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見て、月だよ  作者: 不覚たん
第五部 玄

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三人寄れば

 翌日、俺はたまこと外出した。

 また減点されてもイヤなので、刀は置いたままで。

 目的地は於路地の自宅。というより、イチカの様子を見たいというのが本音だった。たまこは置いて行きたかったのだが、置いて行く口実を用意できず、一緒に行くハメになった。


「はぁー。あーしは哀しいぞ。まだあのワンコロに執着して」

「俺にとっては大事なことなんだよ」


 安田少年は同行しなかった。市の仕事があるらしい。どうせ指からなにかを覗くだけの簡単なお仕事だと思われるが。


 目的地に近づくと、三人の男たちに囲まれた。

「おい、止まれ。ここになんの用だ?」

 武装は出刃包丁やフライパン。

 どいつもマフラーで顔を隠している。

「知人宅に寄ろうと思って。なんです? ダメなんですか?」

 刃物は怖い。

 だが、こちらにはたまこがいる。三人くらいなら一瞬で殺せる。


 俺が引かないものだから、男たちも困惑した様子だった。

「知人って誰だよ?」

「誰だっていいでしょ。こっちは丸腰ですよ? そんなに威圧しないでくださいよ」

「感謝教団のスパイだろ!」

 感謝教団?

 高田がやってる市民ごっこのことか?

「勘弁してくださいよ。俺もあいつらには心底困ってるんですから。いきなり減点されまくって、処刑されそうになるし」

 すると男たちは、互いに顔を見合わせた。

 危険じゃないことを理解してもらえたか。


 すると奥から、ショートヘアの少女が歩いてきた。地雷ファッションともパンクファッションとも知れない、フリルとベルトまみれの服装。記憶の中の人物と一致する。

「待って。そいつら、アタシの客だから。通してあげて」

 いや、少年?

 イチカじゃないのか?


 だが、たまこが「違うゾ」と袖を引っ張ってきた。

 男の一人も「なんだ、マリカの知り合いか」などと納得している。


 マリカ?


 少女は溜め息混じりに言った。

「分かる? アタシ、イチカの妹」

 妹?

 同じ顔の妹ということは……。

「双子か?」

「七つ子。でもアタシ以外みんな死んでる。部屋に来て。こっち」


 *


 マリカの部屋は、仮住まいのような素朴さだった。最小限の家具しかない。服も下着も脱ぎっぱなし。キッチンには料理の痕跡があったが、どうも最後に失敗して以来、長いこと片付けもしていない様子だった。


 部屋に入ると、マリカはぐっと距離をつめてきた。かと思うと、すんすんとにおいをかぎ始める。

「あんた、バケモノみたいなにおいするね。ホントに人間なの?」

「おそらくは」

「ふぅん」

 会話が終わったあとも、しつこくにおいをかいでくる。

 イチカもそうだった。


 たまこが「もういいだろ」と突き飛ばすと、マリカはぐっと眉をひそめて睨みつけてきた。

「なんだよ。気安く触るな、化けネコ」

「調子に乗るなワンコロ。次は爪でいくゾ」

 おそらく初対面だろうに、いきなり険悪すぎる。

 ケンカが始まる前に、俺は強引に割って入った。

「おいおい、乱暴はよせよ。せっかく助けてもらったんだしさ。まずは話を聞こうぜ」


 マリカはほっとした表情になった。

「そうだよ。アタシは助けてやったんだ。少しは話を聞きなよ」

 本当に顔立ちがイチカとそっくりだ。

 まあイチカよりも目つきが悪くて、気が強そうな印象はあるが……。緊張のせいだろう。リラックスすれば、もっと穏やかな表情を見せてくれるはず。


「アタシはさ、イチカを探しにきたんだ。でも術じゃ見つかんなくて……。においをたどってここまで来たんだ。近くまで来てるはずなんだけど。あんたら、場所知ってるんでしょ? 教えてよ?」

 見つからないだろう。

 液状化したときに、固有情報は変質してしまっている。


 俺は思わず溜め息をついた。

「その件に関して、非常に言いにくいんだが……」

「知ってる。言ったでしょ。アタシ以外のキョーダイはみんな死んだって。ただ、聖水? っていうのにされたって聞いたから。いちおう見ておこうと思って」

 亡き兄の姿を一目見ておきたい、というわけか。

 協力しない理由はない。

「いいよ。案内する」


 *


 この付近はまだ高田の支配が及んでいないらしく、イチカも流されてはいなかった。もし流されてたら、いますぐ殲滅戦に突入するところだが。


「イチカ、こんなになっちゃったんだ……」

 夕日みたいな光を放つ水槽に、マリカはそっと近づいて行った。


 俺もまだ受け入れていない。

 都合よく奇跡みたいな術が見つかって、生き返ってくれたら……などと考えたりもする。

 だが、二度と戻らない。

 これは事実だ。


 たまこはいつのだか分からないスルメを齧っている。

 邪魔しないならなんでもいいが。


 しばらく水槽を見ていたマリカだが、ふとこちらへ向き直った。

「あんたがやったんじゃないよね?」

「まさか。先生だよ。俺にそんな高度な術は使えない」

「このお皿は?」

 床にペット用の皿が転がっている。

「それも俺じゃない。言っておくけど、俺も二人のプライベートについては詳しくないんだ。初めて入ったときには、ほぼこの状態だった」

「イチカ、なんでそんなヤツに……」

「それについては俺も反省してる。先生は、心の弱ってる相手に寄り添うフリをして、聖水に仕上げていくんだ。もし俺がイチカに寄り添ってやれたら、こんなことにはならなかった……」


 いや、俺が会ったときには、もう手遅れだった。

 それでもなにかできることがあったのではないかと自問してしまう。

 なにもできやしないのに。


 マリカはかすかに呼吸した。

「終わったことは仕方ないよ。けど、アタシの戦いは終わってない」

「先生と戦うつもりなのか?」

「そう。大事な家族をこんなふうにされちゃったんだから。黙って見過ごすわけにはいかないよ」

「けどあいつは不死身だ。俺たちでも殺せなかった」


 のみならず、主(ぬし)でさえ殺せていない。

 於路地は確実に生きている。なぜなら、各所に施されたあいつの術がまだ生きているからだ。俺の身体にかけられた術も。

 いったいどうすればまともに死ぬのやら。

 さすがに聖水をぶっかければ消滅するのか。


 マリカはぐっと距離をつめてきた。

「ねえ、アタシたち、協力できるよね?」

「もちろん。俺もあの野郎はどうにかしなきゃと思ってる。ただ、いまは時期が悪い」

「いつならいいの?」

「別館の問題が片付いたら、かな。いま高田ってのが余計な問題起こしてるから。まずはそのカタをつけないと」

「アタシも協力する!」

 ぐいぐい距離をつめてくる。

 本当にイチカみたいだ。


 たまこがすっと立ち上がった。

「おい、ワンコロ。距離が近すぎるゾ」

「なに? この人間、あんたのなの?」

「そうだゾ。触るなら金払えよな」

 そうじゃないゾ。


 俺もつい溜め息が出た。

「やめやめ。ケンカやめ。いいか? 仲良くしろとは言わない。その代わり、余計な問題は起こさないでくれ」

 するとマリカは「はーい」と離れてくれた。

 意外と素直なところがある。


 *


 食事は宅配サービスで済ませた。

 食堂と神社が封鎖されていようとも、術で対処できる。このアパートは、弱者を救済するための理想郷なのだ。アパートは俺たちを救いたいと思っている。

 アパートは、というか、スエさんは、というのが正確か。

 たまこの母親に感謝しないといけない。


 いや、そもそも本人の許可なく勝手に誘拐するなという話だが。いまその件は置いておこう。

 メシが食えるのは素晴らしいことだ。

 この宅配の謎メシも、結局、出どころは不明なのだが……。


 *


 さて、困った。

 抜け道を使えば本館に戻れる。いまなら、そこから御所への道も安全になっているはず。なんならテレビ通話で協力を要請してもいい。

 ただ、いきなり大規模に動くと、そのまま戦闘に発展する可能性がある。

 俺は別に人を殺したくて別館に戻ってきたわけじゃない。

 安全に問題を解決したい。

 そのためには、どうするべきか?


「マリカさんよ、なんか高田を抑える方法はないか?」

 彼女が知っているわけがないとは思うが、それでも俺は尋ねないわけにはいかなかった。いまはネコの手でも借りたい。いやイヌか。

「呼び捨てでいいよ。アタシも霧島って呼ぶから。あ、それとも直人がいい? そっちのほうが仲良しっぽくない? ナオちゃんとかどう?」

「霧島で頼む」


 この会話に、クソガキはうんざり顔で内股を掻いていた。人の姿のときは、もっと控えめにして欲しいところだが。


「じゃあ霧島で決まりね。えーと、なんだっけ? 高田のこと? え、アタシが知るわけないじゃん」

「だよな……」

 マリカのターゲットはあくまで先生だ。

 高田のことなど眼中にもなかろう。

「あ、でも、なんだっけ? 女子校? あそこに乗り込んでって、逆にボコボコにされたってのは聞いたかな」

「ほう」

 西那さんが先生をやっている学校だ。

 もともと自衛のために築かれた場所で、かなり要塞化されている。女が集まってなにかやっている、くらいの感じでナメて挑むと、返り討ちにあう。普段から号令を使って軍隊のように動いているのだ。勢いだけで挑んで勝てる組織じゃない。


 高田は勢力を拡大しようとしているようだが、すべてのコミュニティを制圧できているわけではない。食堂と神社を独占しているのは強いが。それもうまくすれば崩せると思う。


 高田は自分を特等市民だと思っている。三等市民である俺と交渉の席につくことはないだろう。

 ただし、まだ独立しているコミュニティと連帯して挑めば、高田も交渉に応じるかもしれない。

 問題は、独立している連中を、どうやって連帯させるか、だ。そもそも、連帯する気がないから独立しているのである。これをやるとなると、それなりの「説得力」が必要になる。組織力、資金力、もしくは文字通り説得力のあるストーリー。


 俺には組織力も資金力もない。

 ではストーリーは?

 連携しないとみんな三等市民にされるぞ、と吹聴するくらいしか手がない。これで納得してくれればいいが。


 ただ、俺が派手に動けば、俺が狙われるだけでなく、安田少年にも迷惑がかかる。

 どう考えても俺一人では動けない。


 さっそくだが、事務所の先輩がたのお知恵を拝借することにしよう。

 三人寄れば文殊の知恵と古人も言っている。まあ、いまこの場にも三人いるような気がするが……。イヌとネコはカウント外ということにしておこう。


(続く)

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