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見て、月だよ  作者: 不覚たん
第六部 黄

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娯楽

 数日後、バカげた支配がウソだったかのように、別館はもとに戻った。

 たぶん。

 表向きは。


 三等市民を見下していた二等市民も、一等市民も、そんなことありませんでしたみたいな顔で日常生活を送っている。

 扇動する人間がいなければこんなものだ。数が集まると途端にクソになる。減るとおとなしくなる。


 食堂近くの広場には、椅子に拘束された高田が「展示」された。

 もちろん死んではいない。

 栄養は点滴で与えているし、トイレは自動で下に落ちるようになっている。


 投票箱が二つ設置されており、住民は自由に「無罪」か「死刑」かを選択できる。

 死刑の投票箱はいっぱいだ。

 無罪のほうは……同情で数票入っている感じか。


「多賀峰さんよ、なんでこんな残酷なこと思いつくんだよ?」

「私のことナメてる? 共和国では普通のことよ」

 いまは敵ではない。

 あくまで表向きは。

 許したわけではないが……。すでにいっぺん殺しているので、それ以上はオーバーキルだと判断した。互いのツラにはうんざりしており、殺し合うほど元気になれなかった。


 *


 たまこは、俺たちの動きを察知していたらしい。

 だから仲間たちを集めて行動してくれた。

 安田少年も、赤尾さんも、先生に殺されはしたが、反魂の護符のおかげで無事だったらしい。


「師匠、なにかお手伝いできることありますか?」

「いや、大丈夫だ。座っててくれ」

 安田少年が生きていたのはいいが、師匠にまとわりついて鬱陶しいことこの上ない。

 一番弟子である俺の存在を忘れてないよな?


 俺はいま、報告のため本館の事務所に来ていた。

「お疲れ様でした。ちょっと情報の理解に……時間が必要でしたが」

 さすがの生倉さんもくたびれた表情だ。

 御所と俺に挟まれて、調整するのに疲れたのだろう。


「依頼主は?」

 俺の問いに、ボスは肩をすくめた。

「配偶者が支払うと言ったきり、逃走しました。料金を踏み倒すつもりですね」

「なら、その分は俺が払いますよ」

「じつはそれでは足りないのですが」

「もっと働いて返します」

「いいでしょう」


 それにしても、今回の御所の動きにはガッカリだった。

 陛下は議会を尊重するため、強権を発動したくなかったのだと思うが。お祈りデマが蔓延したせいで、ひとつもまともな策を打ってくれなかった。


 生倉さんはじっとこちらを見た。

「お疲れのところ申し訳ないんですが、じつは霧島さんに御所から招集が来ています」

「行きますよ」

 心身ともにすり減ってへとへとだが、俺も御所には用があった。

 なにか言ってやらないと気が済まない。


 *


 別館を経由せず、事務所から直接御所へ向かった。

 活況だ。

 歩いている不命者のみんなが楽しそうにしている。屋台の謎の食べ物を食べながら。まあマナーはよくないから、ポイ捨ても多いが。ちゃんと掃除するものもいる。あらゆる労働に対価が発生している。

 以前の殺伐とした雰囲気がウソみたいだ。


 ま、こんだけ楽しいなら、いちいち別館の人間なんて気にしてられないだろう。

 本当は別館だけでなく、本館もなくなる危機だったのだが。


 御所では、すぐさま執務室に通された。

 女性だらけの執務室。

 陛下は……いや、ふうちゃんは、人なつこい笑みで出迎えてくれた。しばらく会わなかったからか、少し照れている様子もあった。

「どうぞ座ってください」

「失礼」

 俺が腰をおろすと、侍女たちはすっといなくなった。


「お話はうかがいました。大変でしたね」

「もし御所から協力を得られたら、もっと楽に解決できたかも?」

 彼女を責めるべきではないのだが、どうしても言いたくなってしまった。

 お姉さんは申し訳なさそうに眉をさげている。

「うー、ホントにごめんなさい。いま皇帝の権力に頼ると、また議会のバランスが崩れてしまうので……」

「冗談だよ。大変なのは分かってる。たまちゃん連れてこなかったけど、大丈夫だった?」

「はい。今日はまた、雲外老師の要望なので……」

「ああ、そっち」

 アパートを守った英雄に金一封でも進呈してくれるのかと思った。

 そうすれば借金をどうにかできたかもしれないのに。


 *


 だだっ広い部屋に、老人が座していた。

「やりとげたのぅ」

 今日もこちらに背を向けて、壁の穴に棒を突っ込んでいる。

 釣りごっこだ。


 俺も隣に腰をおろした。

「死にましたけどね」

「死んどるの。ただのぅ、もう分かってるとは思うが、ここでの生き死になんぞ、たいした問題じゃあないんじゃ」

 不命者にはともかく、人間にとってはたいした問題なのだが。


「して、ご用というのは?」

「うん。生命の樹が朽ちるっちゅーことを、伝えようと思ってな」

「はい? 朽ちる? 間に合わなかったってことですか?」

「そうじゃ」

 そうじゃ?

 なんでこんなに他人事なんだ?


 まさかこの爺さん、最初からそのつもりで?


「老師、あなたの目的はなんなんです?」

「娯楽じゃ」

「はい? 俺らをコマにして、遊んでたってわけですか?」

「嘘を言わずに答えれば、そういうことになる」

 曖昧な情報を小出しにして、誘導するフリをしてたのは、そういうことか。

「そんなことして、なにが楽しいんです?」

「それはもう、お主にも分かっとるじゃろ」

「はい?」

「ここはのぅ、わしにとっちゃ、あの砂漠みたいなもんなんじゃ……」


 砂漠――。

 なにもなかった。

 風も、緑も、光も、音楽も……。


 老人はつるつるの頭をなでた。

「前も言うたな? わしにゃ未来は見えん。じゃけ……それでも予想が当たってしまうんじゃ……。なんもかも、思った通りに転がってく……」

「今回も?」

 俺の問いに、老人は初めてこちらを見た。笑っていた。

「今回は違う。わしの予想はことごとく外れた。興味深いのはあのネコじゃ。予想が外れるとき、たいていアレが関係しとる」

「たまこが?」

「ありゃ、スエに可愛がられとるな。生命の樹がの、あの娘を守ろうと必死で式神を動かすんじゃ。まるで子守でもするみたいにのぅ」

 その首を刎ねた俺は、さぞかし嫌われたことだろう。


 老人は壁から竿を抜き、床に置いた。

「わしゃ、アパートがどうなろうとええんじゃ。ただ、お主らを使って、どれだけ未来を予想できるか試しておっただけでの」

「ですが、結果として、たぶん救われました。お礼を言います」

 俺は頭をさげた。

 老人は目を細めて笑っていた。

「善意でしたわけじゃない」

「それでもです。厚かましいお願いですが、もっとお知恵を授けていただければ」

 知恵は武器だ。

 その武器をタダでくれるというのなら、いくらでも頭をさげる。


 老人はふんと鼻で笑った。

「こざかしい人間じゃのぅ。わしはなんも思いつかんから、好きに尋ねるといい。知ってる範囲で答える」

「ここは金輪ですか? 水輪ですか?」

 俺が尋ねると、彼は片眉をつりあげた。

「ほう。ま、その中で言えば、金輪じゃろな」

「だとするとその上に来るのは?」

「知っとるじゃろ。ここは上と下がつながっとる。あの砂漠は風輪じゃ。もうひとつ水輪がある。行きかたは前に言った通りじゃ」

「前に?」


 それは砂漠の上にあり、アパートの下にある。

 クモの糸では行けない。

 となると、アパートを下っていくほうが早い。


 思い出した。


 それはアパートの「出口」だ。

 本館を下ってゆくと、そこに開かずの扉があるという。扉は生命の樹の根で守られている。根を壊すと樹が死ぬ。


 だが、もうそんなことは些細なことかもしれない。

 俺たちは間に合わなかった。

 アパートは消滅する。


 老人はぼそりとつぶやくように言った。

「思い出したか?」

「はい」

「なにがある?」

「開かずの間と、樹の根っこです」

「根腐れを起こしてるいまなら、スエを殺さずとも中に入れるぞ。もし興味があるなら、アパートが消滅する前に行ってみるといい」

「……」


 そうか。

 本当に終わるんだな。


 だいぶ住み慣れてきたところだったんだが。


 *


 みんな、アパートがなくなったらどうするつもりなんだろうか?

 人間はいい。たぶん、居場所を作れる。

 だが不命者たちは?

 いまさら人間社会に溶け込めるのか?


 *


 御所を出た俺は、金もないのにある店に来ていた。

 その名も「ネコキャバ 快楽」。

 今日も愛嬌のあるネコ耳お姉さんが呼び込みをしていた。


「あ、人間のお兄さん! お久しぶりだにゃ! 寄ってくにゃ?」

「カネがないんだ」

「ツケでも飲めるにゃん!」

「じゃあ一杯だけ」


 我ながらクソしょうもない。

 寂しさを紛らわせる手段が、結局これとは。


「あんだっちゅ? ずいぶん長いことちゅみみをほっといたっちゅね?」

 ネコキャバなのに、ネズミをつけられた。

 看板に偽りありだ。

「少し飲みたくてな」

「あのクソネコはどうしたっちゅ? 急にバックレて、店長もぷんぷんだっちゅ」

「重要な仕事があったんだ」

「かーっ。仕事ナメんのもたいがいにしろっちゅ。これだからネコとタコは信用できねーっちゅ」

 細い体で頑張ってバニー衣装を着ている。頭にはネコ耳。

 フリーで入ると必ず出てくるということは、あまり指名をもらえていないのだろう。それでも頑張って地道に働いている。

「頼む、ついでに俺のことも怒ってくれ」

「あんだっちゅ? ドMっちゅか? いや、ちゅっみはそういうのやってねーっちゅよ……。あんまり怖がらせないで欲しいっちゅ……」

 体をちぢこめながら、酒を用意してくれている。


 ムリな状況で頑張って働いたこと、御所が手を貸してくれなかったこと、金がないことなどを話し、俺はちゅみみに慰めてもらった。

 まさかネズミに人生相談するハメになるとは思わなかった。


 *


 事務所へ顔を出すと、生倉さんだけが残っていた。

「お帰りなさい」

「あれ? 皆さんは?」

「帰りましたよ。さすがにそろそろ時間ですし」

 そうだ。「通りゃんせ」の時間だ。

 別館のはただの騒音で済むが、本館のはシャレにならない。

「あ、じゃあ俺も帰ります」

「大丈夫ですか? 少し飲んでいるみたいですが」

「えっ? ああ、まあ、軽くなんで……」

 普通にしていたつもりなのに、バレてしまうとは。

 さすが探偵事務所のボスだな。


 *


 外壁を伝って細い通路を渡り切り、別館に入った。

 毒ガスで滅んだ旧共和国のエリア。


 ここでは多賀峰と戦った。

 先生とも戦った。


 外壁がボロボロだ。

 凄まじいひっかき傷がある。

 毒が染み込んでいないところを見ると、最近できた傷だろう。きっとデカいトカゲがつけたに違いない。


 食堂に入ると、懐かしい婆さんが店番をしていた。

「もう店じまいだよ」

「どこにいたんです? 心配してたんですよ?」

「もちろん禁足地だよ。あたしゃ危険なことにはかかわらない主義なんだ。それで? 残りモノでよければ食うかい?」

「お願いします」


 薄暗い食堂。

 ほかに客はいない。

 俺はカウンター席でコロッケをふたつもらった。揚げてからだいぶ経ったような、油ギトギトのコロッケだ。


「あんたも知ってるだろうけど、最近、収穫量が減っててね」

「ごちそうですよ」

「あの樹、枯れちまうのかい?」

 俺が箸をつけようとした瞬間、老婆はそんなことを尋ねてきた。

「さ、さあ。どうでしょうね」

「あんた、ウソがヘタだね」

「いただきます」


 箸でコロッケをほぐしていると、じっとこちらを見ていた老婆が、また口を開いた。

「あたしがいない隙に、禁足地にネコが入ったみたいだね……」

「なにか問題が?」

「許可がないのは通さないことになってるんだよ。たとえネコだろうとね」

「よく言っておきますよ」

 これじゃ叱られるために来たようなものだ。

 ネズミは勢いで言ってくれるからいいが、婆さんのは辛辣すぎる。


 ただ、こうしてワーワー言われていると、ようやく日常が戻ったんだなという気分にはなる。

 もっとも、その生活も、アパートごと消滅してしまうわけだが……。


(続く)

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