」
「あれは運がよかっただけだ」
本当にそうだ。
たまたま刀を構えた位置に、相手の攻撃が来たのだ。俺が本能的に捌いた可能性もあるが。あれを実力だとは思いたくない。もう一回やったら絶対に死ぬ。
サルは深い溜め息をついた。
「謙虚もそこまでいくと嫌味だな。先に言っておくぞ。二十六階にクモ女がいる。そいつもエリアを丸ごと仕切ってるバケモノだ。お前なら、きっとそいつにも勝つんだろう」
「賭けないぞ」
「ああ、賭けねーよ。賭けになんねぇからな。賭けるモノもねーしよ」
興奮している。
それはそれとして、こいつは自分が口を滑らせていることに気づいていないのだろうか。
「それにしても不思議だな。そのクモ女やアミキリがいるのに、あんたはどうやって三十階から下におりてきたんだ? 通行許可証でもあるのかな? それとも抜け道が?」
「いいだろ、そんなこと。どうでも」
答えるどころか逆ギレとは。
本格的に怪しい。
サルはもう正体を隠す気もなくなったのか、開き直った態度でこう言った。
「いいか? 俺はお前らが、俺を疑ってることに気づいてるぞ?」
「はい? 誰が……誰に? なんだって?」
「だから。俺は、お前らが、俺を疑ってることに気づいてるって言ってんだ」
「な、なんだって? つまり? あんたは、俺たちが、あんたを疑ってることに気づいてるってことか?」
「は? もっとゆっくり」
「いやいい。すべて理解できた」
「なんだァ……てめェ……?」
からかっていたら怒ってしまった。
とにかくバレているのは間違いない。
俺は咳払いをし、話を仕切りなおした。
「けど、約束は守るよな? 道案内してくれるんだろ?」
「いちおうな」
なぜ偉そうなのだ、このサルは。
俺はつい笑ってしまった。
「裏がありそうな言い方だな」
「俺を疑ってるヤツに教えることはなにもない。俺の命を助けた件は、JSの写真でチャラになってるんだ。道案内は、あくまで俺の善意でやってることだからな。それを忘れるな」
「それは失礼した」
朽拿の野郎がクソみたいな賭けに応じてしまったせいで、話が少しややこしくなっている。
あとで責任をとってもらおう。
しかし二十六階にもバケモノがいるとはな。
クモにはいい印象がない。
(続く)




