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見て、月だよ  作者: 不覚たん
第五部 玄

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56/82

要塞

『なるほど。状況は理解できました。報告ありがとうございます』

 テレビを使って連絡を取ると、生倉さんが応じてくれた。

 それでも俺が勝手なことをしたせいか、態度がやたら事務的だったが。

「それで、もしよかったらなんですが……」

 俺がそう言いかけたところで、彼女は目を細めた。

『それは依頼ですか?』

「えっ?」

『依頼でしたら料金が発生します』

「ああ、いや……」


 そうだ。

 彼女たちはプロなのだ。

 いくら同じ事務所とはいえ、プロをタダで動かすわけにはいかない。


 生倉さんは溜め息をついた。

『それより、別件で依頼が入りまして。あなたにもその件で動いて欲しいのですが』

「えっ?」


 いま?

 このタイミングで?

 その依頼のために、別館から戻れと?

 まあ仕事なんだから、俺の個人的な欲求よりそっちが優先されるのは当然だが……。


『依頼主はセンさん。内容は、感謝教団が別館でおこなっている破壊活動の阻止。しかし正直、支払われたのは前金だけでして。成功報酬を回収できる見込みはありません。彼女は、自分の配偶者が支払ってくれると主張しているのですが』

「……」

 配偶者?

 奇遇だな、俺も支払おうと思ってたところだ。足りればだけど。


『霧島さんは、現地で情報収集を開始してください。こちらは身辺警護の都合があるので、すぐには向かえませんが。依頼を受けた以上、可能な範囲でサポートします。なにかあったら連絡ください』

「了解」


 じゃ、俺の個人的な用事ではなく、仕事のほうを優先させることにしよう。

 結局、どちらでも同じことだが。


 通信を終えると、クソガキが寝転がりながら脇腹を掻いた。

「お? 仕事かぁ? せいぜい頑張れよな」

「なんだよ? 手伝ってくれないのか?」

「あーしは探偵じゃねーからな。このままだと、一人だけタダ働きだゾ」

 彼女の主張は完全に正しい。

 ただでさえ危険を伴う仕事なのだ。知り合いだからといって、タダでやる道理はない。

「もしお前を雇うとしたら、料金はどれくらいなんだ?」

「現物支給でいいゾ。あーしが屋台で食いたいもんがあったらオマエが払え。あと、あーしがなでて欲しいときは必ずなでろ。それが守れるならやるゾ」

 いつも通りだな。

 これじゃタダ働きと変わらない。

「分かった。ひとまずそれでいこう。成功したらボーナスを検討しておく」


 すると「待て」をしていたイヌが近づいてきた。

「アタシも同じ条件でいいよ」

「ありがとう。助かるよ」

 ん?

 同じ?

 マリカはニヤニヤしている。


 まあアパート全体の問題なのだから、全員が無給でやってもいい仕事ではあるが。依頼という形で入ってきた以上、少なくとも俺は仕事の形式でやらなくては。

 形式は大事だ。これをやめたら、俺たちは動物と変わらなくなってしまう。どんなにバカげていても。ま、動物にならざるをえないタイミングでは、形式も意味をなさなくなるが。せめてその瞬間までは守ってもいいだろう。


 *


 マリカと分かれた俺たちは、女子校へ向かった。

 もちろん敷地には入らない。

 やや離れた場所から、なんとか交渉を試みる。


「男の人は、それ以上近づかないでくださーい!」

 女子生徒が、バリケードの上から警告してきた。


 前回来たときは、ただ床に線が引かれ、「立入禁止」の看板が置かれているだけだった。監視もいなかった。

 しかしいまは堅固に廊下が封鎖されている。感謝教団の襲撃でよほどイラつかされたものと見える。


「西那さんの知り合いなんだ! 少し話をさせてくれ!」

「証拠はあるんですかー!?」

「証拠? いや、それは……」

 そんなものあるわけない。


 モメていると、女子高生たちが集まってきた。

「え、なに? また来たの?」

「女の子連れてる」

「油断させる作戦かも」

 まあ襲撃を受けまくっているのだから、疑心暗鬼になってもおかしくはない。


 どうしようか迷っていると、向こうから声をかけられた。

「あ、霧島さんじゃん! なにしに来たの?」

 この忘れもしないデコ。

 三千穀さんぜんごく舞華だ。

「西那さんと話がしたいんだが」

「分かった! ちょっと呼んでくるね!」

 すると生徒たちも「知り合い?」「あの刀の人じゃない?」「刀どこ? ここ?」などと言い出した。

 どの刀の人なのかは……考えないようにしよう。


 ややすると、困惑顔の西那さんが来た。

「霧島さん? なぜここへ……」

 いろいろ大変だったらしく、かなりやつれている。急に歳をとったような。

「大事な話があるんです。中に入れてもらえませんか?」

「それは困ります。いま部外者を中に入れるわけにはいかないので。ここで言えない話ですか?」

「さあ、どうかな」

 思わせぶりな返事をしたつもりはない。彼女たちに聞かれてもいい。だが、近くに感謝教団のスパイが潜んでいないとも限らない。


「分かりました。では、特別に! 特例で! お入りください。どういうわけか霧島さんは……しばしばトラブルの種にもなりますが、問題の解決力もあるようですから……」

「ありがとうございます」

 はて? トラブルの種?

 記憶にないな。

 比企地の暗殺はバレてないはずだし、その後、津邑がバラバラになった件も冤罪だった。なんのトラブルを言ってるんだ? どうせ前の住民たちで、なんでもかんでも俺のせいにしてたんだろうけど。


 *


 重たい木製のゲートが開かれ、俺たちは中に入った。

「そちらの……」

「たまこだゾ」

「たしか、ふうこさんの妹さんでしたね。打ち合わせが終わるまで、あなたは生徒たちと遊んでいてください」

「そうするゾ」

 バリケードの内側なら安全だろう。

 公園を改造した校庭で、部活をしている生徒もいる。


 *


 小さな職員室へ通された。

 職員室といっても、他の職員がいるわけではない。席を外しているだけかもしれないが。ここは西那さんが一人で切り盛りしている可能性がある。


 腰をおろすと、西那さんが溜め息混じりに切り出した。

「それで、お話しというのは?」

「感謝教団のことですよ。俺は、あいつらをどうにかしたいと考えてまして」

 俺が本館にいたことは知らないと思う。もとの部屋を出てからは、特にこれといった交流もなかった。

 彼女は、すると不審そうに目を細めた。

「あなたが? 一人で?」

「いや、何人かでそんな話をしてるところなんです。できたら、この学校とも協力できればと思いまして」

「お断りします」

「はい?」

 迷いもせずに?

 即答?


「あの高田という男には、私たちも困っています。ですが、いまのところ自分たちでなんとかできています。あなたの力は必要ありません」

「いや、いまはそうかもしれませんけど、そのうち……」

「そのうち? なんです? まさか勢力を拡大して、ここへ攻め込んでくるとでも?」

「そうですよ」

 分かってんじゃねーか。

 いや、分かっていないのか?

 西那さんはまた溜め息だ。露骨にうんざりした態度で。

「そうやって大袈裟に言いつのって、この学校をあなたの傘下におさめるつもりだとしたら?」

「はい? 俺が?」

「そういう手合いは多いんです。ここには若い女性が集まっていますからね。一見、紳士的に見えても、中身がどうなってるかまでは分かりません。私には、彼女たちを守る義務があります」

「でも状況が状況ですよ?」

「この状況だからこそです。なにか事件を利用して、自分の利益にしようとする悪い人間もいますからね。もちろん、あなたをそうだと言っているわけではありませんが」

 どういうことだ?

 この人は、俺に説教するために中に入れたのか?


「べつに傘下に入って欲しいとは言ってません。バラバラに独立してないで、連帯したほうがいいって言ってるんです」

「学校というものは、独立した自治をたもつべき場所です。もちろん社会とも無縁ではいられませんが……」

「共和国のときはどうしてたんです?」

「特になにも。ですから、今回も」

「襲撃されたんですよね?」

「戦闘には至っていません。ただ、言葉で言っても止まらなかったので、バリケードを作っただけで。けど、あれで十分防げています」


 自分たちだけでどうにかなっている。

 他人に借りを作りたくない。

 そんなところか。


 ここまで頑固になるのだから、それだけの理由が存在するのだろう。

 実際、津邑みたいな愚か者もいた。いままでも、住人たちの心ない態度でイヤな思いをしてきたに違いない。女だけで集まっていると、なぜか上から指図するヤツがいる。そういう経験が蓄積しているのだ。


「分かりました。強制はしません。そんな権利もありませんし。ただ、こっちは独立した人たちに連帯を呼び掛けて回る予定です。もし困ったことがあったら、そのときは俺の言葉を思い出してください。いつでも歓迎します」

「ご勝手に」

 取りつく島もなく拒否されてしまった。

 からといって、ここで腹を立てて、彼女たちを敵に回してはダメだ。

 あとで仲間になるかもしれない。


 ともあれ今日の交渉は終了。

 かと思いきや、西那さんがバツの悪そうな顔でこう続けた。

「ところで、みゅーちゃんを見ませんでした?」

 みゅーちゃん――。たしか、たまこのことだ。目の前に本人がいたのに、まったく気づかなかったとは。まあ普通気づくわけもないが。

「またいなくなったんですか?」

「ずっとですよ。あれから。どこにもいないんです。見てませんか?」

 感謝教団の襲撃よりも、ネコのほうが大事なのかこの人は。

 ネコは人を狂わせる。

 ネコは危険だ。

 禁止したほうがいいかもしれない。


 俺はスーツの内ポケットから名刺を取り出した。

「じつは俺、いま探偵をしてまして」

「はい?」

「ネコ、探しておきますよ。いえ、お代は結構ですよ。ネコの行方は俺も気になるので」

「生倉探偵事務所……?」

「安心してください。その事務所やってるの、俺と違って立派な女性ですから」

「女性なの? へえ」

 その情報を開示しておいたほうが、西那さんも安心するだろう。

 俺はべつに、男がどうだとか、女がどうだとか、主観で決めつける気はない。ただ、なにかあったとき、重大な被害を負うのは、統計上は女性のほうが多い。警戒したくなる気持ちはよく分かる。こっちもムリにこじ開けるつもりはない。


 *


 外に出ると、たまこがもみくちゃにされていた。

「いつもどこにいるの?」

「学校には通わないの?」

「なんか洗ってないネコのにおいする!」

 バレてる。


 三千穀舞華が苦笑気味に近づいてきた。

「あの子、かわいいじゃん。霧島さんの家族?」

「いや、知り合いの家族だな。それより、さっきは助かったよ」

「気にしないでよ。恩返しだから。先生との話は終わったの?」

「ああ。提案、断られちゃったけど。たぶんまた来ることになると思う」

「ホント? じゃあまた会えるね」

 無邪気な笑顔だ。

 彼女の友人の件では……なんとも言えない経験をした。乗り越えてくれたなら嬉しいが。いや、乗り越えなくてもいいのかもしれない。ああいうのは、一生引きずるものだ。あとはどう付き合っていくか。正解なんかない。納得のいく結論を、自分で出すのだ。それ以外にしようがない。


「たまこ、行くぞ」

「お、おう……」

 四方八方から女子高生にかわいがられて、耳まで赤くなっている。

 こんなにちやほやされたのは初めてだろう。

 髪もボサボサの生意気なクソガキだが、動物っぽい愛嬌はある。背も低いし。あんな感じで遊ばれるのも分からなくはない。


 *


「大変な目にあったゾ……」

「人間状態でそれなら、ネコになったらもっとヤバいことになるな」


 学校を離れ、廊下を歩いている。

 尾行はない。


「じつは西那さんから、ネコを探すよう言われてるんだが……」

「ぜってーイヤだゾ」

 そうなるよな。

「けど、かなり心配してんだよな。ちょっと顔を見せるくらいならどうだ?」

「まあ、あいつ、餌だけはくれるからな……」

 ネコを交渉の道具に使うなど、あまり褒められた行為ではないが。

 このままだとアパートが滅ぶかもしれないのだ。多少のダーティープレイはやむをえまい。たまこにとっては、母を救う行為でもある。


「どうした、霧島?」

「いや……。アパート、守らないとなって思って」

「なんだよそれ」

 説明しておくべきだろうか?

 雲外老師は、たまこに言うつもりでいたらしい話を、なぜか俺に丸投げしやがった。おかげで、俺に余計な負荷がかかっている。


 たまこは、自分のことを、正体不明の樹から生まれた食用肉だと思い込んでいる。

 まあそれは事実なのだが。

 その樹がスエという女性で、たまこの母親であるということは、まだ伝えていない。伝える必要があるのかも分からない。

 どうしたらたまこにとって一番いいのか。

 俺には分からない。


(続く)

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